異世界リベンジャー

チョーカー

クルスの技

 やはり、罠だったのか?父親と結託して、俺を呼び出し、決闘の前に暗殺でも行おうとしているのか?
 俺は周囲の木々を盾にして、身を潜める。
 クルスとの距離は十分ある。気づかれる前に逃走するか?
 しかし、様子がおかしい。
 クルスがいる場所は噴水の前。
 辺りに比べると、障害物もなく、開かれた場所。
 待ち伏せに都合のいい場所ではない。
 現に、俺は彼女に気がついて、隠れる余裕があった。
 それに待ち伏せならば、隠れるのは俺ではなく彼女であるべきだ。

 罠……ではないのか?
 まだ騙されていた可能性を破棄するわけにはいかないが、警戒のランクが一つ下がる。
 隠れていた木の影から、顔を半分出し、クルスの様子を観察する。
 深呼吸? 彼女は大きく息を吸いこみ、体内に溜め込んだ空気を時間をかけて排出していく。
 いや、深呼吸ではない。何らかの呼吸法。
 呼吸と心拍数はリンクしている。
 呼吸法を使って、体を動かすのにベストな心拍数にコントロールしている……のではないか?
 ……?だとすると、何を目的に体を動かそうというのか?
 次の瞬間―———

 ―——パン―—

 空気を切り裂くような音が周囲に響く。
 何が起こったのか?いや、それはわかる。
 クルスが動いたのだ。
 しかし、体を動かすための予備動作―——あるいは初動作と言われる動きが分からなかった。
 だから、クルスの動きが見えなかった―——否。
 正確に言えば、俺の脳がクルスの動きを認識できなかったのだ。 
 では、空気を切り裂くような音の正体は何だったのか?
 クルスが次の動きへ移行する。
 またも空気を切り裂く音。
 クルスの動きの正体はわかった。
 武道でいうところの型。 いや、シャドーボクシングのようなものか?
 とにかく、剣といった武器を使わず、剣を持っていると想定した素手で、イメージ上の敵と戦っているのだ。
 その人間離れした剣速によって、空気を切り裂くような音が生じている。
 そして―——剣を振るっているイメージ上の人間は、おそらく俺だろう。
 ……あの剣が俺にむけられるのか。
 どこか、他人事だった。どこか、現実感に欠けていた。
 いや、現実感に欠けているのは、この世界モンドに来てから、続いていたものだが……
 今、実感が湧く。1か月後、あの剣を受けて、俺は死ぬ。
 膝が震えている。いや、震えているの全身か……。
 カチカチと何の音かと思えば、恐怖のあまり、俺の歯と歯がぶつかり合っている。
 そう恐怖だ。今からでも遅くない、彼女の足に縋り付き、涙を流して土下座でもすれば命くらいは助けてくれるのではないか?

 「誰かいるのか?」 
 「―—————ッッッ!?」

 クルスが動きを止め、こちらを窺っている。
 気づかれた。
 さっきまで、駆け寄って命乞いをしようとしていたはずが、恐怖で足が動かない。
 幸い、彼女との距離は遠い。
 息を殺してやり過ごせる……はずだ。
 だが……彼女はこちらに向かって歩き始めた。
 心臓が張り裂けんばかりに強烈な鼓動を刻む。
 巨大なストレスにより胃が圧縮され、何かがせり上がってくるような感覚。
 悲鳴を上げて駆け出したい衝動がおきる。

 「……気のせいだったか?」

 暫く、周囲を警戒していたクルスは、また噴水の前に戻り、型の練習を再開した。
 俺は闇夜に隠れるため、肉体変化の魔法によって伸ばした黒髪を体に巻き付けて、身を屈めて、クルスをやり過ごす事に成功していた。
 髪を元に戻すと身を屈めたまま、震えていた。
 早く、牢獄と言う名前の自室に籠ってしまいたい。
 瞬時に、彼女との決闘を回避する算段をはじき出す。いくつもの案が思いつく……。
 しかし、なぜだろう?それなのに……
 なぜ、俺は彼女の型を見入っているのだろうか?
 舞踏のように華麗で美しく―——しかし、放たれる一撃には豪快な荒々しさ。
 彼女の剣技には、彼女の精神が反映されている。
 嗚呼、俺は馬鹿だ。逃げ出してしまえばいいのに。
 俺は、彼女の武から、彼女そのものを解き明かそうとしているのだ。

