異世界リベンジャー

チョーカー

魔剣蛤 蜃気楼の型

 どうするか?
 意識を失っているクルスを抱きかかえたままでは戦えない。
 しかし、地面に降ろして休ませるにしても……
 この場は戦場になる。安全な場所などは、どこにもない。
 どうにかして烈弥をこの場所から引き離さないと駄目だ。
 その方法を考えるも、良い策は生まれない。どうすればいいのか……答えが出ない。
 しかし、相手は待ってくれなかった。
 烈弥は動く。
 腰に下げた剣を抜き……そして、地面に突き刺した。
 「……なんのつもりだ?」
 俺は烈弥の意図が読めず、思わず声に出した。
 「連れていけよ。その女が邪魔で戦えないんだろ?じゃ、仲間がいる安全な場所で治療でも受けさせればいい」
 烈弥は笑っている。顔にこびり付いているのは、あの獰猛な笑みだ。
 とても、彼の言葉を信用できない。後ろを振り向いた瞬間に切りかかってくるつもりじゃないのか?
 しかし……
 「おいおい。その女を抱えたまま戦うつもりか?つまらない事を考えるなよ。俺は純粋に戦いを楽しみたいだけだ」
 確かに、不利有利で言うなら今の状態は俺の不利。烈弥は、このまま戦えば勝ちは確実だろう。
 わざわざ、罠を仕掛けてくる可能性も少ない……はず。
 烈弥を信じるしかないのか?
 俺は意を決して烈弥に背を向ける。彼は動かなかった。
 ただ―——「早く戻ってこい」とだけ言う。
 「……戦闘狂か」
 俺は捨て台詞のつもりで吐いた。しかし―——

 「ふん、お前にもいずれは戦いの快楽がわかるさ。現代日本じゃ、ただのゴミ屑だった俺が、単純な力を持つ。力に酔って、狂って、溺れて、使わなければ禁断症状で体が震えてきちまうのさ。
 コイツは、酒もたばこもドラックだって目じゃないぜ」

 「―――全部、体に悪いものばかりじゃねぇか」

 そう言い残して外に向かう俺に、烈弥は今まで以上の笑い声を上げながら、言葉をぶつける。

 「そうだよ。知らなかったのか?快楽ってやつは、体に悪いものだと相場は決まってるんだぜ」


 俺は外で待機していたサポーターにクルスを任せた。
 屋敷の内部に残る味方の騎士達にも退避を頼んだ。
 そして、再び火野烈弥が待つ場所へ戻る。
 剣は地面に突き刺したまま、その背後に烈弥は座っていた。
 目を閉じ、座禅を組んでいる。瞑想だろうか?
 彼が持っている獰猛さが鳴りを潜めている。まるで別人のようだ。
 その表情は穏やかさを持ち合わせ、観音菩薩像の彫刻を連想させる。
 俺が近づくと烈弥は瞳を開ける。
 その澄んだ顔に思わず「本当に同一人物か?」と漏らす。

「ん?どうも俺は、勝ち負けより、戦いを楽しむ事を優先させる性質なのでな。せめて、戦う直前は自制心を保つようにしている。そっちの方が楽しめるからな」
 烈弥は立ち上がり、地面に刺した剣を抜く。
 硬い地面に無造作に突き刺さしていたにも関わらず、その剣は刃こぼれがない。
 その刀身は赤く、美しさが感じさせる。
 おそらくあの剣は魔剣。
 烈弥の魔力とは別に、剣の内部から魔力が放出されている。
 魔力を秘めた無機物。どういう経緯でそんなものが生まれるのか分からないが……その魔力量は厄介だ。俺も腰に帯びた剣を抜く。そんな俺に烈弥は———
 「刃を潰した剣か。俺を生け捕りにする作戦はフェイクだと思ったぜ。なんせ、心臓に穴を開けられたからな」
 「ソイツは勘弁してくれ。クルスはそういう子なんだ」

 俺は言葉を返すが、内心の驚きを隠せた自信はない。
 烈弥の言葉は、こちらの作戦がリークされてたという事だ。

 「クルス?あぁ、オルドの娘か。通りで強いわけだ。……で、これから俺と戦うお前の名前はなんだ?」
 「俺は伊藤。……伊藤禅だ」
 「そうか、禅。新参の魔人と戦うのは楽しみにしてたんだ。どの程度、できるのか見せてもらう。

