異世界の彼女が僕の心を覗き込む

日比野庵

逸材

 ――惑星ヴィーダの帝国領セプティム市。

 市の外れに位置する雑居ビル群の中に赤茶けた外壁の七階建てのビルがあった。ビルの周囲には非常線が張られ、小銃を持った何人もの男が警備をしている。男達は次元調整機構の戦闘服に身を包んでいた。次元調整機構がこの建物を占拠したのだ。しかし男達の顔に緊張した表情が浮かんでいるところをみると、占拠してから左程時間は経っていないように思われた。

「奴らの反撃に備えよ。警戒を怠るな」
「通信記録の解析を急げ」
「『疾風』の追跡班を編成せよ」

 現場の指揮を任された次元調整機構戦闘部隊長のアパク・マデアが矢継ぎ早やに指示を出す。アパクは齢四十を数える叩き上げの元軍人だ。筋肉質のがっちりした体に繋がるよく日焼けした顔には深い皺が刻まれている。幾多の戦場を生き抜いてきた証だ。アパクは五周期――地球時間で五年――前に退役し、この次元調整機構に軍事教官兼部隊長として招かれていた。

 アパクは動き出す隊員を見送ってから外に出る。雨上がりの舗装路は独特の匂いを上らせている。アパクは建物を囲む非常線を確認しようと足を踏み出した時、その前方十歩程先の空間が、突然揺らめき出した。

 警備の男達が一斉に手にした銃を構える。アパクは右手を上げてそれを制すと、目を細めた。揺らめきはやがて透き通った金色の渦となり、人体様の形を成したかと思うと人となった。

「相変わらず見事なテレポートだな。フェリア」
「先生。お久しぶりです」

 虚空から姿を現したのはフェリアだった。自室から直接テレポートしてきたのだ。

「もう私は先生じゃない。余り教えたこともなかったがね」
「いいえ、先生のお蔭ですわ」

 苦笑するアパクにフェリアは微笑みで返した。

 次元調整機構に拾われたフェリアが強化筋繊維手術を受けた後のリハビリを担当したアパクは、フェリアとミローナ、エトリンの格闘技の師匠でもある。

 アパクは早くから彼女らの能力を最大限に引き出すべく猛訓練を施した。戦闘能力という意味では三人の力を一番知る人物だ。

「済まなかったな。突然の呼び出しで」
「いえ、先生のお呼びとあれば、何を置いても駆けつけますわ」
「それは光栄だな。しかし呼んだのは私じゃない。所長だよ」
「所長がですか」
「うむ。ま、案内しよう」

 アパクは建物を指差しながら、始めてフェリアと出会ったときの衝撃を思い出していた。


◇◇◇


 ――次元調整機構のトレーニングルーム。

 大小様々な器具が並べられている。部屋の真ん中には、ベルトの上を走るタイプの器具が五台あり、真ん中の二台を使って、ソルジャーの少女が二人走っていた。手足には幾重にもウェイトが付けられている。筋繊維強化手術を受けたソルジャー専用のウエイトだ。生身の躰では立っていることもできない程の重量があった。

 この惑星では、必要に応じて全身の筋肉を人工筋肉に置き換えることはそれほど珍しいことではない。辺境惑星を開拓する場合、重機を持ち込めないケースも数多くあった。その時は人力に頼る他ないのだが、重機なみのパワーを得るために全身の筋肉を強化筋線維にする――いわばサイボーグ化だ――をすることがままあった。

 しかし、生身の骨は、強化筋線維の伸縮力に耐えられず、直ぐに骨折してしまう。故に強化筋線維を支える強度を持った特殊金属の骨が必要になる。そのため強化筋線維化と全身骨の金属化は同時に行われることが殆どだった。

 次元調整機構では、テレポート能力を持つエージェントを「テレポーター」、強化筋繊維手術を受けて常人を遥かに超えるパワーを持ったエージェントを「ソルジャー」という名称で分類・登録していた。

 トレーニングマシンの上を走る二人の少女は「ソルジャー」として登録され、その能力試験を行っていた。だが二人の様子は対照的なものだった。一人は呼吸も荒く今にも倒れそうだったが、もう一人は平然としていた。

