異世界の彼女が僕の心を覗き込む

日比野庵

真眼

 黒服の攻撃の種こそ分かったものの、それで状況が良くなったわけではない。黒服達は勝ち誇った笑みを浮かべた。智哉も攻撃されることを警戒して構えを取っていたのだが、逃げ出さないように監視するだけで黒服は何もしてこない。きっと智哉などいつでも始末できるとでも思っているのだろう。黒服の攻撃は神楽耶に集中していた。

 黒服二人のコンビネーション攻撃は神楽耶を確実に苦しめていた。特に死角を突いてテレポートする敵は厄介だった。通常攻撃の黒服に集中すると、死角から二人目が攻撃してくる。逆に死角をなくそうとすると、動きが制約される。正直いつ致命傷を受けてもおかしくなかった。

 じりじりと圧されていく神楽耶。その顔に焦りの色が浮かぶ。智哉はこのままでは何時かやられると唇を噛んだ。何か反撃する方法はないのか。智哉は必死で考えを巡らす。

(相手が何処にテレポートするかを読めれば、反撃のしようもあるのに……)

 智哉は、兄とよく将棋を指していた小学生の頃を思い出した。

 ――何故俺が指すところが分かるんだ。
 ――なぜか浮かぶんだよ。兄ちゃんの手が。

 あれは将棋の話だ。テレポートとは関係ない。智哉は頭の中で否定した。

 ――始めに瞬間移動する先に自分がいるとイメージすんねん。そんで、肉体を分解して、移動先で作り直すねん。心を先に移動させてまうんや。

 智哉の頭に『宙の王』の言葉が甦った。

 ふと智哉にある閃きが浮かんだ。上手くいくかどうかは分からない。けれども迷っている時間はない。智哉はその閃きを実行に移した。目を閉じて精神を集中する。と、黒服の一人が神楽耶の右斜め後ろにテレポートして膝蹴りをするイメージが浮かんだ。

 ――!

 智哉は、素早く神楽耶の右斜め後ろに体を入れて片膝をつき、膝蹴りをする黒服のイメージを相手に、膝の裏を取って投げを打った。

 ――ビシッ!

 黒服は、智哉の投げ技にぴたりと合う形で実体化して、そのまま投げられた。後頭部を強打してもんどり打って転がる。智哉を向いた黒服は豆鉄砲を食らった鳩も吃驚するくらいの顔をした。

「貴様ぁ!」

 二人目の黒服が鬼のような形相で叫ぶ。

 智哉は二人目の黒服が神楽耶の正面からタックルの姿勢でテレポートするイメージを『観る』と、すかさずイメージの足に対して足払いを狙う。

 智哉の足が神楽耶の前に伸びる。二人目の黒服は実体化が終わった直後に足を払われて、顔面で地面に挨拶をした。

 神楽耶は目を丸くしていた。死角からの攻撃を智哉が排除してくれた。予測では絶対不可能な精度と動きだった。

「立花さん!」
「ええ」

 智哉の合図で、神楽耶は目の前で蛙のように突っ伏している二人目の黒服を思いっきり蹴り上げた。黒服は目にも止まらぬスピードでぐるぐると滑車のように回って石垣に激突して気絶した。

 息つく暇なく、神楽耶の真後ろからテレポート攻撃しようとした三人目を智哉が投げ飛ばす。神楽耶は自分を護ってくれた智哉に振り向いた。

「ありがとう。桐生君」
「うん」

 頷いた智哉に神楽耶はにっこりと微笑んだ。

 だが、気絶した二人目以外の黒服がゆらりと立ち上がる。まだまだやる気のようだ。神楽耶は黒服達を改めて視界に捉えると智哉に確認する。

「桐生君。攻めに出てもいいかしら」
「僕はこんなことしか出来ないよ」
「それで充分よ」

 言うが早いか神楽耶は反撃に出た。神楽耶が攻撃し、智哉は守りを受け持つ。智哉は黒服のテレポート出現場所を「観て」位置取りをする。自然と神楽耶の死角を智哉が埋める形になった。

 神楽耶が一人目をノックアウトして、智哉が四人目を転がしたとき、三人目が銃のようなものを取り出した。顔が恐怖にひきつっている。銃口は智哉に向けられた。

「パン」

 乾いた音が響いた。

「危ない!」

 とんでもない反応速度で神楽耶が智哉の前に躍り出る。智哉を怪我させたミローナとの闘いの時の二の舞は御免だとばかり、神楽耶は身を挺して智哉を庇った。

 ――キン。

 金属的な音が響いた。結論からいえば神楽耶も智哉も無事だった。銃を撃った三人目はにやりと笑ったかと思うと、神楽耶の怒りの右ストレートを喰らって昏倒した。

 あと一人。四人目の黒服だけが戦闘力を残していた。

 しかし、一人だけならテレポート攻撃は脅威にならない。実体化直後を狙えばいいだけだ。智哉はテレポート先が『観える』のだ。

 四人目の黒服は何やら手首につけた端末を操作した。

 智哉と神楽耶の周囲の空間が揺らめき立ったかと思うと、新たな黒服が七人テレポートして現れた。四人目が応援を呼んだのだ。

「一体何人来るの!」

 神楽耶が悲鳴を上げる。智哉は神楽耶の背中に自分の背中をつけて大きく深呼吸した。

「形勢逆転……かな」

 智哉は一転して不利な状況に追い込まれたのにも関わらず、そんな台詞が口をついて出たことに驚いていた。現実から目を背けなくなった自分になりつつあることはまだ自覚していなかったが。

