白雪姫の継母に転生しました。【連載版】

天音 神珀 @mihaku_21

14.apple

「あれ、美味しい」

 ユンファスが驚いたように言った。

「確かに、腕を上げたみたいだ。どうしたの? こんな短期間で……もしかして、得意料理なの?」

 カーチェスが不思議そうに訪ねてくるので、私は思わず首肯を返してしまった。

 ちなみに現在、エルシャスを除いた六人と食事中である。

 エルシャスは、まぁ……語るまでもないだろう。多分自室で爆睡中だ。

 料理は、例によって例のごとく、リオリムに手ほどきを受けて私が作ったものである。得体の知れない材料を使っているのに不思議と美味しそうに見え――私も口に運んで驚いた。びっくりするくらい美味しい。

「へぇ、女王にも得意料理とかあるんですね」

 鼻で笑うようにシルヴィスが言う。腹が立つことこの上ないが、今は無視だ無視。ここで喧嘩をしても仕方がない。というか自分で自分を死亡エンドに導くつもりはさらさらない。

 と、完璧無視を決めようとしたところで、

「……ですが、確かに今宵の食事はなかなか良いものですね」

 と、シルヴィスが感心したようにこぼしたので、私は思わず彼をまじまじと見つめてしまった。

 そんなことも言えるのか。彼が人を褒めるとは思わなかったので――その上その褒める相手が私だなんて考えもしなかったので、若干驚いた。

「シルヴィスが褒めるくらいなんだし、ひくちっ、自信持っていいよ姫!」

 リリツァスはそう言ってから、何故か隣のノアフェスにちらりと視線をやり――「えいっ」とフォークを彼の皿に伸ばした。そしてリリツァスのフォークがノアフェスの料理に触れようかという時、

「いったぁい!!」

 ノアフェスは目にも止まらぬ瞬間技でリリツァスの手を箸で叩き落とした。

「何すんの!!」
「それは俺の台詞だ」

 手を押さえ、涙目で抗議するリリツァスにノアフェスは、すげなく返す。

「それが罷り通るなら俺もお前にやるぞ。他の奴にもやるぞ」
「やめてくれ、食事の時間が戦争になる。食事くらい穏やかに取らないか」

 ノアフェスの理解不能な切り返しにルーヴァスが頭痛を感じたように頭を押さえてそう言った。
 まったくもって、その通りである。

 ……ん?

「――箸?」

 私がそう呟くと、ノアフェスと視線が合った。

 私が箸に反応したのは、ここにいるノアフェス以外の全員がナイフとフォーク、或いはスプーンといった食器を使っているからだ。

 確かに彼は衣服から他の六人と異なるが、まさか文化まで異なるのだろうか。

 私がぽかんとノアフェスを見ていると、彼は首をかしげた。

「お前は箸を知っているのか」
「あれ、お姫様はノアフェスのこれ、知ってるの? さっすがお姫様、博識だね~」

 ユンファスが感心したようにそう言う。その言い方からすると、ユンファスは知らないようだ。

「知っているというか、使ってたというか……」
「使っていた……?」

 私の言葉に、ノアフェスが眉をひそめた。

「この国で箸など使う文化はないはずだが」
「えっ? あ、あぁ、そこは、あの、えと、勉強、みたいな」

 なんの勉強だなんの。

 我ながら意味不明すぎる苦しい言い訳だ。

「…………勉強?」
「こ、こう、異国の文化に親しもう、みたいな。あはは……」

 あははじゃない、全然誤魔化せてない!

 内心冷や汗をかきつつ、ひきつった笑いを浮かべていると、彼は箸と私を交互に見つめてから

「使えるのか?」
「あ、え、まぁ、少しは?」
「凄いなぁ。お姫様。僕全く使えないのに」
「俺も俺も。ひくしゅんっ、その棒、すっごい使いにくいもん」
「俺も無理だな。難しいし。ルーヴァスは?」
「私は使ったことがないのでわからないな」

