異世界リベンジャー

チョーカー

雑談からの魔法

 
 『異世界』

 どうやら、ここは異世界らしい。
 外に立っている見張りの兵士の口からは異世界物ならではキーワードが聞こえてくる。

 『王国』 『新魔法の誕生』 『魔物討伐』 『姫』 『騎士団』 

 「なんてこった……」
 てっきり、スプラッタ系サイコホラーの世界かと思ったら、異世界ファンタジーだったようだ。
 スプラッタ系サイコホラーなら、簡単だ。殺人鬼に気づかれず、建物から脱出すれば解決。
 しかし、異世界ファンタジーは……
 俺は元の世界に帰れるのか?
 その方法は思いつかない。次から次へ悪い想像が浮かび、負のスパイラルに陥った。
 「……いや、こっちに来る方法があるなら帰れる方法もあるはずだ」
 その確証は全くないが、自分を鼓舞するために言う。
 そのために、まずは情報収集だ。気持ちを入れ替え、集中して兵士達の会話に耳を傾ける。
 幸いにも、見張りの兵士たちはおしゃべり揃いらしい。 
 見張りの仕事と言っても、やっている事は長時間、部屋の前で立っているだけなのだ。
 職業意識が薄くなっているのかもしれない。
 むしろ、兵士の中でも職業意識の薄い連中の吹き溜まりになっているのじゃないか?
 もちろんそれは、俺にとって都合は良い。

 「ところで、この牢獄に閉じ込めている魔人ってどんな奴なんですか?」

 おっと、いきなり確証に突っ込む質問をする奴がいた。
 声の印象では歳は若い感じ。高音の声だ。
 たぶん、新米兵士ってポジションか?
 ここに閉じ込められている魔人。それは俺の事に間違いはない。

 「ん?何だお前、知らずに見張っているのか?」

 そう答えたのは重低音ボイスの持ち主。
 たぶん、この場の責任者的な人物か?

 「しょうがねぇなぁ。いいか?お前?魔人ってのは……」 

 おぉ、良いぞ!喋れ!喋れ!どんどん喋れ。 
 「……あれ?なんだったかな?」

 ……おい。ボケてんのか?

 「そうそう、あれだ、あれ。こことは違う世界。地球って所があってだな。
 なんか、そこじゃ、俺らと違って、普通の人間が大量の魔力を持っているらしい」

 「普通の人間が?それって、どのくらいですか!?」

 新米兵(仮名)は興味津々のようだ。責任者(仮名)に食いつき気味に聞いている。

 「どれくらいって言ってもなぁ。そりゃ、魔人よ。
 例えるなら……
 海の海水を全部、飲んじまうくらいの化け物よ」

 「すげぇええええええええええええええええええ!?」

 ……絶対、適当だ。
 責任者、魔人の事を知らなくて、適当にホラ吹いてるぞ。

 「部隊長。そりゃ適当過ぎますよ」

 2人の会話に入ってくる人が現れた。
 妙に滑舌が良い感じで、聞きやすい。
 俺は、ソイツをナンバー2と名付けた。
 ナンバー2は魔人の説明を分かりやすく始めてくれた。

 「良いかい?この世界じゃ、魔法は誰でも使えるだろ?」
 「え?そうですか? 僕は学校で魔法の成績が悪かったですけど?」

 ドッと周囲に笑い声がした。
 「いやいや、それでも基本的な魔法は使えるでしょ?全く、使えないって事はないはずだよ」
 「そりゃ、そうですけど……」
 「でも、地球って場所に住んでる魔人たちは全く魔法が使えないんだ」
 「全く?1つも使えないって意味ですか」
 「その通りだよ」

 うん、正しい。少なくとも俺は魔法が使えない。俺の知り合いでも魔法が使えるって奴は一人もいなかった。 ある日、突然、魔法が使えるようになったって話はフィクションでしか存在してなかった。

 「でも、それじゃ……部隊長の話と違いませんか?普通の人が大量の魔力を持っているって……部隊長、嘘つきましたか?」
 「ってやんで、べらぼうめ!?」

 重低音の怒声が飛んでいる。そして、複数の笑い声。

 「はいはい、部隊長も怒らない。怒らない。
 地球の人たちは大量の魔力を持っている。部隊長の言葉は正しんだよ」

 「エヘンエヘン」と威張るような咳が聞こえる。たぶん、責任者……改め、部隊長の咳だ。

 「つまり、彼らは大量の魔力を保持してる。けれども彼らは魔法が使えない。どちらも正しいのだよ。……合点がいかないって顔をしてるね」
 「そりゃ、そうですよ。なんで魔力を持っているのに魔法が使えないですか?」
 「例えば、火が燃えるのに必要な3つの要素は何か?学校で習いましたよね?」
 「えっ?」と新米兵の声がした。

 つられて、俺も思い出していた。えっと、確か……
 可燃物(燃える物)空気(酸素)熱(熱源)だったよな?
 うん、良し、覚えてる。覚えてる。

 「そんなの簡単ですよ。魔力 精霊 念の3つですよね?」

 な、なん……だと…

 「そうですね。正解です」

 せ、正解だと!?

