運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

遼さんは自分の運命の迷宮のなかに惑います…。

はるかは、弟のなつめが今まで見てきた怪我人のなかで、最も重い命に関わる怪我を負っていた。
すでに麻酔医が、小西医師の命令により適切な量の麻酔を入れていたが、出血のショックと頭を強く打ったことにより呼吸も乱れ、その上心臓の動きも……。

「何時の世も、誠実な人間ほど辛い生きざまを選ぶものだ。誰もがな……」

呟いた小西は定位置につき、

「右肩の手術を始める。検査の結果を伝えてくれ、メス!!」
「はい。強打した頭部には血腫なし。出血等は、外傷のみ。ですが強く打ったために後遺症が残る可能性あり」

頭部の検査結果を聞き、

「半人前!!兄の頭部の傷を縫え。で、腹部は!!」
「大丈夫です。代わりに右肩の後ろだけでなく臀部にも角材が刺さっており、こちらも厄介な怪我かと」
「機材を用い、最低限の出血で済むよう、止血を。心臓は!!」
「弱っておりますが、血を増やすと、患部から出血の可能性あり!!」

小西は、

「では、血液の巡りを緩やかにする。準備を!!」
「はい!!」

棗はバリカンで患部の周囲を刈って貰い、傷口の中に異物が残っていないか、そして神経などを確認し、消毒をすると、

「針を」
「はい!!」

自分の力が、兄に力を……生きる思いをと祈りながら一針一針縫い、そして閉ざすと、

「患部に消毒。そして、ガーゼに包帯を」
「はい!!」

棗は手当てを終え、次の傷に移る。
運が良かったのか、兄の顔には傷はかすり傷程度である。

「本当に……この人は何を生き急ぐんだろう……咲夜さくやもいるのに!!バカ兄!!」

罵ると言うより、悔しく思いながら傷の治療に専念するのだった。



祈るように、咲夜は綿を詰めていく。
選んだのはスカイブルーのモヘアのキットである。
遼が元気になりますように……。
笑ってくれますように……。

隣では、ショーンとカランが金茶色のモヘアのベアを作っている。
ショーンが綿を詰めていくのを、説明書を読みながら器用に縫っていく。

「わぁぁ……お上手です」
「ある程度は。でも、本当は苦手なの」

クスッと笑うカラン。

「モクランは本当に器用なのよ。でも、私は飽きっぽくてダメだったのよ」
「母上。これ……おかしい?」

ショーンは不安そうにねじれた足を示す。

「ん?いいえ、大丈夫よ。あぁ、ここだけ詰まっていなかったのね。ほら、綺麗になったわ」
「母上。次は……」
「あとは難しい作業みたいだから、お母様がしましょう。ショーン?祐司ゆうじさんに合うかどうかは解らないけれど、リボンを選んでちょうだい」
「はい!!」

置いていたリボンのところに行き、選び始める。



ここは……どこだろう……。

遼は、体を起こす。
そして、久しぶりに見た夢に、諦めにも似た思いを抱く。
自分は槍ではなく、中国の歴史の本に登場するほこを握っている。
手綱を手にし、あぶみのない馬を、膝や、ふくらはぎで締めて器用に指示を与えつつ敵を睨み付ける。
目の前の敵は……、

「まーた、あの髭かよ。どうせ、自分の力を過信してやって来るぜ」

その声は幼馴染みの儁乂しゅんがい、しかし、

張儁乂ちょうしゅんがいどの。敵を侮ったり手を抜くと言うのは良くない。武将と言うのは……」
「はいはい。文遠ぶんえんどの。ちゃんとするさ」

にっと笑う。
彼の羨ましいところは、その明るさに、笑顔、そして周囲を和ませる空気……だと思う。
その代わり自分は……。

「おいおい、怪我とかすんなよ。姫さんが心配するだろう」
「……儁乂……私の妻を……馴れ馴れしく呼ぶな!!」
「……あぁ、そう言えば、姫さんはべそべそしてたって嫁がいってたなぁ……お前に嫌われていたらどうしようって……顔を見てくれないって」
「み、見れるわけがないだろう!!……見たら理性が飛ぶ!!」

その言葉に、儁乂が、呆れたように、

「自分の嫁を見ただけで理性飛ぶって、アホか!!他人の前ででれるな!!」
「お前が言ってきたんだろう!!あれは本当に本当に、私にとって宝物なのだ!!」
「へぇへぇ……あの女好きの殿が、『文遠ちゃんの奥さんには近づかないようにしようっと♪』って言ってたな」
「……殿でも近づいたら……いくら元譲げんじょうどのにいさめられようとも……!!」