 もっとも測定された二人の能力値は、次元調整機構に登録された「ソルジャー」の平均を大きく超えており、既に限界値に挑戦するフェーズに突入していた。

 やがて、ふらふらしながら走っていた一人が、とうとう音を上げた。

「ぜい……ぜぃ……もう……駄目ぇ……ですぅ」

 ふらふらの娘がギブアップを宣言する。二台のベルトの回転速度が落ち、ゆっくりと止まる。ギブアップした娘はその場で内股になってへたり込んだ。

 一方、もう一人の娘は平気な顔をしてマシンを下りる。大して息も切らしていない。傍らに掛けてあったタオルを手に、マシンの上で座り込んだ娘に近づいてしゃがみ込んだ。

「お疲れ様。貴方、綺麗なものが好きなんでしょ? こんなタオルで御免ね」

 ぜいぜいと肩で息をしている娘の顔の汗をそっと拭いてやる。

「ぜぇ、はぁ……。あ、ありがとう……ござい、ます……」

 汗を拭いて貰った娘はうっとりとした表情を見せた。

 ――はい。今日のプログラムはこれで終了です。呼吸が整うまでそのままでいいわ。

 女性の声がスピーカーから流れる。

「は……いぃ」

 マシンに座っていた娘は、一旦立ち上がろうとしたが、スピーカーの音声にまたペタリと座り込んだ。


◇◇◇


 二人の姿は別室のモニタに映し出されていた。モニタを見ながらアパクと二人の医療スタッフが会話を交わしている。

「逸材だ。よく見つけたな」

 アパクは延々と走り続けた少女を指し、医療スタッフを褒めた。そして彼女の測定データを眺めて驚嘆の声をあげる。

「こんな心肺能力値は見たことがない。常人などとは比較にならん。トップアスリートすら軽く超えている。本当なのか?」
「データに間違いありません。彼女は、五歳の頃事故にあって、全身を金属骨に入れ替えてます。あのクソ重い金属骨にですよ。しかし筋肉はずっと生身のままだったそうです。全身に重りをぶら下げて生活するようなものですよ。よく動けたものです。おそらくそれで心肺機能が異常に発達したのでしょう」
「それが、強化筋線維手術を受けることで本来の力を発揮できるようになったわけか。正に『ゴミ箱から花の香り』だな」
「見てください。彼女はこの強靭な心肺能力のお蔭で、強化筋線維の最大出力の七〇パーセント迄であれば、定常的に出せます。最大出力でも半日はいける。信じられません」

 男性の医療スタッフがアパクにデータを見せながら興奮している。

 いくら強化筋繊維手術を受けたからといって、それで即スーパーマンに成れるわけではない。筋肉と骨以外は生身のままなのだ。激しい運動をすると、手足の筋肉などの骨格筋への血流量は大きく増大し、全身の血液のおよそ八割を占めるようになる。生身に移植される強化筋繊維も、その伸縮には血液を必要とする。その血液量は、生身の筋肉が必要とするよりも、遥かに大量だった。

 しかし、強化筋繊維が求める血液量は、生身の心肺が供給するには負担が大きく、持続的な供給は不可能だった。それゆえ、強化筋繊維がフルパワーを連続して発揮できる時間には制約があった。

 次元調整機構の良く鍛えられた「ソルジャー」であっても、その時間はせいぜい二十セトス――地球時間で十分程度――であった。それ以上は心肺機能が保たないのだ。

 スタッフの見せるデータに顔を綻ばせたアパクだったが、大事なことに気づいた。

「待て。さっき五歳といったな。その歳で金属骨入れ替え手術は禁止されている筈だ。どういうことだ」
「教官。彼女の名を見ましたか?」

 そう言って、スタッフは、今日の計測対象者名簿を出す。モニタに映し出されている、二人の少女の名が記されていた。

「エトリン・テティス……、フェリア・クレイドール……。クレイドール? まさか」
「そう。あの『狂気の次元科学者』ですよ」
 

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