運命(さだめ)の迷宮
過去と現実の狭間に……戻れるのなら、戻ってみたいときもあります。
百合は歩きながら、話続ける。
「琉璃は、日本に来てから食が細くなり、夜もうなされて良く泣いています。『怖い、怖い』と怯えるので亮先生が良くあやしていますが、日に日にやつれて、明日の新潟の公演で帰国の予定でした」
初耳の言葉に、目を丸くする。
「内緒の話です。でも、本当に怯えています。私は驪珠を知ってます。琉璃の怯える意味も……知っていますし、母と院長先生に聞きました」
「……」
遼も、来日前に情報を集めていたのだが、驪珠と言う少女のやり方は限度がない。
その上に、反省もしないパターン的に最悪な少女である。
立場の弱い人間を苛め、自分は努力ひとつせず父親や母親の威光をかさに周囲を振り回す。
特に母親は世界的なオペラ歌手だった事を自慢し、自分は偉いんだと信じ込む。
母親だった瑠璃は、厳しくしつけをとしたようだが、父親が甘やかし……次第に、わがままばかり言うようになったようである。
自分はまだ結婚していないが、結婚したら周囲の人に迷惑をかけない人間に育てたいものである。
そう考えていた遼だが、ふと、
「ここはどの辺りか解るのですか?百合さん」
「姉が失踪した場所に……向かっています。姉は歴史研究の為に、この辺りを探していたのです」
「お姉さん……柚須浦采明さんですね?確か……5年前に、行方不明に……こちらでも懸命に捜索を続けているのですが……」
申し訳なさそうに頭を下げる。
「知っています。警視総監の奥様と院長先生が親友同士で、良く手紙にメールのやり取りを」
「そうだったんですか!?それは初耳でした」
「奥様は元々はモデルのお仕事もされていて、学生時代に知り合った警視総監と学生結婚をされたのだとか。最初は、警視総監の家が反対したそうですが、従兄になる首相が後押しされたのだとか。最初は、モデルの仕事で生活を支えていたそうですが、警視総監が、『自分の力で稼ぐから、モデルの仕事を辞めて欲しい』と言われてスッキリ辞めたそうです。嫌なことも……女性として、恥ずかしい姿を撮らせろ、じゃないと次に使わないと言う難癖をつけるスタッフもいますし……」
苦笑する。
その表情に、
「貴方も、あったのですか?」
「……どうでしょう?もう5年前です。忘れました」
微笑んだ百合は、話をそらせるように、
「姉は、今はもう一度再婚して、弟が生まれましたが、父は行方不明、母は起業して忙しい。私も子役としてあちこちに行っていましたから、一人……家にいました。学校は行きますが、その後はペットのウサギを可愛がり、趣味のテディベアを作ったり、歴史研究をしていました。5年前に最後に姉に会った作楽章太さんは、元々姉に恋心を持っていたようです。でも、姉はその気はなく、すると私に近づいて、付き合っていました」
「……あぁ、あの少年ですか」
思い出すと言っても、采明の行方不明の捜索資料に目を通したのだ。
百合は寂しげに、
「私は……知りませんでした。でも、知ったときに、すぐに別れました。姉に申し訳なくて……」
「と言うよりも、そんな男と付き合い続けても、お姉さんも心配されますよ。優しいお姉さんだったのでしょう?」
「はい!!姉は、私の自慢の姉なんです」
にこっと笑う。
「本当に可愛いんです。琉璃と絶対に仲良くなると思います。優しいし、とても人に信頼されていて、大好きで……大好きなのに……」
瞳が潤む。
「百合さん」
ポケットからハンカチを差し出され、
「あ、ありがとうございます。大丈夫です。袖で……」
「駄目ですよ」
遼はそっと涙をぬぐい、そのハンカチを握らせる。
「私たちも、探します。ですから百合さんも気をしっかり持ってくださいね?」
「ありがとうございます……姉に、一目だけでも会いたいです……会って、姉の好きな『アイーダ』に『椿姫』まだ色気とかはありませんが『カルメン』を見てもらいたいです。姉は本当はオペラ歌手になりたかったんです」
「そうなんですか?」
初耳の情報に目を丸くする。
「姉は、亮先生の初めての生徒なんです。琉璃ほど絶対音感等はないですが、とても素直な癖のない綺麗な高音の持ち主です。姉に……」
バンッ!!
