異世界リベンジャー

チョーカー

壁に隠された悪意

 「私の名はモナルです。モナル・ク・パープスト。この国の王女です」
 「……王女なのか」
 「はい」と答える彼女―——モナルは天真爛漫な笑顔を無邪気に見せる。
 俺は、この少女に何度、驚かされるのだろうか?
 確かに、この建物の最上階付近にある空中庭園にいる時点で、それなりの身分の持ち主であると想像はしていたのだが……
 俺は、そっと彼女をのぞき込む。彼女は―——
 少女のような笑顔を持ち、高貴で気高い雰囲気を持ち合わせている。
 国を統べる人間とは、こういうものなのかもしれない。
 言うならばカリスマ。 
 近寄りがたさを持っていて、それでも人を引き付けてならない矛盾性。
 そう矛盾性だ。彼女は、俺が自分を殺しに来た人間だと勘違いしていた。
 それが、今はどうだ? 警戒心を捨て、俺とお茶を飲んでいる。
 純粋の塊。それが彼女―——モナルと言う人間ではないか?
 俺はそう感じた。いや、そうであってほしいという願いかもしれない。
 「……?聞いていますか?」
 「あっ、ごめん。ちょっと……」
 君に見蕩れていたと言いかけて慌てて口を押える。
 それを伝えるには、流石にストレート過ぎる。
 彼女はそんな俺の様子をどう受け取ったのだろうか?
 くすくすと上品に笑い、「それではもう一度、言いますよ?」と言った。
 「この世界の名前はモンド。この国はナシオンと言います。貴方の住む世界である地球とは別の世界。貴方に取って異世界という事になるでしょう」
 「異世界……」
 フィクションの世界なら聞き慣れている言葉。しかし、それが現実として自分の身に降りかかってきた現象でもある。
 いろいろな思いが頭を巡る。
 でも、俺が最初に聞くべき事。最重要優先事項だけは決まっていた。
 「俺は、元の世界。地球に戻れるのか?」
 モナルの言葉に集中する。自分の鼓動が高まっているのわかる。
 気づけば、前傾姿勢で彼女に近づいていた。
 俺と彼女の間にテーブルがなければ、体と体が触れていてもおかしくない距離。
 彼女も俺の気持ちを汲んでくれているのだろうか?
 俺の感情を真摯な表情で迎えてくれる。
 やがて―——彼女の返答は―——
 「それは大丈夫です」
 肯定の言葉だった。
 全身から力が抜けてくる。後方へ倒れるように椅子へ座りなおす。
 「そっか、帰れるんだ。よかった」
 「あの……ごめんなさい」
 「えっ?」と聞き直した。なぜ謝れたのか見当がつかなかった。
 「実は……」とモナルは言い難そうに話始めた。
 「実は、異世界と空間を繋ぐには、儀式が必要でその儀式は、この国で魔力が高まる日にしかできないのです」
 「えっと?それはつまり?」
 「早くても、半年は必要でして……」
 半年?1年の半分?6か月……
 頭を占めた2文字の言葉。それは『留年』
 そう留年であった。……そう留年で……あった……。

 「うう~OK~ わかった。留年、リュウネンシカタガナイ」

 俺は涙を堪えるので精いっぱいだった。
 「あの、えっと……心中お察しします……」
 たぶん、彼女は『留年』という言葉を知らないのだろうけど、俺の様子にただ事ではないと感じ取ったみたいだ。
 「いや、本当に気にしなくていいよ。病気や事故で留年したと思えば……うん、大丈夫」
 来年は同級生が先輩で、後輩が同窓生か。楽しみ過ぎて泣けてくるぜ。
 あっ!? そう言えば忘れていた。
 「あ~、ごめん」と俺はモナルに謝った。
 彼女は何に謝れたのかわからない様子だった。
 「君から名前を聞いてて、こっちは自己紹介してなかったね。俺の名前は伊藤いとうゆずる
 よろしくなと付け加えて手を差し出す。
 ひょっとしたら、握手の文化がなくて意味が伝わらないかもしれないと思ったが、モナルはしっかりと俺の手を握り返してくれた。
 「イトウユズル。イートーユズル……。はい、よろしくお願いします。ユズル・イートー」
 「イートーじゃ、俺らの世界だと食べるって意味なんだけど……まぁ良いか。
 俺、ユズル・イートーな!!」

 これでようやく、自己紹介を終えた事になる。
 どうも、互いに緊張が和らいだみたいで、暫くはお菓子とお茶の話になった。
 俺に振る舞われた球体のお菓子の名前はランポと言うそうだ。
 5代前の国王の趣味がお菓子作りだったらしく、国王自らが提案したお菓子のため、この国を代表する料理として扱われているとか。
 お茶は、紅茶だと思っていたが、やはり異世界。全く違うものみたいだ。
 俺は紅茶の材料が何かは知らないけれども、この世界―———モンドだったけ?
 とにかく、この世界では、巨大な木に成る実を乾燥させ、煎じてお湯に溶かすとか……
 むしろ、コーヒーに近いのかもしれない。
 モナルとは、そんな雑談をするくらいには打ち解けていた。
 だから、だろう……。
 ついつい、楽しい事を優先させ、辛いと予感させる話題を遠ざけてしまっている。
 しかし、いつまでも逃げ回っているわけにはいかない。
 モナルも、俺の考えを感じ取ってくれたのだろう。
 いつの間にか2人は話題を止め、無言になる。
 俺とモナル。どちらから切り出すべきか?
 そりゃ、俺からじゃないと……