 「けれども、彼らはその基本すら知らないのです。大量の魔力を保持していても、使い方が分からない。だから、本来なら消費されるべき魔力が使われず、さらに膨大な魔力へと膨らんでいってるのです」
 「なるほど、だから魔人なのですね!?」
 「その通りです、よくわかりましたね」

 ……なるほどな。
 なんだか、アホの子に勉強を教えているような感じだったが、おかげ基礎知識0の俺でもわかる内容になっていた。
 この世界の人たちが日常的に使っている魔法。それに必要な魔力を、俺たちは使っていない。
 だから、膨大な魔力を持っている。つまり『魔人』って事か。

 「で、その魔人をなんで閉じ込めてるんですか? 魔人を召喚したのって国をお偉いさんなんでしょ?」

 ―————え?召喚?
 新米兵の言葉は意外だった。
 俺も現代っ子だ。異世界ファンタジーのゲームやら、アニメやら、小説に触れる機会は多い。
 そして、それらには異世界に召喚されるパターンの物語は多い。
 だが俺は車との事故直後、気がつけば、この世界にいた。
 気がつけば、半裸で牢屋に閉じ込められていたのだ。
 だから俺は、自然と「車と衝突した衝撃で、異世界に飛ばされてしまった」パターンだと考えていたのだ。 
 しかし、彼らの会話によって俺の予想は覆された。
 どうやら、俺は、誰かの意思によって意図的に呼ばれたらしい。
 それも、その誰かさんは、この国の権力者らしい。

 「これは噂だけど……魔王討伐の兵器として魔人を召喚したらしい……」

 ナンバー2の言葉に、急に場が重くなったように感じる。
 魔王討伐の兵器として?魔人? 魔人って、俺の事だよな?
 まるで他人事で絵空事を聞かされているようだ。 
 いや、魔力が大量にあるのはわかったけど、魔法は使えないんじゃ?
 兵器って?俺、どうなるんだ?

 「また、戦争が始まるのか」
 部隊長の重低音ボイスにさらなら重みが加わっていた。
 今まで、おちゃらけていた様子はどこにもない。
 ひょっとしたら、戦場を何度か経験しているのかもしれない。
 次に喋ったのはナンバー2の男だった。

 「部隊長、心配しないでください。私は近々、祝言をあげる事になってましてね……。戦争なんかじゃ、絶対に死ねませんよ」

 !?

 次に喋ったのは新米兵
 「あっ、お姉ちゃんの事、幸せにしてやってくださいね!」

 !?!?

 ……重い。
 内容自体は幸せそうな会話のはずが、なぜか重い会話に感じられた。

 「ところで、魔人って魔法が使えないのに、どうやって兵器にするんですか?」

 おっ!?確かに!
 俺は魔法が使えない。それなのに、兵器にするってどういう事なのか?

 「確かに彼らは魔法は使えません。しかし、それは地球に住んでいる時だけです」
 「それだと、この牢獄に閉じ込められている魔人は魔法が使えるって事ですか?」
 「その通りです」

 魔法が使える?俺が?
 そんな馬鹿な。

 「彼ら、魔人の凄い所は、膨大な魔力量だけではありません。本当に凄い所は、魔法の理解度です」
 「……理解度ですか?」

 「そうです。我々が魔法を使うためには、魔法を論理立てしないといけません。炎を操るためには『魔力 精霊 念』の三大要素を正しく理解しないと使えないわけです。しかし―——
 しかし、魔人は違います。 ただ、なんとなく……つまりはカンで魔法を使えるのです」
 「?それは、一体、どういう事ですか?」
 「なぜ、彼らが自由に魔法が使えるのか?それは、まだわかっていません。
 長年、行き場を失っていた大量の魔力が、この世界でに来る事で自然と魔法を再現している説。
 この世界に顕現した瞬間、本人の無意識の内に魔法の原理を理解している説。
 珍説で言えば、この世界に呼ばれた者は、その途中で人間を超越してしまい、別のナニカに生まれ変わっている説……なんてものもありますね。
 しかし―——
 どれが真相だとしても、彼らは魔人の名前のふさわしい人物に違いありません」

 ……魔人。
 俺は、音が漏れないよう、ゆっくりと扉を閉めた。
 既に、魔法が使えるようになってるって?そんな馬鹿な……

 「そんな、軍事転用すら目論まれる人物を、こんなヘボい檻に閉じ込めておくわけないだろ」

 この時の俺は知らなかった。
 この手枷には、魔力を無効化する封印が施されていた事を。
 そして、俺の膨大な魔力を吸収しきれず、鎖に亀裂が入っていたなんて事を。
 さらに、檻の鉄格子は、常人が触れば消し飛んでしまうほどの魔力が込められていたなんて事を、俺は知らなかった。

 だから―——
 だから、今、俺の掌に生まれた炎が信じられなかった。
 『魔力 精霊 念』の再現ができていたのだ。

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