 四人目と合わせて八人になった黒服は四人づつ二組に分かれ、四人の内二人がテレポート攻撃、残り二人が通常攻撃とに分担し、それぞれ智哉と神楽耶に襲い掛かった。

 テレポート攻撃が一人だけであれば、智哉も合気道で対抗できる。しかし、二人同時のテレポート攻撃となるとそうもいかない。しかも通常攻撃も避けなければならない。多勢に無勢とはこの事だ。それは神楽耶も同じだった。

 智哉は反撃を諦め、避けることに徹した。テレポーターの出現位置を観て避け、目でみて実体攻撃を躱す。

 智哉は最初こそ黒服の攻撃を回避していたものの、テレポートと通常攻撃のコンビネーションで徐々に神楽耶と引き離され分断された。黒服達はそれを狙っていた。

 ――がはっ!

 遂に避けきれず智哉が黒服に殴り飛ばされて石垣に叩きつけられる。智哉は石壁に背をつけたままズルズルとしゃがみこんで尻餅をついた。

 それをみた神楽耶が智哉を助けようと振り返った。だがその隙をついて黒服四人が一斉に攻撃を掛けた。黒服のパンチとキックが同時に神楽耶に命中する。

 「きゃあ」

 ダメージを負った神楽耶は距離をとって態勢を立て直そうとしたが力が入らない。

 最後のトドメを刺そうと黒服は攻撃態勢を取った。神楽耶はぼんやりした視界で智哉をみたが、そちらにも黒服が迫っていた。神楽耶は観念したように目を瞑った。

 と、神楽耶に迫った黒服の一人が白目を剥いて崩れ落ちる。その向こうからボリュームのある真っ赤なショートヘアと黄色い角が現れた。

「ミローナ!」
「ふん。間に合ったか。お前に此処で死なれちゃ困んだよ」

 一方、智哉に迫った黒服は首根っこを掴まれ、宙に浮いていた。

「あらぁ。神楽耶お姉さまの大切な男性ひとを苛めるなんていけませんわ」

 エトリンだ。

「ぐっ、放、せ……」

 エトリンに持ち上げられた黒服はテレポートをしようとした。だがエトリンの恐ろしい握力で掴まれ息もできない。激痛で意識が朦朧となる。とてもテレポートどころではなかった。

「神楽耶、トモヤを連れて逃げろ。此処は俺とエトリンで十分だ」
「でも」
「お前も一人で四人相手したんだろ。さっさと行けよ」

 ミローナは任せておけとばかりに後ろ手を振った。

「……ありがとう。ミローナ」

 小さく礼をいった神楽耶は智哉を助け起こすと、一気に駆け出した。黒服らは、ミローナとエトリンに気を取られたのか一歩反応が遅れる。神楽耶と智哉はギリギリで脱出に成功した。

 ミローナは、神楽耶と智哉が無事に脱げたのを見届けるとエトリンを呼んだ。

 エトリンは「はい、姉さま」と返事をして、持っていた黒服をゴミ袋か何かの様に投げ捨てて、ミローナに駆け寄る。

「さて、と」

 黒服達を睨みつけながらミローナは不敵な笑みを浮かべた。

「エトリン。今日は手加減なしだ。思う存分やっていいぜ」
「はい。姉さま。エトリン頑張ります!」

 エトリンが、豊かな胸の前で両手の甲を見せてガッツポーズする。
 この後、八人の黒服は、「疾風」と「暴風」の「風の洗礼」をたっぷりと味わった。


◇◇◇


 黒服達からの襲撃からなんとか逃れた智哉と神楽耶だったが、走る速度を緩めることはなかった。黒服達が全部で何人いるか分からない以上、更に別の黒服が来ないとも限らない。智哉は神楽耶を案内する形で、清涼公園の駐車場にたどり着いた。

 駐車場には、何台もの車が止まっていたが、裕也の車は直ぐに分かった。白のルーフにメタリックブルーのボディ。フロントの二本の白いラインが、ぎょろり目玉のようなフロントライトに挟まれている。ファイブドアタイプのミニクーパーだ。裕也は車の脇でペットボトルのお茶を飲んでいた。

 裕也も智哉達を見つけたが、二人の只ならぬ様子を見て取ると、車のロックを解除して後部ドアを開ける。

「兄さん!」

 間髪入れず、智哉と神楽耶は後部座席に飛び込んだ。

「話は後だ。出すぞ」

 次いで、運転席に乗り込んだ裕也はエンジンをスタートさせる。ツインターボが独特の唸りを上げた。裕也のミニクーパーは、ホイールスピンさせることは無かったが、中々の加速で三人を乗せて発進した。

 智哉は後ろを振り返り、リアウインド越しに追っ手が来ないか確認する。幸いにもそれらしきものはいなかったが、それでも智哉は尾行されているかもしれない、と後ろの車のナンバーを目に焼き付けた。更にもう一つ後ろの車もと思ったものの、ナンバーは見えない。仕方がないので、智哉は色と車種を記憶に止めるだけにした。
 

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