異世界リベンジャー

チョーカー

連続する訪問者たち

 目を覚ます。
 ここは、俺が自室として使っている牢獄ではない。
 壁も床も天井もベットも布団も白い。全てが白で統一された空間。
 そこから連想される答えは……

 「病室か?」

 ベットに寝たまま、上半身だけを起こし、辺りを見渡す。
 はて?俺はどうして、こんな所で……「痛ッ!?」
 頭部に激しい痛みを感じる。触ると包帯が巻かれてある事がわかった。
 怪我?記憶を辿っていくと徐々に思い出してきた。
 クルスとの決闘。
 クルスの必殺技を逆手に取り、カウンターを狙っていく計画だったのが……
 結果として、俺は頭を負傷。対してクルスはほぼ、無傷で終えた。
 完敗。
 それはやる前からわかっていた。
 生きて帰れればいい。そう思って挑んだ戦いだった。
 しかし……それでも……
 何か、心に蟠りわだかまりを残している。
 勝ちたかった。
 突き詰めていけば、それが心に残っていた。
 意外だった。
 命を賭け、人と争って勝つ。
 自分の中に、そんな感情が潜んでいたなんて……

 「あっ、目を覚ましましたか?」

 そんな声とともにモナルが病室へ入ってきた。

 「昨日から、熱が酷くて、寝たきりだったので心配したんですよ」
 「1日中、寝てたのか……」

 そりゃ、そうだよな。
 文字通り、骨に達する傷を頭に受けたんだ。
 無事とはいかないよな。

 「看病してくれていたのか?」

 モナルが桶と布を持っているのに気がついた。
 桶の中は、複数の氷が水面に浮いていた。 

 「いいえ。私ではありませんよ。今までクルスは看病をしてました」
 「―——―——ッッッ!?」

 俺は驚きのあまり声にならない声が口から出ていた。
 そんな俺をモナルは不思議そうに見ている。

 「その怪我はクルスが傷つけてしまったのでしょ?だったら、クルスが看病するのが自然なのでは?」
 「えっと……いや、確かに……そうなのか?」
 混乱している。1日前まで俺を殺そうしていた人間が俺の看病をしていた。
 ちょっと想像がつかない。

 「クルスもやりすぎですよね。決闘とはいえ、ユズルに大けがを負わせてしまうだなんて!」

 モナルの表情は怒っている。しかし、なんだろう?
 どこか、その言葉に噛み合わない感覚がある。
 もしかして……
 「ひょっとして、モナルは決闘を見てなかったの?」
 彼女は頷き、肯定した。
 「ええ、残念ですけど見れませんでした。なぜか皆さんが私には見せないようにしていたんですよ」
 彼女は、どれほど自分も見たかったか、頬を膨らませながら語り始める。
 彼女の話を聞いていて、俺は合点がいった。
 確かに……
 殺すか殺されるかの殺伐とした戦いを、目の前の少女に見せたいと思う人間はいないだろう。
 ……とすると、モナルが決闘に関わったのは、決闘直前で行われた儀式のみ。
 軽装とはいえ鉄の鎧を身につけて……
 剣とはいえ、刃を潰した切れ味が皆無の剣で……
 決闘と言っても、命のやりとりなんて思ってもいなかったんだろう。
 たぶん、クルスが俺の看病を行っていたのも、「怪我をさせたのはクルスなのだから、看病して仲直りをしなさい!」なんてモナルに言われたからじゃないかな?
 そんな想像をしていると……

 「フフフ……あっははははははははははははは!」

 つい、耐えら得ずに笑ってしまう。
 大笑いしている俺をモナルは不思議そうな顔でみていた。

 その後、モナルとは他愛のない会話を続けた。
 気がつけば、日も落ちていき、夜へと変わっていく。
 モナルも立場は王女。忙しい合間を縫って来ていたのだろう。
 用事を思い出し、退出していった。
 その間、クルスが来なかったのは、モナルに気を使ったのか、それとも単純に俺と会いたくなかったのか……たぶん、後者だろう。
 不意に扉が叩かれた。モナルが何か忘れ物でもしたのだろうか?

 「はい。どうぞ」
 「……」

 無言で入ってくる女性。誰だろう?見覚えは……あるはずなのだが……
 彼女は、ベットで横たわる俺は無言のまま、見てくる。その表情から、どこか、申し訳ないと告げてくる。
 暫し、互いに無言の時間が続き、俺は気がついた。むしろ、どうして気がつかなかったのだろうか?
 部屋に入って来た女性はクルスだった。
 気がついた瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がるのを誤魔化すのに苦労した。
 「えっと、何か用?」
 動揺を悟られまいと、咄嗟に言葉を出してみたが、何だか素っ気ない感じになってしまう。
 それに対してのクルスは
 「……」と無言で返してくる。
 なんだか、怖い。俺は次の言葉が出てこない。何か喋らないと無言から感じる圧力で胃にダメージが入ってきそうだ。

