どうやら魔王は俺と結婚したいらしい

わいず

204

俺が住んでた街にも喫茶店はあった。
魔王城の城下街にもあるなんて、少し驚いた。

「いらしゃいませ、って! シルクたんと魔王様!?」

緊張した面持ちで、店に入ってくると、背中に翼を生やした魔物の店員が接客してくる。
接客するなら、俺の事をシルクたんって呼ぶのは止めろ!

口には出さずに睨み付けると、そいつは俺のそんな思いを感じ取らずに俺達を見るなり驚いて、目をパチクリしている。
まぁそんな反応をとるよな、ロアは魔王だし、俺はある意味名が知れ渡っている。

そんな奴が1度に来店したんだ、驚くのは無理もないだろう。

「えっえと、取り合えず席に案内してくれるか?」
「はっはい!」

店内を軽く見渡しながらそう言うと、店員は慌てながらも俺とロアを案内する。

……。
ふむ、内装は普通の喫茶店と同じだ。
落ち着いた空間、軽やかな音楽が流れ、コーヒーと紅茶の匂い、そして静かにお茶を楽しむ面々が目に写る。

気になる点と言えば、使われてるテーブルが、何か可笑しいと言う点だ。
あっ、別に変な形をしているって訳じゃない。

ただ、色が普通のと違ってるんだ。
焦げ茶と明るい茶色とが混ざった様な色、恐らく俺達が普段使ってる木材じゃない物を使ってるんだろう。

「こちらの席に自由にお座り下さい」
「あぁ、ありがとう」

店員は俺とロアに向かって一礼した後、何処かへ言ってしまう。
と、ここで俺は気付く。

さっきから、ロアの手を握ったままじゃないか、と。

「悪い……」
「…………」

なので、直ぐに手を離したが、ロアは俺の手を握ったままだ。
斜め下を向いていて、小さな声で「べっ別に悪くなどない、じゃから離さんでもよい……」と言った。

「いや、離してくれないと座れないんだが?」
「っ……」

もじもじするロア、数秒間そんな状態が続く。
うっ……周りの視線が気になってきた、既に紅い顔が更に紅くなりそうだ。

「しっ仕方ないのぅ……」

その時だ、ロアが手を引きながらソファーの席へ行く。
勿論、手は握ったままだから俺もそこへ行く。

ロアはその席に座り、ずりずりと身体をずらし奥へ行く。
そうなると、俺もロアの様にその席に座ってしまう。

「ならば、とっ隣に座るのじゃ、こうすれば……手を離さなくても良いじゃろう?」

どきっ……。
恥じらう表情で言われてしまった。
潤んだ目、紅く染まった頬、柔らかな手から感じる体温。
その全てが綺麗にうつる、なっなんだよ……そんな表情で俺を見てくるなよ。
そんな事されたら、断れなくなるだろう、そして心臓が高鳴るだろう。

「そっそう……だな」

下を向きそう言った後、ロアをちらりと見てみる。
……真っ直ぐ俺を見つめてる、あっ、視線を反らしたな。

向こうも恥ずかしいのか? いつもなら俺の意思関係無しにガンガン、キスとか仕掛けてくるのに。

自分から仕掛けるのは大丈夫だが、俺の方から仕掛けるのは大丈夫じゃない。
たしか、ラキュがロアに言っていたな。
じゃぁ、今の状況は正にそれなんだろうな。

「あっ、そっその、シルク?」
「なっ、なんだ?」

……。
ぎこちない喋り方だな、そんなの聞かされたら気まずくなるだろう。

そう思ってると、ロアはメニュー表を手に持ち俺の前に広げてくる。

「めっめめっメニュー表じゃ……」
「っ、おっおぉ、ありがとう」

その仕草をすると、必然的に距離が今より近くなる。
肩と肩とがぶつかって、びくっ! と身体を小さく跳ねる俺、ロアはそれを見て目を見開いた後、直ぐに目を細めて、今も手を繋いでる方と違う手で口元を押さえる。

「どっどうした?」
「なっななっなんでも、ないのじゃ」

もうお互い目線とか泳ぎまくってる。
静かな雰囲気の筈の喫茶店、俺とロアが座る席だけ、違った雰囲気が出ている。

それを、ちらちらと見る魔物達、そいつ等は俺達を見た後、にやにやしている。
みっ見るんじゃない! メニュー表でも見てろ!

