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いつかその手を離すとしても

ノベルバユーザー172401

12 想い消えず


こんなにも、緊張することがあっていいのかと思うくらいには、緊張していた。
ただ、思い立った日がいいんじゃないかと思って。昼間に話した彼女に影響を受けていたことも、否めない。それでも今日言わなければならない気がして。
学校が終わって、私は仕事を片付けて、ちょうど職員室を出てきた神崎に話しかけた。ちょうど、帰るところだったらしい神崎は私を見て少しだけ笑う。

「ちょっと、話したいことあるんだけど」
「お前が珍しいな、もう終わったし、いくか」

人もまばらの学校を出ると、もう外は暗かった。
――私たちは、こうして日々をこえてきた。最初、ただの友達として。私だけが友達のくくりを越えてしまったけれど、それでも私たちは時に喧嘩をしたり無理矢理に引っ張ったりしながら一日を終えてきた。
隣を歩くことが幸せだった。そして、その幸せをどん欲に求めてしまいそうになる自分が怖かった。
こえてはいけないと思い込んでいたからだろう。私は、神崎に自分を女として見せることを望みながらも怖がっていた。弱いところを見せたくなかった。結局いつだって、不器用な私は弱った自分を見せてしまっていたけれど。

無言で歩きながら、神崎が何か食べるか?という言葉を遮って私は公園へと歩き出す。この公園、この間千崎と居た場所だと思いながら、私は手を握りしめる。
――ここで私の手は放すけれど。私が泣いてしまいませんように。最後まで私は、かっこよくありたいと思うのは私の意地なのかもしれない。
当然の様に公園には人気がいない。防犯の対策からか、灯りのつけられた公園は明るい。ひんやりした空気の中で私は神崎に向き合った。

「アンタとは、長い付き合いになったもんだわ」
「ああ、そうだな」
「神崎は、知らなかったと思うけど。私、神崎が好き」

はっきりと、神崎の目に動揺が走る。それを想ったよりも冷静に見つめた私は、震える唇をかみしめる。訂正、もうすでにくじけそう。
でも、私は決めたのだ。この想いを昇華すると。隠してきたことを、聞いてもらおうと。

「好きだったけど、それよりも、私は貴方に生きてほしかったから。私を見てくれなくても、歩いてほしかったの。神崎の恋を否定するわけじゃない。でも、私は、私のエゴで好きになった人に幸せになってほしい。
だから、お節介を焼いたし無理矢理手を引っ張った。…好きよ、神崎。私に恋をさせてくれて、ありがとう」
「お前は、馬鹿だな…本当に、ばかだ」
「うん、知ってる。私、好きな人に幸せになってもらえるならなんだってできる。
一緒に見た景色が綺麗だったことも、忘れられない。でもそれ以上にアンタが生きるって決めてくれた時が嬉しかった。神崎は、私の事を好きじゃないって知ってる。友人として一番大事に思ってくれていることを、知ってる。ごめんね、好きになって…ごめんね神崎」
「…――、俺は、お前を傷付けてばかりだ…!」

食いしばるように、何かに耐えるように吐き出された言葉に私の目から涙が落ちる。
あとからあとから、私の目から落ちる涙と震える口から漏れ出る白い息が、無様だった。それでも、神崎の言葉をかき消さないように私はそっと嗚咽をこらえる。真直ぐに前を見る。
泣きそうなくらいに歪んだ神崎の顔は、辛そうだった。ともすれば、私よりもずっと。

「お前が、笹原がいてくれなかったら俺はきっと駄目になってた。お前の辛さも、悲しみも、全部知ってるつもりだったのに、俺は知らないことだらけだな。俺がお前を傷付けてたんだって知らなかった。
…ごめん、笹原。お前をこんなに傷付ける俺が、お前を幸せにしていい訳がない…!」

吐き出された言葉を理解する。
そんなことないよ、そんなことないんだよ神崎。その言葉は言葉にならず、震える唇が嗚咽をこぼしただけで終わってしまう。
みっともなく泣きたくなんてなかった。こんな風に泣いてしまいたくなかった。でも、何よりも今、胸が痛い。バラバラに千切れてしまいそうなほどに痛む心臓の付近で手を握る。

「…神崎の、せいじゃない…!私が好きになったの。神崎に好きな人がいるのも、私の方を見てないのも、知ってるから。
でも、私が好きになった人は、ちゃんと歩けるようになったから。だから、…もう、大丈夫だよね?――私、手をはなすよ。これからは、ちゃんと歩いていて。神崎が自分で幸せを掴み取って」
「…馬鹿だな、笹原。悪い…笹原、」

