運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

景資くんは想像以上に親族に可愛がられる運命のようです。

藤三郎とうざぶろうが、隣の屋敷に駆けつける。

「申し訳ございません‼」
「どうした?藤三郎とうざぶろうか?大きくなったな?」

かすれた声で囁く景虎かげとらを拳で殴る女性。

「馬鹿‼変声の時期なんだからしゃべらないの‼えっと、景資かげすけの弟さん?」

ニッコリと笑う女性は、美人ではあるが、あっさりとカラッとした女性である。

百合ゆり。ちゃんと挨拶しなさい。礼儀知らずよ?」
「はい、お姉ちゃん‼」

采明あやめにたしなめられた百合はニッコリと、しかし優雅に頭を下げる。

「始めまして。私は柚須浦百合ゆすうらゆりと申します。采明お姉ちゃんの妹で、咲夜さくやの姉です。よろしくお願いいたします。藤三郎くん」
「は、始めまして‼あ、あのっ‼私は中条藤三郎と申します。きちんとご挨拶ができないのは失礼だと解っておりますが、兄の‼兄の弥太郎やたろうが、侍女の烏丸からすまるに切りつけられました‼烏丸は兄によって切り捨てられましたが、兄が倒れ……」
「なん……」
「だからしゃべるなって言うの‼」

あっさりと鳩尾に拳を叩き込み、百合は立ち上がる。
現在で言えば、160センチの橘樹たちばな、165センチのあかねよりも高い。
驚くほどの長身である。
そして身を屈め、

「ごめんなさいね?長身でビックリしたでしょう?お願いします。景資……お兄ちゃんのところに連れていってくれる?もしよければ手を繋いで欲しいの。お兄ちゃんと私はお友だちなの」
「は、はい‼」

差し出された手を握り、歩き出す。
藤三郎の手は震え、

「兄上は……本当の兄上だった姉上は、あんな目に遭ったのかと……それに兄上も、本当の兄弟でないのに、私たちを本当に心配してくれて……最近、勝手に反物を買ったり、飾りを買ったり、母上が叱ってもやめないゆき姉さんを、叱ってくれて……本当に狙われたのは雪姉さんで……あっ!」

板に載せられ運ばれていく烏丸の遺骸を目にし、百合は、

「まだ馬鹿をやっていたの?この子。それに、景資も本当に優しいんだから」
「驚かれないんですか?」
「うーん……一応はビックリね。でも、自業自得でしょ?自分の愚かさを改めなかった罰よね。でも……」

目を伏せると、連れていく者たちに、

「少しだけ、構いませんか?」
「何かなされるので?」
「鎮魂歌を……」

大きく息を吸い、歌い始める。

『アメイジンググレイス』

黒人霊歌とも呼ばれる奴隷として異国から連れてこられた人々が、自分達の不運を嘆きつつ、祈りを捧げ、明日が幸せでありますようにと祈る歌である。

そして、死者に次の世は幸せにと百合は祈る。
好きではない少女だったが、安易な道しか進まず、自分を考えなかった……けれど、自分はこうなりたくないという反面教師になった少女。
このような最後を遂げたのはかわいそうではあるが、それでも……。

一曲を歌い終えると、周囲から拍手が響く。

「とても素晴らしい‼この小娘に歌うのがもったいないのぉ?」

あずさの感嘆した声が響く。

「この曲は、『アメイジンググレイス』と言って、奴隷として異国に連れてこられた人々が、苦しくとも生きよう……命が尽きて生まれ変わったら、幸せになれるように……と言う歌です」

采明は、妹を見る。

「本当にプロのメゾソプラノ歌手なのね‼」
「本物よ‼オペラハウスで歌ってたんだから‼あ、後で渡すものがあるの。じゃぁね‼」

藤三郎と手を繋いで、微笑む。

「どうだったかしら?ビックリしちゃった?」
「とても‼でも、采明姉さんも歌がお上手ですが、声の大きさ、広がり、そして歌に込める思いが‼また聞かせてくださいますか?」
「良いわよ。いつでも」

手を繋いで歩いていった先が、ざわざわとする。

「景資‼景資‼」

必死に息子に呼び掛けるのは一度会った、咲夜の母、佐々さざれ

「おばさま‼景資の傷の洗浄を‼多分、毒は曼殊沙華まんじゅしゃげの毒です‼」
「な、何故解るの?」
「この家の周囲をめぐる曼殊沙華の花には、毒があります。口に入れると吐き気などがありますが、切られた傷なら、洗浄と、深い傷なら縫います」
「ぬ、縫う⁉景資の体を‼」

きゅうぅぅぅ……

想像したのか意識を失った母を支え、

「兄上は、布ではない‼」

与次郎よじろうの一言に、顔を覗かせる景虎。
心配になり追いかけてきたらしい。

「おい、百合……薬箱忘れるな」
「そうだったわありがとう」

受け取った薬箱を持ち込み、

「ちょっと離れて‼」

と、見ると、

「あぁ、想像よりも浅いわ。神経にも大丈夫でしょう。じゃぁ」

と、ある小瓶の蓋を開け、景資の背中にぶちまける。

「ぎゃぁぁ‼痛い、しみる‼」
「おほほほ~。すみません、清潔な布と、長いさらしを」

一応背中を拭き、ベッタリと薬を塗った布を押し当て、

「すみません。佐々礼さま。手伝ってくださいませんか?景虎もね?」
「解った」

と、3人がかりでさらしを巻く。
ぐったりとした景資に、

「しばらく痛み止を飲みなさい。それと、口から飲んだものではないけど解毒剤も」
「お、鬼……痛いじゃないかぁぁ‼」

文句を言う景資に、百合は、古びた錆びたカッターナイフを示し、

「これで切られたんでしょう?錆びてるし、あの子何切ってるか分からないのよ?それでもいいの?」
「何切る……って」
「琉璃も切ったし、何かある度に振り回していたのに、それでも消毒要らない?」

その言葉に、

「あ、ありがとうございました。百合さま」
「さまやめてくれる?嫌味?」
「いや、本心です‼」
「じゃぁ、休んでおきなさい」

着替えをさせ休ませると、

「ありがとうございます。百合さん。景資に、何かあったら‼」

涙ぐむ佐々礼に、

「いいえ、大雑把な治療で逆に申し訳ございませんでした。佐々礼さま」

頭を下げる。

「景虎さまも……本当に……‼お久しゅうございます。景虎さまのお陰で……」
「佐々礼母上は私の母だ。母上、長い間の親不孝、本当に申し訳ございません」

頭を下げる主君に、涙ぐむ。

「もったいないことです。本当に……嬉しゅうございます」
「佐々礼‼景資は⁉無事か?」
「あなた……‼」

駆け寄り抱きつく。

「大丈夫でしたわ‼しばらく、傷が塞ぐまで……休ませて……」
「母上‼そのような時間はありません。景虎さまのご帰還はすぐに周囲にしれわたるでしょう。相手を、翻弄するためにも動くべきです」
「傷は⁉」
「治しつつ、行います。景虎さまの軍師として、つとめを果たしましょう」

必死で言ったものの、途中でガックリとする。
痛み止の中には睡眠作用があるものもある。
それに負けたらしい。

「まぁ、景資の考えている事はある程度わかるから大丈夫ね。頑張りましょう」

百合の一言にガックリと、

「またこき使われるのか……」

と、景虎は呟いたのだった。

コメント

コメントを書く

「歴史」の人気作品

書籍化作品