影が薄いけど魔法使いやっています

りょう

第26話死の人形使い 後編

 キッカケはあの時。

『ごめんね……アリス……。私の代わりに夢を……』

 私の中で全てが砕けたあの日。
 私は自分の中にある闇に触れた。それが禁忌と呼ばれていようとも、私はそれに触れてしまった。

『お主はそれで道を外す事になるが、よいのか?』

「私は……」

 大切な人を守れないくらいなら、それに触れてもいい。
 ただ一人の親友。
 助けたかった親友。
 もうこれ以上何かを失うくらいなら、

『分かった。今日からお主はわらわの主じゃ。もし使い時が来れば、呼ぶがよい』

「……」

 私は悪にだって、闇になったっていい。

 その頃からだった思う。
 私がその名を本当の意味で呼ばれ始めたのは。

「この魔法は全てを闇に帰す魔法。お前はもうこの世にはいられない」

「馬鹿な、その魔法は禁忌であり、使いでもしたら」

「そんなの関係ない!」

 禁忌だろうが、何だろうが。
 私はもうあの時に全てを捨てている。たとえ何と呼ばれようとも、私はその道を選ぶって決めた。

 だから、

「それ以上は駄目、アリス!」

 魔法が発動する直前、声がした。私を呼ぶ声、それは……。

「……セレナ?」

 暗闇の私を初めて照らしてくれた親友だった。

「何をしているのよ、馬鹿!」

 セレナは私の頬を叩く。それによって魔法の発動は直前で止まってしまった。辺りを覆っていた闇は、晴れた。

「ハァ……ハァ……。こんな魔力、当てられたのは初めてだ……」

 呼吸を整えながら、セレナの背後で鬼は言う。

「あなたもどうしてこんな事するの?」

「それは……お前達がここの侵入者だからだ!」

「確かに私達は勝手にここに足を踏み入れてしまったかもしれない。けどそれは、私達の意思じゃないの!」

「何っ!?」

 鬼に体を向けてセレナは言う。それに対して鬼は、一度は驚いた顔をしながらもすぐにその表情を戻す。

「いや、たとえそうだとしても、貴様らが人間である以上ここで」

『やめんか! これ以上我の森を汚すでない!』

 鬼の声を遮るように森中に声が突然響き渡る。

『キーマ、それ以上無様な事はよせ!今すぐ帰還せい』

「しかしイヅチ様、この者共は」

『分かっている、全て見ておった。そして我の娘を連れている男の事も』

 声の主のイヅチ、恐らく雷神である彼女がそう告げる。

「男ってもしかしてユウマ?」

「あとで説明する。それより」

 セレナは空を見上げまるで雷神に話しかけるようにこう言った。

「全て見ていたなら分かるでしょ? 私達は罠に嵌められてこの森に来たの」

「何を戯言を」

『確かに見させてもらった。それ故に我は試させてもらった』

「試す? 何が言いたいの?」

『まずは我の元に来るがよい。恐らく間も無く主らの仲間が先に到着するであろうから、早く来るのじゃ。さもないと』

「さもないと?」

 質問を無視するかのように声は聞こえなくなった。残ったのは私とセレナとハルカと、キーマと呼ばれた鬼。

「それでどうするの? あなたの主は帰還命令を出していたけど」

「いずれこの借りは必ず返す!」

 キーマは現れた時と同じように飛び上がり、消えていってしまった。残されたのは私達三人。ハルカはまだ目を覚ましていない。

「さてと、アリス。あの雷神のところへ行く前にちゃんと話ししようか。ハルカが目を覚ますのも待たないといけないし」

「……何?」

「あなたこの先もそれを使うと、その命が危ないのに、どうしてまた使おうとしたの?」

  ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
 どうして?