と、百合の聞いたことのない、しかし遼には解る、拳銃の発砲音に、
「あぁ……!!」
苦痛の叫び声が響く。
「お、お前ぇぇぇ!!何をした!!」
「ひぃぃ!!」
草むらをかき分けると、拳銃を構えた体勢の青ざめた文則の前に、琉璃の格好の景虎が立っている。
手を広げ、叫ぶ。
「この国は、武器を身に帯びていない人間を撃つのか!?」
「あの、あの女が!!」
景虎の後ろはもやがかかったように揺れていて、そこには肩を撃たれ、座り込む小柄な着物姿の女性がいた。
手で押さえた肩からは血が滴り落ちる。
「大丈夫ですか!?」
駆けつけた百合の声に、顔をあげた女性。
「だ、大丈夫です……ありがとうございます……あ、あら?もしかして、百合?」
苦しげな声だが自分の名前を呼んでくれたのに気づき、目を見開く。
「お、お姉ちゃん……?お姉ちゃん!!大丈夫?血が……血が!!」
とっさに手にしていたハンカチで姉の肩を押さえようとするが、横で遼が取り上げ、
「失礼を、お嬢さん。一旦止血をして、このあと救急車で搬送します。安静にしてください」
「いりません!!病院に行きたくありません!!私は……うぅぅっ!」
お腹を押さえる。
「お姉ちゃん!?お腹……赤ちゃんがいるの!?何ヵ月!?」
「……は、8ヶ月半くらい……こちらも……お屋敷を暗殺者がいたの……。隠れようと思っていたら……」
痛い!!
倒れ込み、涙を流す。
「旦那様……旦那様……ご無事で……明ちゃん……」
「お姉ちゃん!!誰か!!誰かお願いします!!タオルとお湯を!!」
その声に、遼は、
「安田。一般のしかも妊婦に向かって発砲……懲戒ものだ。後で処分を下す。まずはタオルとお湯を近所からかき集めろ!!医者もだ!!」
「で、ですが!!」
「言い訳はきかん!!命令を遂行しろ!!」
遼は言い放つと、安田が立ち去るのを確認し、そっと近づく。
「柚須浦采明さんですね?私は、遠藤遼と申します。百合さんの護衛としてここにおります。危険なものは寄せ付けませんので、安心してください」
「……あ、ありがとうございます。くぅぅ……」
「一応、医師の免許も持っていますので……大丈夫ですよ」
着物姿の采明の背をさする。
「なぁ、百合?この人は?」
「景虎!!何やってるの!!それに、この人は姉の……」
「いや、采明どのは解った。想像以上に美少女だ。聞きたいのはこちらだ」
示す。
「警察の方よ。遠藤遼さん。とても優秀なんですって。今回の全国ツアーを警護してくださるの」
「そうなのか!!ありがたい。あぁ、名乗るのを忘れていた。遠藤どの。私は、長尾景虎と……あっだぁぁ!!何をする百合!!」
拳で殴られ、涙目になる。
「違うでしょ!!ちゃんと名前を言いなさい!!」
「あ、そうだった。私は庄井景虎と申します。年は10才です。よろしくお願いいたします」
「景虎くんだね?私は遠藤遼。遼でいいよ。それよりも……あいつは遅い!!」
と、ひょこっと顔を覗かせるのは、
「儁乂!!安田は見なかったか!?」
「いいや、見てねぇよ?どうしたんだ?……はぁ!!何だ、これは!!」
血まみれで、止血しているがハンカチもぐっしょりと染まる小柄な妊婦が苦しげにあえいでいる。
「安田が撃った。まだ臨月でない彼女が産気付いたんだ。タオルと、お湯と、救急車をと頼んだのに!!」
「あいっつ!!今すぐ行ってくる!!お嬢ちゃんも我慢してくれ!!」
儁乂は走り去る。
「くっそ……だからあいつと組みたくなかったんだ!!役に立つどころか一般のそれも女性に発砲するとは!!」
吐き捨て、
「景虎くん……すまない!!敬語を使っていられない。景虎!!悪いが、彼女の片袖を割いてくれ!!止血する!!そして、百合、君はお姉さんの背中をさすってあげていて欲しい」
「はい!!解りました」
「私も手伝えるなら頑張る!!」
二人は手助けを始めるのだった。
