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夙多史

Page-35 月葉の不安

 月葉たちは特別教室棟を出てグラウンドに向かっていた。
 気絶した理音は日和が背負っている。流石に彼女一人をあの場に置いていくわけにはいかなかったのだ。元々死ぬような傷ではなかったが、日和の応急治癒魔術のおかげでしばらく安静にしていれば大丈夫らしい。
 グラウンドは教室棟を挟んだ向こう側にある。そこからは凄まじい戦闘音が聞こえ、月葉は先程いつぞやに真夜が使った剣の嵐を目撃している。あんなに派手に戦っていても騒ぎになっていないのは、学校の内部を隠蔽する魔術を日和が事前に仕掛けたからだ。
 だが逆に、真夜がそこまでの力を使わなければいけないほどアドリアンは強いということになる。
「真夜くん、大丈夫かな……」
 月葉は心配のあまりポツリと呟いた。
「大丈夫よ。月葉ちゃんも知ってるでしょう? 真夜は強い。あんな人間の屑みたいな奴に負けたりなんかしないわ」
「そう、ですよね」
 月葉だって彼を信じている。強いことだってわかっている。でも、あの剣の嵐を見た後からどうしようもない不安が沸き起こってくるのだ。嫌な予感がする。
 ――なんなんだろう、この感じ。
 そわそわして落ち着かない。早くグラウンドに行って彼の無事を確かめないことには、この気持ちは収まりそうにない。自然と速足になる。
「うう……」
 その時、日和の背中に負ぶられている理音が小さく呻いた。
「理音ちゃん。よかった、気がついて」
 月葉はひとまず胸を撫で下ろす。だがやはり、真夜に対する不安の方は拭われない。
 理音は月葉を見つけてほっとした顔をすると、簡単に辺りを見回して自分の置かれた状況を把握した。
「下ろせ、是洞日和。あたしは自分で歩けるから」
「命令口調が気に喰わないわね。でも賛成。いい加減に疲れちゃったし、大きな子供をずっと担げるほどお姉さんは力持ちじゃないのよん」
 日和は皮肉っぽくそう言ったけれど、月葉を羽交い締めにした時や地下書庫の鉄扉を軽々と開けていたことを鑑みるに、かなりの力持ちだと思う。
「……あいつは?」
 若干おぼつかないが、自分で歩き始めた理音が警戒するように訊ねた。あいつ……つまりアドリアンだろう。
「あのヘンタイなら今ウチの坊主が相手してるわ。あれから爆発音も聞こえないし、もう終わってるかもね」
 勝利を確信している微笑みで日和が言う。すると、理音は表情を畏怖に染めた。
「む、無理だ。いくら〝永劫の器〟でも、あいつには勝てない」
 勝てないと聞いて月葉の不安の渦がさらに激しさを増す。それと――
 ――エイゴウノウツワって……?
 理音の口から出た意味不明な単語に月葉は眉根を寄せた。と、日和が血相を変える。
「あなた、なんでそれを知ってるのよ!」
「是洞真夜にも言ったけど、あたしは『白き明星』の幹部の娘だ。元だけど」
「……知ってても不思議はないってことね」
 日和は得心がいった顔をする。月葉は完全に蚊帳の外だった。
「まあいいわ。それよりどうして真夜があいつに勝てないのか教えてくれるかしら?」
 問いかける日和に、理音は恨みの籠った声を張り上げる。
「あいつはあの魔導書を持ってるんだ! フォーチュン家の家宝の一冊もだけど、そんなのよりもずっと強力な魔導書を! それのせいでフォーチュン家が崩壊したようなもんだ。パパも兄貴も全く歯が立たなかった。たぶん協会も認知してない魔導書だから何級かはわかんないけど、あれは禁書にした方がいいくらいだ! ――うぐっ」
 傷に響いたのか、理音は叫んだ後に少し顔を引き攣らせた。
 と、グラウンドの様子が見えてきた。理音の話も気になるが、どうせ聞いても月葉にはなんの意見も出せないため真夜の姿を探す方に集中する。
「禁書にした方がいいって……一体なんなのよ、その魔導書って」
「それは――」
「真夜くん!?」
 月葉の悲鳴が理音の言葉を遮った。日和と理音が何事かといった顔で月葉を見、それからグラウンドの方に視線をやる。

 そのグラウンドの中央より手前辺りに、血塗れの真夜が膝をついていた。

 真夜のすぐ傍には全く無傷のアドリアンが悠々と佇んでいる。彼の周囲で不自然に砂が舞った直後――ブシュアッ! と真夜から血と思われる液体が飛び散るのが見えた。
「い、いやぁあああっ!?」
 絶叫する月葉は、目の前が暗転したかのような失調感にペタンと座り込んだ。

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