 私には細かい理由はない。

 ただ、同じ後悔をしないため。

 そう思ってずっと戦ってきた。

 でも時折上手くいかない時があった。それが積み重なって、私は……。

 二つの意味で、その名で呼ばれるようになった。

「意味はない」

「意味がないのに命を張るの? そんなのおかしい!」

「おかしくていい。それが私だから」

 その道を歩み始めてから、もう決めている。たとえおかしくても、変だとしても、薄情だって言われても、歩み続けるって。

「でもセレナに迷惑かけた事は謝る」

「迷惑だなんて思ってないわよ。私はただアリスにちゃんとした道を進んでほしいだけだから」

「……」

 ちゃんとした道。

 今の私にはあるのだろうか。闇に手を染めているこの私に真っ当な道を進めるのだろうか。

『アリスは死の人形使いなんかじゃないよ』

 デルーテとの戦いの後、彼はそう言っていた。男のくせに生意気だなって思いながらも、ほんの少しだけ嬉しかった。だから一言だけ、

 ありがとう

 私らしからぬ言葉を発していた。
 もし私が死の人形使いでなければ、それが正しい道なのだろうか?
 セレナが言うその正しい道を私はこの足で歩けるのだろうか。

「アリスなら……大丈夫……だよ」

「ハルカ?」

 私の疑問に答えるように、意識を取り戻したハルカがそう告げた。しかし体へのダメージが大きいからなのか、体は動かせない。

「ハルカ、ごめん。私のせいで」

「ううん、私もまだまだなんだよ、だからもっと強くならないと……」

「そんな事、ない」

 ハルカは私よりも何倍も強い。
 禁忌の力に頼る私よりも何倍も。

「とりあえず目を覚ましてくれてよかった。動けそう?」

「セレナも無事でよかった……。でも今はちょっと動けないかも……」

「やっぱり……。見た目以上にダメージ受けてる」

 セレナの言葉を聞いて、私の胸は痛む。まだ彼女は死に至らなくて良かったかもしれない。でももし、当たりどころが悪かったら……。

「どうしようか、ユウマの事もあるしここを出るわけにもいかない。でもだからと言って、ハルカも治療してあげないと」

 セレナは唸る。私達のパーティには運悪く治癒魔法を使えるものがいない。でも現状を突破するには、ハルカの治療も最優先にしなければならない。

「お困りのようですね、迷い人さん」

 ふと声がする。私達は見回して声の主を探すが、見当たらない。

「ここ、ここ」

 再び声がしたのは、私達の上。大きな木の上だった。そこからヒョイと顔を出してきたのは、鬼ではなく普通の人間だった。

「やっほー、救援要請を受けて颯爽と登場しました、治癒魔法使いです!」

  ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
「ねえユーマ、やっぱりお母さん怒ってたから、戻ろう?」

「戻るって森に?」

「うん、ラティ怖くて嫌だ」

 セレナと別れてからしばらく。僕とラティは岩山を四苦八苦しながら登っている途中で、彼女の母親である雷神様の声を聞いた。
 その声を聞いたラティは、一気に弱気になってしまい、駄々をこね始めたのだった。

「大丈夫、僕が付いているから。それにこのままずっとお母さんと会えなくなるかもしれないけど、それでもいいの?」

「うーん、それもイヤ!」

「なら進もう」

 僕はなんとかラティを慰めながらこのきつい岩山を登る。先程の雷神様の声は確かに怖くて、僕も震え上がってしまった。けどそれ以上に気になることがある。
 森の方で僅かに湧き出たあの黒い闇だ。まだこの世界に来て一ヶ月の身で言える立場ではないけど、あそこからは今まで感じたことのないか膨大な魔力を感じた。

(セレナ達大丈夫かな)

 なので自然とセレナ達が心配になってくる、何故ならあのような魔法を使えるのは、僕達の中にはいないのだから。

「ねえねユーマ」

「ん?」

「ユーマはセーナお姉ちゃんの事が好きなんでしょ?」

「ぶふっ」

 ラティのあまりに突然の質問に、僕は思わず転げ落ちそうになる。

「い、いきなり何を言い出すの? 僕はそんなわけ」

「えー、だってどう見ても好きそうだし。りょうおもいかな?」

「どこでそんな言葉覚えるんだよ……」

 子供の純粋な心ってとても怖いなと僕は痛感する。

(でも今更だけど)

 よく考えたら僕達のパーティって僕以外女性だ。しかも三人ともとても魅力的な。でもだからと言って、僕にそういう感情が生まれているのかは分からない。

 だって僕には……。

「よく来たのう、人間」

「え?」

 ラティの言葉に惑わされていた僕は、いつの間にか岩山の頂上に到着する。セレナと別れてから数時間、ようやく目的地に到着だ。

「我の娘が世話になったのう。礼を言うぞ」

 頂上にある洞穴からその声の主が姿をあらわす。ついに雷神様が僕達の目の前に……。

「あ、お母さーん」

「もうラティ、心配させおって。皆心配しておったぞ」

「だって……」

 目の前に、

「あ、あの、雷神様ですよね?」

「モチロン。我はここを治める雷神、イヅチじゃ」

「あ、そうですよね」

 現れたのはラティと同じくらいの背をした、どう見ても小学生の女の子。いや、確かに背中にはトレードマークのあの太鼓みたいなのがあったりするのだけれど、神様ってどうしてこうも迫力がないのだろうか。

『へっくち』

 どこかでくしゃみをする声が聞こえたけど、聞こえなかった事にしよう。

「さて、この度は我の部下が迷惑をかけたようで、すまぬかった。これもこの地を守るため、許してくれ」

「部下が迷惑?」

 そういえば最初に聞いた声は、何かを止めるような声だった。それにあの闇、やはり僕が知らない裏で何かあったのかもしれない。

「お母さんお母さん、ユーマは悪い人じゃないよ。ラティにとても優しくしてくれたー」

「分かっておる。その点については感謝しておるぞ人間。しかし、じゃ」

「しかし?」

「我らと人間は相容れぬ存在。本来ならここに主が立っておるのも奇跡に近い話じゃ。じゃが聞くところによると不運でこの森に立ち入ったらしいのう」

「はい。敵の罠に嵌められて」
 .
「なら悪意はないという事じゃな」

「はい」

「それならば、お主、いやお主達にこのイヅチ、頼み事をしてもよいか?」

「頼み事、ですか?」

 何だろう、背を高くする魔法を作って欲しいとかそんな無茶を言われたりしないよね。いや、でも元々僕達がやって来たことを怒っていたのだから、実はもっとハードな……。

「三日、三日でよい。ユウマよ、我の婿になってくれぬか。勿論主の仲間にも協力してもらって、じゃが」

「え? 婿?」

 それってつまり結婚しろってこと?

「三日だけでよい。ユウマ、主にはその資格がある。その身でありながらこの場所まで来れたのだから」

 これって魔法作るよりもハードなのでは?

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