 一体、どれくらいの時間、彼女を見続けていたのか?
 暗闇の空に、朝焼けの赤色が染み込んでいく。
 日の出が近づき、ようやくクルスの鍛錬は終わったみたいだ。
 何時間にも及ぶ鍛錬だったにも関わらず、彼女は疲労を見せず、呼吸を整えると普通に歩き始めた。
 なぜだろう?俺の中では、逃げるという選択肢が消滅していた。

 素早く自室のに返ると、無駄に豪華なベットに向かう。
 このまま、横になるが猛った精神状態では眠りにつくことは叶わなかった。
 そっと、ベットに立て掛けてあった木刀に手を伸ばす。
 立ち上がった俺は、何時間も見蕩れていたクルスの動きを脳内で再生させる。
 そして、それを己の肉体で再現させようと木刀を振るう。
 幾度となく、木刀を振るっても、自分のイメージとは遠くかけ離れている。
 それでも無心に木刀を振るう。振るい続ける。
 型……シャドーボクシング……
 俺のイメージする対戦相手はクルスだった。
 いや、違う。イメージする相手を間違えている。
 クルスが想定していた相手は誰か?誰だったか?
 己に問いかけながら木刀を振るう。
 不意に対戦相手のクルスのイメージがぶれる。
 相手の姿が変化していく。
 ……そうだ。いいぞ。
 その相手は、俺にとって都合がよかった。
 なぜなら、この世の中で一番、俺が知っている人物なのだ。
 イメージする事は容易。
 なぜなら、俺が動きを模写しているクルス。そしてクルスは、俺を想定して剣を振るっていた。
 つまり、彼女の動きを真似トレースするならば、相手は俺自身である必要性があるのだ。
 まるで格闘ゲームの同キャラ対決。
 俺は振り上げた木刀を振り下ろす。

 「どっこいしょ!?」

 しかし、俺は俺の木刀を避けようと後方へ飛ぶ。

 「からの~ よっこいしょ!?」

 逃げる俺を俺は、飛び込むような動作で距離を縮め、下ろして木刀を振り上げた。

 まるであの時―——空中庭園でクルスに襲われた時と同じ。
 だから、この剣は避けれない。
 跳ね上がった木刀が俺を葬り去る。そして、幻想の俺は消え去った。
 命を賭けた戦い。それにより、俺の中で生じた焦操感。
 なのに不思議だ……

 俺は、戦いたいと思っている。

 
 魔人と化した俺の肉体は人間の時と違いが多い。 
 その一つは睡眠だ。
 3時間も寝れば疲れが吹き飛んでしまう。
 逆に言えば3時間しか寝れない。3時間以上、寝る事はできない。
 そして、身体能力の向上。
 俺が世界。地球で言えば、トップアスリートと同じくらいに身体能力が跳ね上がっている。
 身体能力で言えば、異常なほど疲労を感じなくなっている。
 3時間の睡眠時間を除き、1日21時間。
 その、ほとんどを木刀を振るう時間に使っている。
 1日21時間の鍛錬。本来なら、明らかなオーバーワーク。
 手の握力は尽き果て。全身に熱が襲い狂い。電撃の如く筋肉痛が走り抜ける。
 足元には、滝のように流れ落ちた汗で水たまりができていないとおかしい。
 しかし、そんな事は一切なく、飄々とトレーニングを行い続けている。
 普通の人間の何倍もの速度で、自分の中に武が育まれいてくのが実感できる。
 だから、わかる。このままではクルスに勝てない事が上達すればするほど理解できる。
 おそらく、1か月後には、2年……あるいは3年の年月ほど剣の鍛錬を積んだ者に並ぶくらいの腕にはなっているだろう。
 しかし、おそらく、クルスは幼い頃より剣の道を邁進している者。
 ただだか、剣の武を目指して2、3年の者が対峙するには、あまりにも大きすぎる壁だ。
 ……だが、やる。
 なぜだか、わからない。俺は戦いを前に高揚している。
 いや、実は気がついていた。気がついて、見ないフリをしていた。
 本来の俺にはなかった戦闘欲と言うものが、魔人化直後から生まれているという事に……。
 自分が自分ではなくなる感覚。これが意外に気持ちいい。
 誰だって持っているだろう変身願望。その願望が満たされていく気持ちよさ。
 本来の自分?嗚呼、俺は馬鹿だ。そんなものは、もういない。
 人間なんて、秒単位で考えが変わる。思考が変わる。思想が変わる。
 好きとか、嫌いとか、簡単に変わる。
 それが普通だ。
 それなのに、自身の幻想で塗り固められた、偽りの自分ってやつを追い求める。
 それを本当の自分と誤認識していてる。

 「自分探し?自分なんて存在しねぇよ」

 そんな事を叫びながら、俺は木刀を振り続けた。

  

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