 「……すまなかった」
 「え?」

 俺は、クルスの言葉が理解できなかった。
 謝られた?そんな……まさか……いや、でも……?
 「済まない。申し訳なかったと思っている」
 彼女は深々と頭を下げた。
 「え?いや、ちょっと、え?え?いや、こちらこそ。も、申し訳なかった」
 いきなりの謝罪で混乱する。 一体、どういう事なのか?
 「このたびの決闘。ひも解いていけば私が持つ、魔人に対する私怨によるものだ。
 貴殿には関係がなかった。それなのに……私は怪我を負わせ、あまつさえ殺そうとしていた。
 本当に申し訳なかったと猛省している」
 クルスは頭を下げたまま、微動だにしない。

 「い、いや、そこまで謝らなくていいよ。ほら、怪我はしているが、無事って言わば無事だし……」
 「許してくるのか!?ありがとう!本当にありがとう!?」

 頭を上げたクルスの表情は笑顔だった。

 「それでは、長々と済まなかった。また見舞いにくるよ」
 そう言って、とんでもないハイテンションで帰って行った。
 「あれ、誰だよ……」
 まるで、俺の知っているクルスとは別人だった。
 そして気がついた。最初に現れたクルスをクルスだと判断できなかった理由。
 それは、俺に対して常に放出していた殺気が消え失せていたからだ。
 ……逆に言えば、俺が彼女の特徴として認識していた部分が、彼女の殺気だと考えれば、酷い話ではあるが……
 一体、何がすれば、あそこまで人が変わるのか?
 俺には見当がつかない。
 深々とため息をつき、心に落ち着きを取り戻そうと試みる。
 しかし、次の来客が現れた。
 ノックもなく、飄々と入ってきたのはアセシだった。

 「やあ、ユズルさん。元気そうで何よりです」
 「……お前の目には、元気そうに映っているのか?」
 「もちろんです。姉上を相手に戦って、そこまで元気そうな人間は、今まで皆無でしたよ」
 「そりゃ……そりゃ、そうだろうな」

 アセシは「お見舞いの品です」とビン詰めの液体を投げて渡してきた。
 「何だ?これ?」
 まるで理科の実験で使われるメスフラスコのような形。コルクで蓋は閉じられている。
 中身の液体は、青々しく光っている。容器を軽く回すと、ドロッとした粘度がわかる。

 「ポーションですよ」
 「!? これが!かの有名な!?」

 俺はポーションの蓋を開ける。
 ビンの内部から、独特の甘々しい匂いが周囲に広がっていく。
 「こ、これがポーションか」「そうです、これがポーションです」
 恐る恐る口をつけ、ゆっくりと液体を口へと入れていく。
 爽やかな柑橘系の風味。僅かにのどを刺激するチョッピリ微炭酸。
 ごくごくと飲んでいくと、体が活性化していく感覚が起こる。

 「すげぇ、回復感がすげぇ!?」
 「はい、回復感という言葉が存在しているのか置いといて、『すげぇ!?』でしょう?『すげぇ!?』でしょ?」
 「応、すげぇ!?」

 体の内側から熱が燈っていく。むしろ、何かに向けて発散しないと、体力が有り余ってしまうのではないか?そんな不安すら生まれている。
 これが……これが、ポーションかッッッ!?
 「気に入ったなら何よりです。一応、中毒性もあるので一日一本分お届けに上がりますね」
 「え?中毒性?マジで?」

 たぶん、アセシは怪我人の俺を気遣って普段通りに接してくれているのだろう。
 それが、ありがたいと俺は……
 「所でクルスちゃんは、どんな感じでしたか?今流行りのツンデレキャラ化してると聞きましたが!?」
 何言ってるんだ?コイツは?自分の姉を何だと思ってやがる!

 「いや……流行ってんのか?ツンデレキャラ?」
 「えぇ、この国ナシオンのサブカルチャーに旋風を巻き起こしていると言っても過言ではありませんよ!」
 「過言じゃないのか……」

 誰だよ。この世界に持ち込んだ奴。
 「まぁ、ツンデレと言う概念がこの世界に持ち込まれた時代は、まだ平和でしたね」
 アセシは遠い目をして、何を思い浮かべているのだろうか?
 俺は「そうか」とだけ短く答える。
 ツンデレという言葉が、明確な意味を持つようになって、そろそろ10年目になる。
 そんな話をどこかで聞いた事がある。
 その時代は、この世界でも魔人と友好関係が結ばれていたらしい。
 そういうサブカル的な用語も、大量に輸入されていたはず。
 きっと、アセシに取って、ツンデレという言葉は平和だった時代の象徴なのかもしれない。

 「ところで、今の地球で流行りのギャルゲーの主流ってどんな感じなんですか?」
 「……」

 台無しだよ。
 ツンデレという言葉から、強引に良い話系へ方向転換させたのが、全てが台無しだよ。

 

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