 そうか、外国の人には箸って扱いにくいんだっけ。

「わ、私もあんまり使えませんよ」

 付け足したように言う。ごまかせているのかコレ。
 まぁ私は「あまり使えない」どころかほぼ毎日使っていましたけど。言わないけどね。

「王族は大変だねぇ」
「そ、そうなんだよー、あはは……」

 ……王族は大変だろう、多分。

 よくわからないけど。

 ……白雪姫みたいなワガママ娘ができたら王家の評判も落ちるだろうし。

 だから肯定しても、多分問題ない。……と、信じよう。

「でも王族の方が何かといろいろ便利でしょ? ひくちっ。召使が助けてくれたりとかさ!」
「リリツァス」

 私に楽しげに訊ねてきたリリツァスを、たしなめるようにルーヴァスが名を呼んだ。

 それにリリツァスが振り返ると、ルーヴァスは彼に向かって首を振った。

「詮索は無しだ」
「あ……ご、ごめんね、姫」

 よくわからぬままに謝罪を返され、私は首を傾げたが、やがて一つのことに思い至り納得する。

 そもそもあの城には召使など一人もいない。召使気取りの割に働かない強盗なら住み着いているはずだけど。

 とかくその境遇の人間に向かって不用意にそういった発言をするな、というルーヴァスの気遣いだろう。

「……謝らないでください、リリツァス。ルーヴァスもありがとうございます。でも、大丈夫ですから」

 と私が笑いかけると、

「あなたがいいなら、それでも私は構わないが――」

 と、言い終わらぬうちに、コツコツと窓を叩くような音が聞こえてきた。それにルーヴァスは「失礼」と席を立つ。

 何事かと見守っているうちに、彼は窓の方まで歩いて行き、ガラリと窓を開けた。すると、真っ白な鳥が一羽、嘴に手紙のようなものを咥えたまま家の中に入り込んでくる。

「綺麗な鳥」

 私が思わずこぼすと、「だよねぇ」とユンファスが頷いた。

「僕もああいうの欲しいなー」
「呑気なことを言っている場合ではない」

 ルーヴァスは手紙を読み終えると、やや険しい顔になって言った。

「――依頼だ」

 依頼、と聞いて皆の表情が一変した。

 そういえば忘れていたが、彼らも働いているんだった。そうだよね、ニートじゃないよね、と心の中で軽く感心している私をよそに、ルーヴァスが手紙を畳んだ。

「西で暴れている――獣を、討伐して欲しいそうだ」
「獣?」

 ユンファスが訝しげに眉をひそめたが、私と視線がかち合うとなぜか納得した顔になった。

「あぁ、獣、ね」

 ちょっと待って、それどういうこと? なんで私を見て納得するの。私のことを獣と言ってるんじゃないでしょうね。

 いやでもありえないか。西の獣、と言ったから、とりあえず私のことではないだろう。けど、なんだろう、この違和感――?

 私とは関係ないはずだよね? 獣の討伐、なのだから。彼らの依頼と私が関係する点は見えない。

「……エルシャスにも依頼が来たことを伝えねばな」
「討伐対象の数は?」
「三、だ。いずれも手強いようだな。既にハンターも数人殺されているようだ」

 私にはわからない仕事の話が始まって、私はここにいるべきではないと判断した。

「……私、部屋に行きますね」

 私の声に、五人が振り返る。

「あ、あぁ……ごめんね、姫」

 カーチェスが申し訳なさげな顔になった。

「もう寝るの?」

 リリツァスが訊ねてきたので、私は首を振った。

「いえ、後でお風呂に入るつもりですけど。――あ、そうだ。エルシャス、起こしてきましょうか。お仕事の話なら、エルシャスもいたほうがいいんですよね?」
「え? あ……そう、だね。うん、お願いしてもいい? お姫様」

 一瞬躊躇うような表情を見せたが、すぐに笑顔に戻ると、ユンファスは首をかしげて訊ねてきた。

「うん、わかった。じゃあね」

 私は笑って、手を振ってからその場を去ったのだった。







「……やらかした」

 呆然、と私はつぶやいた。

「私、この世界の文字、読めないんだった……」

 七つの部屋の扉の前で私はぼやく。

『お嬢様、私が読みます』
「うん……」

 頷いて、ポケットから鏡を取り出すが、私の心は晴れない。

 これではさすがにまずいだろう。

 道化師の言うとおり、本当に元の世界に戻る手段がもう残されていないのだとすれば、私は早急にこの世界に馴染む必要がある。

 だというのに、私はこの世界の文字ひとつ読むことができない。

 それもただの庶民なら「文字も読めない馬鹿な娘」と鼻で笑われて終われるかもしれないが――いやそれでもかなり無理はあると思うのだけれど――、何とも厄介なことに女王などという仰々しい身分と来た。当然、文字が読めないとなれば不自然にも程がある。ここは、リオリムに習うべきだろう。

