影が薄いけど魔法使いやっています

りょう

第21話浴衣美人と水神祭

 そして迎えた水神祭当日。少し起きるのが遅かった僕は、慌てて宿から飛び出ると、もう既に祭が始まっていて、まだ午前中だというのに大盛り上がりだった。

「もう遅いじゃない、ユウマ」

 僕が出てきてすぐにセレナの声が聞こえる。どうやら僕を待っていてくれたらしい。

「ごめんセレナ。主催者が遅刻しちゃっ……て……」

 僕が彼女の声がした方に向けると、そこにはセレナも含めたいつもの三人が立っていた。

 この世界では見られないと思っていた浴衣姿で。

「主催者のくせに寝坊なんて、生意気」

「今回ばかりはアリスに私も同意する。よく寝坊なんてできるわよね、本当」

 アリスとハルカが同時にため息をついてそんな事を言う。その寝坊の原因が片方の人形使いの方にあるのだけど、本人はそんなの知らぬ存ぜぬと言わんばかりだ。

 って、それよりも、

「せ、セレナ、それどうしたの?」

「あ、これ? なんか仕立て屋さんの人が私達のために用意してくれたの。ユウマが倭の国の人間だから、着れば喜ぶって」

 確かに夏祭りと言えば浴衣美女。それは日本の伝統といっても過言ではない。
 それがまさかこの異世界でも拝む事ができるとは思っていなかった。
 アリスは黄色。
 ハルカは赤色。
 セレナは水色。
 それぞれ違う色の浴衣を着ていて、しかもそれがそれぞれの色にとてもマッチしている。

(仕立て屋さん、グッジョブ)

 僕は今ものすごく幸せです。

「ちなみにこれはなんていう服なの? ユウマ」

「これは浴衣って言って、仕立て屋さんが言っていた通りこの季節にピッタリの服なんだ」

「ユカタ? 随分と変わった名前ね」

「まあこの季節の風物詩だと思えばいいと思うよ」

 太鼓とか屋台とかも用意しているわけだし、まさに夏祭りという感じにピッタリだ。本当ここに携帯でもあれば、写真に納めたいくらいだ。

「さっきからユウマの視線がイヤらしい」

「よく見るとこれ露出多い! ジロジロ見たら殴るわよ!」

「極刑」

「待って、僕は別にそんなつもりで見ていたんじゃなくて」

「まあまあアリスもハルカも、ユウマは男の子なんだし多少の下心があってもいいんじゃない?」

「セレナはそれフォローしているつもりなの?」

 もう何がなんだか分からなくなってくる。それに忘れてはいけないのが、あくまで僕達は主催者側の人間なので、楽しむのは後の話。

「三人とも、僕達は主催者側なんだから」

「あ、アリス、あれおいしそうじゃない?」

「買ってくる」

「あ、私の分も買ってきて」

「……」

 彼女達にとっては、どうやら楽しむ方が優先らしい。

(まあそれでもいいか)

 その辺りは僕がフォローしておこう。

  ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
 フュリーナ水神祭はその名の通り、水の神様に対して敬意を払うために行われる催し物で、水の神様に感謝しながら祭を楽しむ何とも水の都らしい行事だった。
 今回その伝統行事に僕みたいな人間が手がけられたのは大変喜ばしい事だった。

「この度は本当に無理な日程の中で、ここまで手がけてくれてありがとうございます」

 女子とは三人とは別行動で太鼓の音が響く中を歩き回っていると、依頼者であるセンリさんが改めて僕に感謝の言葉を伝えてきてくれた。

「いえいえ。僕の方こそ大した事は出来なくてすいません」

「そんな事ありません! まさかこのような形式の祭が、倭の国には存在しているとは思いもしませんでした」

「喜んでいただけたなら、頑張った甲斐があります」

 センリさんはその後もう一度僕にお礼を言うと、その場を去っていった。

(セレナは何かが引っかかるとか言っていたけど……)

今の人が何か悪い事をしそうな人には見えない。それに、

(まさかここまで喜ばれるなんて思っていなかったぁ)

 僕としては未完成に近いこの祭、それでも喜んでくれる人がいる。魔法を使っていないけど、僕の素の技術で誰かを喜ばせられたなら、一人の人間としてとても誇らしい。

(日本の文化のすごさにも改めて驚かされるけど……)

 この世界にもその技術が存在していた事に驚きだった。屋台とか太鼓とか、作る素材もこの世界に存在していたし、食べ物も日本の物に近いといえば近い。

 今更ながらこの世界は、実は地球とさほど変わらないのかもしれない。

 特にこの世界にあると言われている倭の国は、一度行ってみたい気持ちもある。

「もう、一人でどこに行ってたの? 探したじゃない」

 それから入れ替わるようにしてセレナがやって来た。その両手には持ちきれないほどの食べ物を持っている。

「ごめんごめん、三人が楽しそうだったから。僕だけでも仕事をしないとって思って」

「何堅い事言っているのよ。今からアリスが出し物するから見に行くわよ」

「え、あ、ちょっと」

 食べ物を持っている手で僕の腕を掴むセレナ。僕は少しドキッとしながらも、彼女に引っ張られついていく事にした。

「ねえセレナ」

「ん?」

「セレナは楽しい? お祭」

「当たり前でしょ。ユウマが……ううん、皆がいるからいつもの何倍も楽しい!」

「そっか。なら良かった」

 セレナの笑顔を見て、僕は改めて水神祭を手伝えて良かったと思った。

 ちなみにだけど、

「えーん、お母さん、このお人形さん怖いよぉ」

「あれ?」

 アリスの出し物が失敗したのは、ここに記すまでもない。


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