と、言っていると、何時もなら戦いになるはずが、今回は二騎の白馬が近づく。

一人は華奢な女性……金髪と青い瞳の趙子竜ちょうしりゅうと、二人と同じくらいか……かなりの長身の白髪の青年……、

「張文遠将軍、張儁乂将軍でいらっしゃいますね?」

手を組み、頭を下げる。
こちらも同じく下げると、青年が、

「私は、諸葛孔明しょかつこうめいと申します。お見知りおきくださいませ」
「丁寧な挨拶かたじけない。ところで、今回は?」
「……文遠どの。大事な人を守る為に重要なことを、思い出していただければと、参上した次第です」

青年は顔をあげると、

「昔の私のように、がむしゃらに突き進むだけでは、意味はありません。今までのあなたは、家族はいても自立され、自由に動かれていたのでしょう。そして修羅場をくぐり抜けられた……。ですが、それは昔。今のあなたには、大切な人がいるでしょう?」

澄んだ漆黒の眼差しで遼を見る。

「……聞こえてきませんか?あなたに必死に告げる心の歌が……どんな思いで、あの人は歌っているのでしょうね……」
「歌……?」

呟き、耳をすませると、途切れ途切れではあるが、愛おしい彼女の声が聞こえる。

『……私の故郷ふるさと それはあなた』

繰り返されるフレーズ……時々途切れるのは、涙としゃくりあげるせいか……。
又、泣かせてしまった。
愛おしい彼女を……。



姫と周囲は呼ぶが、男達のたける思いを受け止める為に春を売る、戦場を移動するその者の中に、一人、男装でキリッとした眼差しをした少女がいた。
生まれたときから男として育てられたと言う少女は、父が妻子を置いて逃げ出し、母が春を売るようになり、妹や弟を守っていたのだと言う。
集団の長が、少女の妹に身を売れと命じられ、妹の代わりに自分が身を売るのだと言った。
澄んだ漆黒の瞳だが、悲しげで、諦めの色が強かった。
その表情が苦しく、口に出した。

「……お前を買うのではなく、お前を私の妻に迎える。家族も共にだ」
「何を馬鹿なことを……このような身分もない者など迎えては笑い者になりましょう。めかけならともかく」
「周囲の言葉が何だ!!私は武将として戦う際には主君や参謀の命ずるがまま……それ以上の成果をあげるが、妻女のことなど周囲には関わりがない!!私の心のままに。そなたの名は?」
「……阿嬢あじょう
「似合わん!!咲夜に名を改める。今日より、私の妻だ」

連れ戻った家族を迎え入れ、正式に六礼を進め……婚儀を行ったのだが、そのあまりの美しさに息を飲んだ。
この妻は、本当に……人なのか?
天女、仙女ではないのか……。
美しく、そして聡明な彼女を愛するあまり、自分の欲望を押し付けるような行為はできないと思う。
自分のように血にまみれ死者の怨嗟えんさを聞き続けるものに穢されては……。

駄目だ……愛おしい物は守るのが役目……それが私の立場……。

「そうでしょうか?」

子竜が首をかしげる。

「私なら、愛する人がいる、大切にしてくれる……それが幸せでも、もっと幸せになりたいと思います」
「装飾とか……」
「違いますよ。愛する人の子供がほしい……本当の家族になりたい……。戦いに赴いても、生きて戻ってくるのを一人で待つのは哀しい……でも、もし、戻ってきたら笑顔で駆け寄ってぎゅっと抱き締めたい……。そう思います。私なら……」
「だが、私は……無理矢理……」

妻に、恋人にと束縛した。
少女は唯々諾々と従うすべしかなかったはずだ……それなのに……。

「嫌なら拒絶しますよ」
「それに、優しさに飢えているのなら、その優しい思いやりや、一言、抱き締めてくれる腕……それだけでも、幸せなんです。嬉しいんです。だから……」

『遼様……遼様……』

しゃくりあげる声が響く。

『目を開けて……、笑って……、そしてそばにいて……』

「ほら、あなたの大事な方の声が聞こえませんか?あなたには、この世界は過去です……捨て去っていい世界です。あなたが生きる世界は、可憐な小鳥の歌を聞きながらゆっくりと日々を過ごすこと……ではありませんか?」
「戻ってあげて下さい。きっと、喜びますよ」

その声に促されるように、馬を降り歩き出す。
着いてきた儁乂に、

「お前はどこに行くんだ?」
「ん?何いってんだ。俺だって嫁がいる」
「あぁ、あの人か」
「まぁ……いくら喧嘩しようが、妬もうが嫌われようが……俺の家族は、俺の世界だ。じゃぁな。はる。咲夜ちゃんによろしく」

次第に薄暗くなる周囲……しかし、声を頼りに歩いていき、それは光に包まれたのだった。



待機室で、テディベアの最後の背中を縫い終わった咲夜は糸を切り、リボンには紺色の何時も遼がスーツ姿の時に締めているネクタイのようにした時に、扉が開き、冬樹ふゆきが、

「祐司にいの手術が成功した!!後は、安静にだって!!」

その後ろから走ってきた晶人あきとが、

「はるにいの手術はまだだけど!!心拍数がかなり低下していて危なかったんだけど、安定してきて……うわ言だけど、言葉を言ったって!!」
「なにをだ!?」

儁乂の声に、

「『さくや』だって。何度も言うもんだから、なつにいが『砂吐いてきて良いですか?』とか言ったらしくて、小西先生に怒鳴られたらしいよ」
「……まぁ、はるらしいっちゃぁはるだな」

あはは!!

