異世界リベンジャー

チョーカー

脳筋に憧れてました

 「ところで姉様がデレた理由ってわかりますか?」

 最近のギャルゲー話の最中、アセシは突然、言う。

 「わからねぇよ。そんなもの」

 そもそも、本当にデレ期ってやつなのか、判別が難しい。
 そんな俺の様子をアセシは笑いながら、話を続けた。

 「前にも言いましたよね?武に生きる人間は、己の武を他人を測る道具に使う……と」
  俺は、「なるほど」と唸る。
 単純な話だ。自分が得意な分野で、他者を評価する。
 それは、別に武に限ったことでもない。

 「だから、クルスは俺の評価を一変させたのか?一度、戦っただけで?」

 初対面の段階から、クルスは俺を憎悪していた。
 それも、俺がこの世界でいう『魔人』として召還されたという理由でだ……

 「そうです。どんなに忌み嫌おうとも、その相手は自分を追い込めるほどの武人だった。そして、武人は何よりも武を優先させる。それだけの話ですよ」

 姉貴がちょろイン属性なのは否定しませんが、とアセシは付け加えた。
 ……ひょっとして、姉が嫌いなのか?こいつ?
 そんな俺の様子に気づいたのか、アセシは
 「ん?んん?禅さん、ひょっとして、僕が姉上の事を嫌っていると思っていませんか?」
 「いや、そんな事は……」

 少しだけ思っている。俺は心の中で肯定した。

 「嫌いですよ。僕はね、才能がある人間が嫌いなんです」
 「ずいぶんとハッキリと言うなぁ。そりゃ、俺だって嫌いだよ」

 俺は思わず、苦笑していた。
 愚問かもしれませんが、そう前置きをしてアセシは続ける。

 「クル姉みたいに強くなるには、どうすればいいかわかりますか?
 ―――それは人間を辞める事です」

 人間を辞める。アセシの言葉を重複リフレインさせる。
 それは『魔人』という種類カテゴリーとされている俺には、いろいろと考えさせられる。

「それは常軌を逸脱する。つまり、普通であるという事を捨てるということです」

 アセシの言葉は続く。
 「食べる物は肉体を強靭にする物に限る。寝る時間は、疲労回復と筋肉の成長に都合がいい時間とタイミング……
 無論、鍛錬に次ぐ鍛錬。それに1日の時間を捧げ、その代償として強靭な戦士として存在を許される。
 確かにそれは武人の理想像かもしれません。しれませんが……
 その領域にたどり着ける人間は、どこか狂気といったものを秘めている人間だけです」
 それは……つまり……
 つまりは才能がある人間だけという意味。

 「では、それから、落ちてしまった人間はどうすれば良いと思います?それでも、諦め切れなかった人間は?」

 それは質問ではない。おそらく、長い年月をかけ、アセシが自身に問い続けてきたもの。
 そして、それは、どのような形であれ、アセシに答えを強要しているのだろう。
 そして、彼の答え。出した結論は?
 「諦めればいい。そうすれば楽になれる。それはわかっているんですけどね。
 それでも僕は……」
 彼は、その答えを口にはしなかった。
 たぶん、彼は、強くなろうとしているのだ。そして、今もまだ諦めずにいる。
 おそらく、おそらくだが……
 彼が模索した方法は、彼の言う『人間を辞める事』という概念からも逸脱している。
 なぜなら、『人間を辞める事』では、なし得なかった事に挑んでいるのだから……
 だから、それは……アセシのそれは……
 嘆きであり、後悔であり、絶望であり、助けを求む声でありながらも、不思議と希望に満ちていた。

 「僕は脳筋に憧れていました」
 「? のう…きん……」

 頭の中で何度か漢字変換を試みて、ようやくそれが『脳筋』だとわかった。
 脳みそが筋肉になっている人間の略。それが『脳筋』だ。
 しかし、その言葉は侮蔑的な意味で使われている。それに憧れを抱くとは、どういう意味なのか?
 そんな疑問を浮かべる俺を、アセシは横目で見ながら話す。

 「どこまでも愚直であり、ただ直線を真っ直ぐ進んでいく。
 その姿に後退や撤退、敗北と言った二文字は許されず……ただ、己の腕力のみを頼りに前へ前へと突き進んでいく。
 それには、策略や戦術、作戦。人間の英知ですら不要と言い切る不遜さ。傲慢さすら許される存在。それが『脳筋』だと僕は思います」

 男だったら憧れてしまいますよね?と同意を求められても、返答に窮した。 

 「あぁ、禅さんが答えれないのも無理はないですよ。
 ―――だって、禅さんもそちら側の人間、いえ『魔人』なのですから……」

 ゾクッとした寒気が背中に通り抜けた。
 クルスの殺意とは別の感情を放たれた。そう認識した、次の瞬間には---

 「あれ?どうかしました?急に立ち上がって」

 アセシは通常時のソレに戻っていた。
 まるで、幻覚でも見せられていたかのようにアセシの感情に変動はない。

 「いや、なんでもない」

 俺とアセシの会話は、それだけで終了した。
 アセシには何かがある。しかし、そこに踏み込めなかった俺の負けだ。
 いや、そもそも、これに勝ち負けなぞ存在していたのだろうか?

 

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