謝らないで。という言葉は、今度こそ決壊した私の涙腺の前になし崩しに崩れてしまった。崩れそうになる足を踏みしめることでこらえて、ぐい、と目をこする。
噛みしめた唇に、切れるよと声をかけようとしてやめた。――もう、私には、神崎に世話を焼いていい理由がない。

「……聞いてくれて、ありがと。いい機会だと思って」
「――いや。…俺こそ」

何か言いたいことがあるとき、神崎は少し歯切れの悪くしゃべる。何か言いたいことがあるのだろうか、と目を向ければ、自嘲するように少しだけ息を吐いた。
え、と思う間もなく神崎の手が私の後頭部に伸びて、引き寄せられた。神崎の胸に飛び込む形になった私の頭を抱えながら、神崎が言葉を発する。――ねえ、今どんな顔をしているの。

「お前が…、お前がいてくれてよかった。ありがとう、笹原」

どうして、そんなに泣きそうな声を出すの。まるで言いたいことは別にある様な声で。
聞きたいことは何一つ聞けないままに刹那、ぎゅ、と抱きしめられた。その瞬間だけはきっと忘れられないだろう。痛いほどに、切ない私の恋が終わる音がした。

そのあと私と神崎は離れて、歩き出した。私は神崎の送るという言葉を断り、神崎は眉を寄せながら了承した。
どこまでも、優しい男だなあと思いながら、私は唇をゆがませる。――少しは、笑えているように見えるだろうか。
今はまだ、この気持ちはくすぶっているけれど、時間をかけていけばきっと想い出に変わるのだろう。馬鹿みたいに頑なに抱きしめていた独りよがりな恋は、それでも、何よりも私と大切な時間を過ごしてきたものだった。
別れて歩く一人の道で、私は一心に歩いた。部屋にはいって、そして寝てしまえばいい。そうすれば、明日は来る。明日が来て、明後日が来て、時にこの気持ちを思い出して。
そうしていくうちに私の気持ちは、恋から思い出に変わっていってくれるのだろうか。
それでも、私は、どれだけ辛くとも。出会わなければよかったと思わない。
着信の音に気付いて、名前を確認すれば、私と神崎に事を知っている友人からの電話。
思った以上に張りつめていた息を吐いて、私は電話に出る。

「…あかね、フラれた」
『――っ、今から行く!』

そうしてきてくれる人が私にいることが、何よりの慰めだった。
横断歩道を渡り、携帯をしまい込む。スクランブル交差点は、人気もあまりなかったけれど少しだけ急ぎ足で。ヒールがカツカツとなる音に、私は少しだけ苦笑した。
夢見ていたあの時。あの時の私は高校生で、ローファーをはいていた。今はヒール。夢を見る時間は終わってしまった。

「――郁!」
「いくらなんでも、はやいって…」

どこから見つけたのか、あかねが私が渡っている交差点の向かいに立っていた。このまま進めば、あともう少しで彼女の方へ行く。信号は青、まだ余裕があると思いながらも早く着きたくて歩く。
――その時にあかねが私の方へ手を出したのを見た。いつも朗らかな彼女の、いつになく焦ったような表情。周りの、まばらな人たちが振り返る。
あかねの視線は私ではなく違う方に向いていて、私は車の気配に横を向く。

ドン、という衝撃。体が衝撃にあたってふわりと飛んでいくような感覚。あかねの、そして周りにいた誰かの悲鳴。
痛みを痛みと自覚する前に、私の体は冷たい地面に横たわっていた。自分がどうなっているのか全く分からなくて、ただ、気の遠くなりそうなほどの痛みに意識が飛びかける。

「…っ、いく、いく…!きこえる?しなないで、死んだら駄目よ馬鹿!」

あかねの必死な声に笑ってしまう。
――今なら、もういいかもしれない。今日はなんだか色々あって疲れてしまったから、少しだけ休ませて。
閉じた視界の中で、浮かんだのは。
また、神崎を泣かせてしまうだろうかというもの。いつまでも私の一番に考えることが神崎であることが、皮肉のようだ。
これじゃあ、人の事をいえない。今日、私の前で泣いた女生徒と同じ。好きで好きで、仕方ない。諦めきれなかった、きっと、このままずっと私は神崎が好きなままだ。

目を閉じる前に見た、泣いている顔のあかねに私は何も言えないまま、意識はフェードアウトする。暗い闇の中で、そっと私の力が抜けていった。






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