周囲は笑う。
遼が、咲夜を溺愛していることなど百も承知である。

「遼様……御無事だったのですか……?大丈夫……」

ボロボロと泣きじゃくる咲夜に、

「もう少し手術はかかるけど、一番重い傷は手当てを済ませて後は木材やガラスの破片の取り去る手術だ。大丈夫」
「よかった……良かったです!!」

泣きじゃくりながら、ブルーのベアを抱き締める。
その横で、母と必死に作ったベアを抱き締めて、ショーンは駆け寄る。

「お、お兄ちゃん!!祐司おじちゃんに、会えませんか?ちょっとだけ!!このテディベアと、こ、これを!!」

初心者が作ったにしては凛々しいベアと、クレヨンで必死に絵を描いて、裏に、

『げんきになってね!!またあそんでね!!大好きだよ!!おじちゃんへショーン』

とメッセージを書いた絵を差し出す。

冬樹は、

「本当は駄目だけど、兄ちゃんとちょっとだけ会いに行こうね?」
「はい!!ありがとうございます!!母上!!行ってきます!!」
「いってらっしゃい」

嬉しそうに出ていった少年に、ロウディーンは、

「いくらカランが素晴らしいお母さんでも、お父さんと言うのは憧れるんだろうねぇ……」
「な、で、ですが!!」

カランは項垂れる。
自分も、本当なら、モクランのように再婚をして幸せな家庭をと思うこともある。
しかし、その前に、カランはトウリャン国の先代国主の妃であり、現在は一時的に夫の妹であるシャーロットが当主だが、次の当主はショーンである。
何度かショーンにではなくシャーロットの子供をと言ったのだが、シャーロットのみならず、周囲が反対している。
現在の偽りの国は当主や周囲がやりたい放題をしている。
国を取り戻したら、国庫を確認し、国の状況に、民への安堵や、政治、経済、軍部の掌握と言ったものが必要になるのである。
それなのに、再婚と言うのは……ショーンの将来に傷を……と思うのではないだろうか。

躊躇うカランに、遼達の父、たもつが、

「愚か者を夫にすれば、カラン様のみならず、ショーン王子に傷が付きますでしょうが、愚か者でなく、優秀な才能を持ち、それ相応の自分の位置をわきまえ、身の処し方、対処、そして、特に大事なのが、ショーン王子のように警戒心の強い少年に、愛される、尊敬される存在。そう思いませんか?」
「……そ、そうですわね……母親では、相談できないところもあるでしょうし……」
「では、再婚されるといいと思いますがな?それに、祐司くんはトウリャンの人間には嫌われることはありませんしな」

目を丸くするカランに、

「母上!!母上!!おじちゃんが目を開けてくれたよ!!でね、テディベアを見て、『俺に似てる。ありがとう。絵も上手だな!!おじちゃんこんな素敵なものを貰ったのは初めてだ。嬉しいぞ』って!!嬉しい!!母上と作ったんだ!!って言ったら、『ショーンはここ作ったんだろう?お母さんよりも上手じゃないか!!』だって!!」

大喜びでピョコピョコ跳び跳ねる息子に、

「それは良かったわ。祐司さんは嘘をつかないし、誠実で優しい人だもの。とても嬉しかったんでしょう」

頭を撫でると、ショーンは母を見上げ、

「母上……僕、お父さんが欲しい……。母上も姉上たちも、とっても大好きだよ!!でも……ジュンや、きょうを見ると、羨ましい……母上。祐司おじちゃん……お父さんになって欲しい……。母上は嫌い?」
「えっと……友人としてお付き合いだし……でも、とても素敵な尊敬できる人よ。でも……もし、勢いでそういうことを言うのは駄目だと思うのよ。それに、仲良しがいいと思うの」
「……」

俯くショーン……それは諦めに我慢……それが痛々しく、咄嗟に息子の手を引いて歩き出す。

「冬樹さんでしたか?祐司さんのところに、連れていて欲しいの。短い間だけど面会させていただければと思うわ」
「わかりました!!ご案内します!!」

3人が歩き出したのだった。

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