「はぁ……憂鬱」
『お嬢様、あちらの部屋です。左から三番目の』
「あ、うん、ありがとう」

 私は礼を言って鏡を仕舞うと、一応言われた通りのその扉をノックしてみた。

「…………」

 返事はない。完璧に寝入っているらしい。

「……入ってもいいと思う?」
『……致し方ないかと』
「……だよね」

 リオリムの言葉に後押しされ、私はドアノブに手を伸ばした。

 そっと僅かに扉を開いてみると、真っ暗な寝室の中から微かに寝息が聞こえてきた。

「……エルシャス?」

 扉の隙間から呼びかけてみるが、返事はない。

 明かりひとつないその部屋が一体どうなっているのか分からず、私は仕方なく扉を開けて中に入る。

「……電気がないってやっぱり不便……」

 何せ廊下には頼りなげな蝋燭の灯り一つだけだ。そんな灯りだけでは彼の部屋の中を照らすまでには至らない。従って私は暗い中を慎重に歩くことになる。

 明かりを持ってこなかった私も不用意かもしれないが、蛍光灯だのLEDだのが当たり前の世界で生きてきたのだ。勘弁して欲しい。

「……エルシャス? どこー……?」

 返事がないことを知りつつ、それでも呼びかけてしまう。
 すると。

「……んん……」

 返事のように、彼の声がこぼれてきた。衣擦れの音が響いたところからすると、恐らく寝返りを打ったのだろう。

 彼のいる方向が知れたことにホッとし、私はそのまま音のする方へと歩いて行った。

「あ、いた」

 ようやくベッドの上の彼を見つけて安心したところで、私は近くに窓があることに気がついた。カーテンがかかっているが僅かに月の光が漏れているので間違いない。

「明るいほうがエルシャスも起きやすいよね」

 そう考えて私は窓の方へと歩いていく。そして、そのままカーテンを開け――

「――ッッ!!」

 その瞬間、耳元で風の凪ぐ音がした。反射的に仰け反ると、その場に尻餅をつく羽目になった。何かと思って見上げてみると。

「……!」

 斧を振り上げて、エルシャスが私を見据えていた。何の色も伺わせない、無表情。その唇が、ほんの僅かに何か言葉を紡ぐ。それは小さかったが、私の耳には全て届いた。

 “ゆ る さ な い”

 そのまま、躊躇うことなく一閃、私にその斧を振り下ろし――

「っ、」

 間一髪、なんとかまろぶようにして迫り来る刃を避ける。するとドカンッと凄まじい音がして床に斧が食い込んだ。

 あれが私に振り下ろされていたら。恐ろしい想像に、血の気が引いた。

 私は運動神経がいい方でない。というかむしろ悪い。相当悪い。体育だけはいつも成績の足を引っ張ったくらいだ。その私が彼の斧を避けられたのは、偶然と、斧という重い武器であることと、そして彼が寝起きであることもあるだろう。何にせよ、いつまでも逃げられるとは思えない。冷や汗が背筋を伝った。

 どうすればいい? どうすれば――

 思考を巡らせる私を横目に捉え、エルシャスは斧を緩慢な動作で床から抜く。大きく見開かれ、明確な殺気のこもった蒼い双眸は、どこか無機質な光をその奥に秘めていた。そのせいか、彼からは殺意以外の感情を何一つとして読み取ることができない。

「これ以上、僕から――」

 ひたり、ひたり、と裸足のまま緩やかにエルシャスが私に歩み寄ってくる。虚ろな眼差しに私は無意識に後ずさった。やや視線を彷徨わせてから、走り出す。入口を目指そうと思ったが、エルシャスが立ちはだかっている、どう考えても無理だろう。行くあてもなく逃げ回る私を、エルシャスは不気味なほどゆっくりと追いかけて来た。

 しかしやがて、その長く遅すぎる鬼ごっこにも終わりが訪れる。いや、本当はとても短い時間だったのかもしれない。私の後ろには壁が迫り、私は部屋の隅まで追い詰められたのだということを悟った。そう、私は完全に逃げ場を失ったのだ。

 その間にも彼は静かに私を追い詰め――

「何も、とらせない」

 無感動にそう呟くと、斧を振り上げた。



 ――殺される。

 暗い絶望が、私の目の前を真っ黒く染め上げていった――

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