 「話を戻すけど……」
 「……はい」
 「俺は君たちから見て『魔人』。つまり、魔力が桁外れに強い世界から呼び出された人間と言う事だよね?」
 「……はい」
 「じゃ……なんで俺が召喚されたの?」
 ごく平凡な高校生。 その肩書きは伊達ではなく、山も谷もない人生を安全運転で直進してきたのが俺だ。俺、伊藤いとうゆずるという人間だ。
 この世界の人間から見たら、誰を召喚しても『魔人』という超生物を呼び出すことになるから、ランダムに適当な人間が選ばれた。
 俺はそう推測していたが、モナルの説明は、俺の予想とは大きく違っていた。
 「それは、たぶん……私が願ったからだと思います」
 「願った?」
 「はい。最も正しい心を持った方を呼び出してほしいと願ったのです」
 「……」
 唖然とした。正しき心の持ち主?俺が?
 それはたぶん間違いだ。たまたま、道路に飛び出した子供を助けようとしただけだ。
 それも、俺の意思じゃない。体が反射的に動いただけなんだ。
 そこに『心』なんてものは存在していなかった。

 自分自身が善だと全肯定をされる。その衝撃は計り知れない威力を持っていた。
 何とか否定した。さもなければ、自分が本当に正義に染まってしまいそうになる。
 不意にモナルと目が合う。無言の俺に、何か察したのかもしれない。
 彼女は何も話さず、ただ俺の目をのぞき込んだ。
 大きな目だ。それも綺麗な澄んだ青色の瞳。
 まるで、自分の汚い部分が吸い込まれそうになる。
 そして、彼女の目が伝えてくるものは……
 『信頼』
 彼女は俺を信頼しきっている。そして、それに答えたいと思っている俺も存在している。
 ならば―———俺は———
 いや、答えを出すには早計だ。
 俺は首を左右に激しく振り、雑念を取り払う。
 それは果たして、本当に雑念なのかは、分からなかったが……

 「えっと、えっと、他に聞きたかった事は……」
 「はい、なんでも聞いてくださいね」
 モナルはさっきの俺の様子に対して、踏み込んで聞いてくる事はなかった。
 ひょっとしたら、この話が話を逸らすためのものだと気がついてもいないのかもしれない。
 だから、俺は卑怯な事を言う。彼女が信じているという俺の正義を否定したい気持ちがあったのかもしれない。

 「俺は、兵器として、人を殺す目的で召喚されたのか?」

 彼女の表情は驚きに染まっている。
 そして、その表情が雄弁に正解だと述べている。
 これは質問ではない。一兵卒の噂話と言う形で、俺は事前に知っていた事だ。
 知っていた事を質問している。そうやって、俺は彼女を傷つけようとしている。
 卑怯だと罵られても仕方がない。そいうことをした。

 彼女は無言で立ち上がり、歩き始める。俺も無言で、彼女の後を追う。
 無言の彼女に案内されたのは、この空中庭園において他の場所より一際高さがある場所。
 おそらく展望台。
 「ユズルさま、この景色をどう思われますか?」
 彼女は―——モナルは重い口を開いた。
 景色。その景色は圧倒的だ。
 この異世界でしか成り立たないような歪めいた風景。
 火柱や氷柱、大樹。
 そこには超常的な力を感じる。
 「あそこに俺の敵がいるって事かい?」
 彼女は無言で頷く。
 俺は深いため息をつく。
 おそらく、あの場所は魔物や魔族が支配していてる。
 おそらく、多くの人々が支配下に置かれ、困難を強いられている。
 だから、助けてほしい。
 そういう事なのだろう。俺は、そんな事を―——そんな、甘い事を想像していた。
 だから、気がつくのに遅れた。人間の悪意に……
 「……これは、どういう事だ?」
 派手な火柱、氷柱、樹木に目を取られ、気がつかなかった。
 それは壁。俺たちの世界なら万里の長城ようなものかと思っていた。
 しかし、違っていた。
 万里の長城は、敵からの侵略を防ぐために作られた物。
 ならば、なぜ? 
 火柱、氷柱、樹木があるのは、この建物の正面に位置している。
 しかし、魔族?あるい魔物の侵略を拒絶している壁は反対側にも存在している。
 それも、遥かに厳重で高さがある。
 暗闇であれ、魔力で強化された俺の目は、その壁の奥に暮らしている人間を捉えた。
 どこか、不安そうにこちら側を眺めているが、それ以外は普通だ。

 これは一体、どういう事か?
 なぜ、この国は巨大な壁に覆われているのか?
 なんとなく、なんとなくだが、その理由は想像がついた。
 この国は魔族との最前線の国。このまま戦えば、制圧される。
 そう考えた周囲の国々が、巨大な壁によって、この国―——ナシオンを遮断した。
 そう、この国は世界から見捨てられているのだ。
 俺は今更ながら、彼女の―——モナルの言葉を噛みしめる。

 『ですから……ですから……私の命の代わりに、この国を救ってください』

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