異世界リベンジャー

チョーカー

なぜ、クルスは魔人を敵視しているのか?

 俺はいつもの通り、木刀を振るう。
 対戦相手はイメージで作り上げたクルス。 
 実物のクルスとの決闘まで、残り数日。
 しかし、その力量差は遥かに遠い。
 剣と剣が接触したと同時に、俺の剣が一方的に弾き飛ばされる。
 そのまま、クルスの一撃が俺に叩き込まれる。

 もう一度、最初からイメージする。
 クルスが勢いよく踏み込んでくる。
 そのまま、放たれた剣を剣で受ける。
 鍔迫り合いと言うには一歩的に押し込まれていく。
 不意に押し込まれていた圧力が消える。
 俺の体は大きくバランスを崩し、前のめりに倒れかける。
 何とか、踏みとどまるも、既にクルスの一撃が目前にあった。

 もう一度―——
 切っ先をクルスに向け、間合いを測る。
 俺の視線からクルスは消滅した。
 消えた。どこに?
 下だ。クルスはしゃがみ込んで、俺の視線から外れたのだ。
 そして、彼女の持つ剣は下から上に跳ね上がっている最中だった。
 俺の喉元へ、その剣は吸い込まれていた。



 もう一度―—— もう一度―—— もう一度―——

 もう…一度……

 勝てない。

 何度やっても勝ち筋が―——勝つビジョンが見えてこない。
 疲労感が全身を覆う。 張り詰めた神経。 肉体的な疲労より、精神が削られていく。
 木刀を地面に置き、そのまま大の字に倒れる。
 密閉した空間に体内の熱が籠っていく。 室内の温度が上昇し、さらに過剰な発汗。
 暫くは動けない。ヒンヤリとした地面がせめてもの救いだ。

 何度となく繰り返したクルス戦とのシュミレーション。
 どうやれば勝てるか?どうすれば勝てるか?
 様々な作戦を立て、実行し、負けていく。
 勝てるとした?最善手は何か?体が動く限り、トライ&エラーを試みる。
 ほとんどが、クルスの技で押し返される。俺の作戦を剣技で蹴散らしていく。
 だが、可能性は……0ではない…
 既に俺は、永延と敗北を繰り返した中で、一筋の光を見出していた。
 成功率は限りなく低いが、1つだけ可能性を見出している考えがある。
 ひょっとしたら、もしかしたら、通じるんじゃないか?
 そんな可能性だ。その程度の可能性だ。
 クルスとの決闘。 ほぼ0と言える勝つ可能性を、少しでも引き上げる。 
 残り数日をそれだけに費やす事に決めた。

 やる事が決まると、心が軽くなった気がする。
 俺は上半身を起こし、その練習を行おうとした瞬間、扉を叩く音が聞こえる。
 誰だ?と思った次の瞬間、扉は勢いよく開かれた。

 「どうも、禅さん。こんにちわ!」
 「……」

 扉から入ってきたのは、アセシだった。
 あれ以降、なぜだから分からないが妙に懐かれている。
 アセシとの初対面の時点で、懐に入り込むのが上手い奴と俺は彼を評したのだが……
 正直、やりずらい相手だ。何を考えているのかわからない。
 自分の姉と殺し合いをする相手に、こうも飄々と接してくる人間を俺はどう扱えばいいのだろうか?
 不気味ですらある。
 そんな、俺の心情を知ってか知らずか、本人はと言うと―——
 「どうもお土産です」
 遠慮もなく、ずかずかと入室してくる。
 そして手には、竹のように見える植物で編まれたバスケットを持っている。
 その中から甘い匂いがこちらまでやってくる。
 おそらく、中身はランポ。 この国の王女であるモナルと初めて会った時、貰ったお菓子だ。
 アセシから好きな食べ物を聞かれた時、「こちらの世界で名前がわかる食べ物はランポくらいしかない」と答えて以来、アセシはお土産として持参してくるようになった。
 「それで何の用だ?」と俺はワザとらしい不機嫌さを演じて見せた。
 「おやおや、用件がないと来たらダメなんですか?僕と禅さんの間じゃないですか?」
 俺はアセシの瞳を下からのぞき込む。俺の視線を受けてもアセシには動じる様子がない。
 彼は真っ直ぐ見返してくる。瞳から、あるいは表情からアセシの内面を読み取る事はできない。
 一体、コイツは何が目的で俺の所に来ているのか?
 まぁ、直接、聞いてみればいいか。

 「お前、何が目的で来てるんだ?俺は、お前の家族と殺し合いをする予定なんだぞ?」
 「え?そんな事を考えていたんですか?」

 アセシは、まるでくだらない事だと言わんばかりだった。

 「僕は別にクルスさんを家族なんて考えてないですよ。オルドもそうです」

 なぜだろう?アセシはクルスの事を『姉』『姉ちゃん』『クルスさん』『クルス』と呼び方をころころ変える。それは父親のオルドに対しても、そうだ。
 俺が、そんな疑問を抱いている間、アセシの話は続く。

 「彼らみたいな人種は、同族以外に興味はないんですよ。それは家族が相手でもそうです」
 「同族?」
 「ええ、彼らは『武』にしか興味がない。それなのに、他人を測る物差しとして『武』を使ってくるんですよ。そんな人間と家族関係なんて築けるとお思いですか?」

 「……なるほど」と納得する。
 自分の強さにしか興味がない人間は、他人にもそれを求める。
 そんな人間が実の父親と姉であり、そんな家庭環境で育った人間がアセシというわけか。
 家族で適切な距離感が築けない。だから、それぞれの呼び名が統一しないのだろう。
 しかし―——彼は知っているのだろうか?
 そんな否定をしてるアセシ本人も、俺を対峙した際、楽しげに笑っていた事を……
 『武』で人間を評価している家族を批判しながらも、自分自身がそれを行っていた事を……

 
 俺は少し悩む。
 俺にはアセシに聞くべき事があった。

 『なぜ、クルスは魔人を敵視しているのか?』

 そんな疑問。
 しかし、それをアセシに聞くこと躊躇している自分がいる。
 今までにヒントはあった。

 例えば、異世界にも関わらず言葉が通じているとか……
 言葉だけならともかくスラング的な言葉も通じている。

 言葉が通じているのは、長い人類史のどこかで世界は分岐した。
 そういう可能性はある。
 しかし、それなら、隠語や俗語的な言葉まで、なぜ通じているのか?
 もしかしたら
 「今のナウいヤングな若者は~」とか
 「ユーがキャンできるならドゥしちゃいな」とか
 試しはしないが、そんな言葉も通じるかもしれない。
 つまり、この世界モンドとおれの世界とは頻繁に交流している……という事だ。
 方法は簡単。
 なぜなら、半年に1度の儀式で魔人を召喚できるのだから……

 それなら……

 それなら……

 他の魔人はどこにいる?

 この世界の人間達を圧倒する魔力の持ち主たちは、どこにいる?
 単騎で兵器のように扱われる魔力の持ち主たちはどこにいる?

 大量にいるはずの魔人たち。
 そいつらに頼むのではなく、新たに召喚された俺に『世界を救ってほしい』と頼むのは、あまりにも不自然だ。
 いや、止めよう。すでに答えは分かっているはずだ。
 だから、念のため……
 言葉に出して聞いてみよう。

 「なぜ、クルスは魔人を敵視しているのか?」

 俺はアセシに聞いてみた。

 そして、返ってきた答えは予想通りのものだった。
 

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