「琉璃は、日本に来てから食が細くなり、夜もうなされて良く泣いています。『怖い、怖い』と怯えるので亮先生が良くあやしていますが、日に日にやつれて、明日の新潟の公演で帰国の予定でした」
初耳の言葉に、目を丸くする。
「内緒の話です。でも、本当に怯えています。私は驪珠を知ってます。琉璃の怯える意味も……知っていますし、母と院長先生に聞きました」
「……」
遼も、来日前に情報を集めていたのだが、驪珠と言う少女のやり方は限度がない。
その上に、反省もしないパターン的に最悪な少女である。
立場の弱い人間を苛め、自分は努力ひとつせず父親や母親の威光をかさに周囲を振り回す。
特に母親は世界的なオペラ歌手だった事を自慢し、自分は偉いんだと信じ込む。
母親だった瑠璃は、厳しくしつけをとしたようだが、父親が甘やかし……次第に、わがままばかり言うようになったようである。
自分はまだ結婚していないが、結婚したら周囲の人に迷惑をかけない人間に育てたいものである。
そう考えていた遼だが、ふと、
「ここはどの辺りか解るのですか?百合さん」
「姉が失踪した場所に……向かっています。姉は歴史研究の為に、この辺りを探していたのです」
「お姉さん……柚須浦采明さんですね?確か……5年前に、行方不明に……こちらでも懸命に捜索を続けているのですが……」
申し訳なさそうに頭を下げる。
「知っています。警視総監の奥様と院長先生が親友同士で、良く手紙にメールのやり取りを」
「そうだったんですか!?それは初耳でした」
「奥様は元々はモデルのお仕事もされていて、学生時代に知り合った警視総監と学生結婚をされたのだとか。最初は、警視総監の家が反対したそうですが、従兄になる首相が後押しされたのだとか。最初は、モデルの仕事で生活を支えていたそうですが、警視総監が、『自分の力で稼ぐから、モデルの仕事を辞めて欲しい』と言われてスッキリ辞めたそうです。嫌なことも……女性として、恥ずかしい姿を撮らせろ、じゃないと次に使わないと言う難癖をつけるスタッフもいますし……」
苦笑する。
その表情に、
「貴方も、あったのですか?」
「……どうでしょう?もう5年前です。忘れました」
微笑んだ百合は、話をそらせるように、
「姉は、今はもう一度再婚して、弟が生まれましたが、父は行方不明、母は起業して忙しい。私も子役としてあちこちに行っていましたから、一人……家にいました。学校は行きますが、その後はペットのウサギを可愛がり、趣味のテディベアを作ったり、歴史研究をしていました。5年前に最後に姉に会った作楽章太さんは、元々姉に恋心を持っていたようです。でも、姉はその気はなく、すると私に近づいて、付き合っていました」
「……あぁ、あの少年ですか」
思い出すと言っても、采明の行方不明の捜索資料に目を通したのだ。
百合は寂しげに、
「私は……知りませんでした。でも、知ったときに、すぐに別れました。姉に申し訳なくて……」
「と言うよりも、そんな男と付き合い続けても、お姉さんも心配されますよ。優しいお姉さんだったのでしょう?」
「はい!!姉は、私の自慢の姉なんです」
にこっと笑う。
「本当に可愛いんです。琉璃と絶対に仲良くなると思います。優しいし、とても人に信頼されていて、大好きで……大好きなのに……」
瞳が潤む。
「百合さん」
ポケットからハンカチを差し出され、
「あ、ありがとうございます。大丈夫です。袖で……」
「駄目ですよ」
遼はそっと涙をぬぐい、そのハンカチを握らせる。
「私たちも、探します。ですから百合さんも気をしっかり持ってくださいね?」
「ありがとうございます……姉に、一目だけでも会いたいです……会って、姉の好きな『アイーダ』に『椿姫』まだ色気とかはありませんが『カルメン』を見てもらいたいです。姉は本当はオペラ歌手になりたかったんです」
「そうなんですか?」
初耳の情報に目を丸くする。
「姉は、亮先生の初めての生徒なんです。琉璃ほど絶対音感等はないですが、とても素直な癖のない綺麗な高音の持ち主です。姉に……」
バンッ!!
