異世界の彼女が僕の心を覗き込む

日比野庵

黒服

 ――次の日曜日。

 智哉は時待台駅の改札に居た。神楽耶と待ち合わせするためだ。

 智哉は昨日、所用で家に戻って来ていた兄に折り入って相談したいことがあると頼んだ。「込み入った話か?」と訊き返した裕也に、そうだと答えると、裕也は左頬を右手の人差し指でポリポリやってから、じゃあ車を出すと言った。

 裕也は、煮詰まったときはいつもと環境を変えると思いもかけないアイデアがでるという。裕也によると、研究で行き詰まると、普段はいかないような場所にいって、頭をリセットするらしい。智哉は兄のような「天才」でも行き詰まることがあるのかと思ったが、普段行かない場所に言ってみるのもいいかなと少しの期待を上乗せして、裕也の提案に乗った。

 智哉は約束の時間の二十分前に改札に来ていた。昨日、時間の五分前にきたのに神楽耶が先に待っていた。神楽耶は今来たとこだといっていたが、脇のポーチの横に文庫本があったし、水も殆どなくなっていた。きっとそれなりの時間を待っていたに違いなかった。だから、今日は自分が先に来ようと決めていた。

 そういえば、あの日も、こんな風に改札で待っていたっけと、神楽耶に『クレスト』を返した日のことを思い出していた。しかし、今はあの時のようなドキドキはない。

(馴れてしまったのかな……)

 智哉は独りごちた。全校一の美人と評判の神楽耶の彼氏。今や智哉は全校男子から羨ましがられる立場にいた。学校では互いに会話を交わすことは殆どなかったが、隠れて付き合っているのだろうと勘ぐる者は少なからずいた。

 神楽耶に馴れてしまったなどと、他の男子生徒が聞いたらおよそ只では済まない発言ではある。

 智哉が来てから五分程して、神楽耶が改札に現れた。

 神楽耶は紫がかったVネックニットにチェックパンツといった少しラフで動きやすい恰好をしていた。首にかけたペンダントには『クレスト』があり、整った顔に智哉がプレゼントした眼鏡をしている。唇にはうっすらと桜色のルージュが引かれていた。智哉は、一段と輝きを増した神楽耶を前に、初めて会った時のようにドキドキした。

 神楽耶は、智哉を見つけて、あれっという顔をした。

「時間は二時じゃなかったかしら。私、間違えた?」
「いや。僕が早く来すぎただけ」
「そう」

 約束を違えた訳ではないことが分かったからなのか、神楽耶の顔から緊張が解けた。

「眼鏡似合ってるね。びっくりした」
「え、あ、ありがとう。ぴったりよ」

 神楽耶は少し頬を赤らめる。

「お兄さんは?」

 神楽耶は照れを隠すかのように目線を左右にやって、少し小首を傾げた。

「ああ、兄さんはちょっと用事があるからって。ちょっと行った清涼公園の駐車場で待ち合わせすることになってるんだ」
「駐車場なの?」

 神楽耶は不思議そうな顔をした。

「御免、言ってなかったね。兄さんが、いつもと別のとこにしようって。車を出してくれるから。駄目なら、そのへんにするけど――」
「お言葉に甘えるわ」

 神楽耶はにっこりと笑った。


◇◇◇


 公園までの道を智哉と神楽耶は並んで歩いた。初秋の風が二人を包んでは解けていく。
やがて清涼公園につくと、智哉は公園広場を通ったほうが早いから、と神楽耶に諒解を求めた。

 神楽耶は無言で頷いて答える。二人は公園の遊歩道から抜け道へと足を運んだ。両脇を石垣で固めた小路を抜けると公園広場まで直ぐそこだ。風が冷たいせいなのか、小路には他に人の姿はなく、二人だけの占有空間になっていた。そのときまでは。

 ふと智哉の前方十メートルほどの空間が揺らいだかと思うと、四つの白い渦ができ人の形になった。

 渦が消えたあとに四人の黒服が立っていた。

 ――テレポートだ。

 黒服達はよく映画などに出てくるようなボディーガード然とした筋骨隆々の大男ではなく、痩身で智哉よりも、少し小柄な男達だ。お決まりのサングラスは掛けていない。智哉はイメージと大分違うなと思ったが、背筋がピンと伸び、隙のない様子から只者ではないと感じた。肌の色や風体はアジア人だったが、瞳の色だけ深いブルーであるのは神楽耶と同じだ。

 「なに、貴方達」

 神楽耶が驚いた顔を見せる。

 黒服の一人がにやりと嘲うと、右手を上げる。それを合図に黒服達は半身になって構えを取った。片手を腰溜めにして、もう片方の拳を突き出している。穏やかならざる意図を持っているのは明らかだった。

 「桐生君」

 神楽耶が智哉に離れているよう目で合図する。智哉も緊張の面持ちでコクリとして、数歩後ろに引いた。

 と、黒服の一人がダッシュして神楽耶にパンチを見舞う。決して素人の攻撃ではなかったが、神楽耶には欠伸がでるほど遅いスピードだ。神楽耶は余裕を持って軽く躱した。

 ――ズン。

 神楽耶は背中に衝撃を感じた。背中越しに見ると、二人目の黒服が神楽耶の背に肘打ちをしていた。神楽耶は二、三歩前につんのめったが、なんとか踏み止まる。様子見の攻撃だったのか左程ダメージはなかったのだが、神楽耶には何が起こったのか理解できなかった。

 「テレポートだ!」

 智哉が叫ぶ。少し離れたところから見ていた智哉には、はっきりと見えた。

 「……そういうことね」

 戦闘態勢を取った神楽耶が得心した。神楽耶が元いた世界――惑星ヴィーダ――では、ミローナのような群を抜いたテレポート速度を持つテレポーターは例外として、格闘戦でテレポートは使われることはない。テレポートに擁する時間が隙になるからだ。彼らはそれを連携で補っていた。

 一人が通常攻撃で注意をひきつけている間に、もう一人が死角にテレポートする。神楽耶も始めて経験する異質の攻撃だった。

 智哉も合気道の構えを取って、黒服の攻撃に備えた。
 

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