 魔剣ハマグリ 蜃気楼しんきろうの型 発動」

 烈弥の剣。その魔力が高まり―——形状が変化していく。
 いや違う。変化したのではなく、形状が定まっていない。
 刀身がぼやけ、ゆらりゆらりと揺れている。
 それだけだった。魔力の流れを探っても、それ以上の効果をわからない。
 一体、なんの意味が……
 それ以上の思考は許されなかった。烈弥が剣を叩き付けてくる。
 一合、二合、三合と、俺は烈弥の剣を受ける。
 烈弥も魔人。元は戦いとは縁のない現代日本人。
 その太刀筋は、クルスに比べると……ぬるい。
 次の大振りをいなして、攻勢に転じる。そう決意し実行に移そうとする。
 しかし―——手首に痛みが走る。予想外の痛みに反応が遅れる。
 烈弥の剣を、何とか弾くが次の蹴りは避けられない。
 重い蹴り。思わず後ずさる。
 だが、離れた間合いを狙われた。烈弥の蹴りが止まらない。
 俺の側頭部を狙って足が跳ね上がってくる。
 剣を握りしめた腕では防御が間に合わない。
 衝撃。
 脳が揺さぶられ、バランスを崩す。
 なんとか片膝を地面につくだけで意識の混濁は少ない。
 だが、次弾。立ち上がろうとする俺の顔面に、黒い影が向かってくる。
 ローリングソバット。
 体を回転させた勢いを生かし、真っ直ぐに足が伸びてくる。
 そのまま顔面に受け、視点が天井に、そして背後に移りゆく。
 ダウン。視界は黒一色に染まる。一瞬、意識の手綱を手放してしまった。
 黒の画面に鮮やかな赤が走り込む。それは烈弥の剣の色……
 意識の覚醒と同時に赤を追い、剣で受ける。
 またも手首に異常な痛みが走る。
 一方的な劣勢。何度も何度も、追い込まれる。
 ダメージを負いながらも烈弥の怒涛の攻めを受け続ける。
 間合いが外れる。
 荒々しい呼吸が自分のものだとは信じられない。まるで獣のそれだ。
 無理にでも空気を体内に閉じ込め、心肺機能の回復を最優先させる。
 そんな俺を烈弥は眺めている―——いや、観察と言った方が正しいか。
 烈弥にダメージは皆無。疲労も少ない。

 「手首くらいは砕けると思ったが……意外と頑丈だな」

 烈弥の言葉。
 やはり手首。やはり魔剣の効果か。
 魔剣は今も、刀身がぼやけ、その姿を隠している。
 そう……隠しているのだ。

 剣と剣のぶつかり合い。その一瞬にかかる衝撃は計り知れない。
 例えるなら野球。
 投手が投げる150キロの球を打者が打てるのは、人体の柔軟さが衝撃を吸収しているからだそうだ。
 しかし、烈弥の魔剣は刀身がハッキリと見えない。
 剣と剣のインパクトの瞬間が肉眼でタイミングを計れない。
 だから、自分でも分からないほど、手首へ異常な負担がかかっている。
 地味だ。魔剣としては地味な効果だ。しかし、1対1での効果はご覧の通り。
 全身が打撲と裂傷。肉体は熱に熱が重なっている。喘ぐように呼吸を行うも酸素が取り込めない。
 この場で倒れてしまいたい。それを体が許さない。
 何か、ないか? これを打破する魔法は……
 そうだ。あれがある。まだ、試していない魔法が……
 俺に襲い掛かってくる烈弥の魔剣。それに合わせて剣を振るう。
 交差する2つの剣。次の瞬間に甲高い音が響く。
 それは破壊音。刀身が折れて、宙を舞う。
 その刀身は空中に真紅の奇蹟を刻む。
 そう、折れたのは烈弥の魔剣 はまぐりだった。

 信じられないものを見た、そう烈弥の顔に書いてある。
 動きが止まった烈弥に剣を振るう。

 1撃。 腰に横薙ぎを

 2撃。 肩を上から切り捨てるように

 3撃。 腹部に突きをえぐり取るように捻りを加え

 3連撃を浴びせる。

 後方へ吹き飛ばした烈弥を見送り、ようやく一矢を報いた実感が湧く。
 離れた位置に烈弥は倒れている。
 このまま、立ってくるな。そう願っている自分がいる。
 しかし、そういう願いは思い通りにならないものだ。
 当たり前のように烈弥は立ち上がってくる。
 そして、その表情には―——
 獰猛な野獣が住み着いていた。

 

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