と、百合の聞いたことのない、しかし遼には解る、拳銃の発砲音に、
「あぁ……!!」
苦痛の叫び声が響く。
「お、お前ぇぇぇ!!何をした!!」
「ひぃぃ!!」
草むらをかき分けると、拳銃を構えた体勢の青ざめた文則の前に、琉璃の格好の景虎が立っている。
手を広げ、叫ぶ。
「この国は、武器を身に帯びていない人間を撃つのか!?」
「あの、あの女が!!」
景虎の後ろはもやがかかったように揺れていて、そこには肩を撃たれ、座り込む小柄な着物姿の女性がいた。
手で押さえた肩からは血が滴り落ちる。
「大丈夫ですか!?」
駆けつけた百合の声に、顔をあげた女性。
「だ、大丈夫です……ありがとうございます……あ、あら?もしかして、百合?」
苦しげな声だが自分の名前を呼んでくれたのに気づき、目を見開く。
「お、お姉ちゃん……?お姉ちゃん!!大丈夫?血が……血が!!」
とっさに手にしていたハンカチで姉の肩を押さえようとするが、横で遼が取り上げ、
「失礼を、お嬢さん。一旦止血をして、このあと救急車で搬送します。安静にしてください」
「いりません!!病院に行きたくありません!!私は……うぅぅっ!」
お腹を押さえる。
「お姉ちゃん!?お腹……赤ちゃんがいるの!?何ヵ月!?」
「……は、8ヶ月半くらい……こちらも……お屋敷を暗殺者がいたの……。隠れようと思っていたら……」
痛い!!
倒れ込み、涙を流す。
「旦那様……旦那様……ご無事で……明ちゃん……」
「お姉ちゃん!!誰か!!誰かお願いします!!タオルとお湯を!!」
その声に、遼は、
「安田。一般のしかも妊婦に向かって発砲……懲戒ものだ。後で処分を下す。まずはタオルとお湯を近所からかき集めろ!!医者もだ!!」
「で、ですが!!」
「言い訳はきかん!!命令を遂行しろ!!」
遼は言い放つと、安田が立ち去るのを確認し、そっと近づく。
「柚須浦采明さんですね?私は、遠藤遼と申します。百合さんの護衛としてここにおります。危険なものは寄せ付けませんので、安心してください」
「……あ、ありがとうございます。くぅぅ……」
「一応、医師の免許も持っていますので……大丈夫ですよ」
着物姿の采明の背をさする。
「なぁ、百合?この人は?」
「景虎!!何やってるの!!それに、この人は姉の……」
「いや、采明どのは解った。想像以上に美少女だ。聞きたいのはこちらだ」
示す。
「警察の方よ。遠藤遼さん。とても優秀なんですって。今回の全国ツアーを警護してくださるの」
「そうなのか!!ありがたい。あぁ、名乗るのを忘れていた。遠藤どの。私は、長尾景虎と……あっだぁぁ!!何をする百合!!」
拳で殴られ、涙目になる。
「違うでしょ!!ちゃんと名前を言いなさい!!」
「あ、そうだった。私は庄井景虎と申します。年は10才です。よろしくお願いいたします」
「景虎くんだね?私は遠藤遼。遼でいいよ。それよりも……あいつは遅い!!」
と、ひょこっと顔を覗かせるのは、
「儁乂!!安田は見なかったか!?」
「いいや、見てねぇよ?どうしたんだ?……はぁ!!何だ、これは!!」
血まみれで、止血しているがハンカチもぐっしょりと染まる小柄な妊婦が苦しげにあえいでいる。
「安田が撃った。まだ臨月でない彼女が産気付いたんだ。タオルと、お湯と、救急車をと頼んだのに!!」
「あいっつ!!今すぐ行ってくる!!お嬢ちゃんも我慢してくれ!!」
儁乂は走り去る。
「くっそ……だからあいつと組みたくなかったんだ!!役に立つどころか一般のそれも女性に発砲するとは!!」
吐き捨て、
「景虎くん……すまない!!敬語を使っていられない。景虎!!悪いが、彼女の片袖を割いてくれ!!止血する!!そして、百合、君はお姉さんの背中をさすってあげていて欲しい」
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