「そっそうか、とっ取り合えず、何か飲むか?」
「うっうむ、そっそうじゃな……メニューが多いからな、まっ迷うのぅ」

取り合えず、定番の会話をしてみる。
ロアは俺の言葉を聞いて、穴が空く程、メニュー表を見る。

くっ! 今気付いたけど……。
手を繋いでる方の手、手汗が凄い! そっそれと……ロアの手をこんなに長時間繋いだ事無いから、へっ変に意識してしまう。

と言うか、なんで手を繋いだままなのを許してるんだ俺は! 気まずくなるのは見えてただろう! あれか? ロアをしっかり見なきゃいけないって思いから、断らなかったのか? うっ、そうだ、絶対そうに違いない。
自分の事だから分かる、俺ってそう言う奴だ。
しっかり見なきゃいけないにしても、色々とやり方があるだろう! なんでやりにくくなる方を選んだよ俺は!

でっでも、別に嫌って感じはない。
むっ寧ろ良い感じだ、ロアの手は柔らかいし、指なんて、長くて細い。
褐色肌なのも、まぁ……その、良い感じだ。

逆に言ってしまえば、悪い所なんて無い。
素直に嬉しい……って、あれ? 俺、今嬉しいって思ったのか? なっなんで? 今……こんなに恥ずかしいのに、逃げ出したい位に顔が真っ赤なのに……なっなんでそんな事を思ったんだ?

だっダメだ、落ち着け俺、一旦冷静になるんだ。

ロアにハードなスキンシップされても、なんとか平常を取れてたじゃないか。
だったら、この状況もなんとか乗りきれる、俺はそう信じてる。

しっしかし何だな、今日はやけに暑いな。
よし、頼む物は何か冷たい物にしよう。

「おっ俺はアイスティと、ちっチーズケーキにするが、ロアはどうする?」
「なっななっならば、わらわも、おっ同じ物を頼むのじゃ」

そうか、同じ物か。
よしっ、注文が決まった、だったら呼び鈴を押さないとな。

えぇと、どこにあるんだ?
……あった、あの小さな銀のベルがそうだろう。

俺は早速、それを鳴らそうと手を伸ばす。

……この時、俺は気付くべきだった。
今の状況を整理すると、俺とロアは手を繋いでいる。
呼び鈴を鳴らすには、当然ベルから遠い方の手で鳴らす事になる。

ここで、ロアに鳴らして貰う方法もあったが、この時の俺は、俺が鳴らすべきだ、と思ってしまっている。

さて、突然だが問題を出そう。
何度も言うが、今俺とロアは手を繋いでいる。
呼び鈴を鳴らす為に手を伸ばしている。

この時は、手を繋いでるので……勿論、バランスを取る事が出来ない。
更に、手を伸ばしたらロアの方に身体を傾ける事になる訳だ。

さて、そうなったら……体力が無い俺は、これからどうなると思う?
答えは明白だ。

その答えに俺が気付いたのは、事が終わってからだった。
さぁ……この後、起きる出来事に俺は確実にパニックになって、どうしようも無くなる事だろう。

「えっ、ちょっ……しっシルク?」
「すっすまん、呼び鈴を鳴らしっ……あっ!」

さぁ、事が始まった。
呼び鈴を鳴らす為に俺は手を伸ばした。
ロアは驚いて俺を見てくる、そんなロアに謝って、更に手を伸ばして行く。

身体もどんどん傾けていく、ロアは恥ずかしがりながらも、身を当ててくれている。

その時だ、俺はバランスが取れなくなった。
繋いで方の手が邪魔になって、足が上がり踏ん張りが効かなくなる。

「っ!」
「えっ、あっ……きゃっ!」

可愛い悲鳴を上げるロア、俺の心臓が高なる。
咄嗟に、伸ばした方の手を奥に伸ばし、ソファーの背もたれを持つ。

「うっ、うぅ、こっこらぁっ、何をするのじゃ、シル……く?」
「すっすまん、怪我はない……か?」

お互いに顔を合わせ、状況を確認し、理解する。
ロアが仰向けでソファーに寝そべっている、その上を覆うように俺がいる。

つまり俺は………ロアを押し倒してしまった様だ。

身体の殆どがロアに触れ、お互いの顔が近くにある。
あと少しで、キスしそうな位置だ。

体温も直に感じる、ロアの優しくも熱のこもった呼吸音、俺の焦り現れた心臓の音がハッキリ聞こえ周りの音が、全く聞こえなくなった。

目の前にはロア、状況を理解した彼女の顔は……最高潮に真っ赤になっていき、身体を震わせる。

俺は、頭が真っ白になった。
今何が起きているのか、訳が分からなくなっている、そして徐々に理解して「やってしまった」と言う想いが膨れ上がっていく。
あっあははは、やばい……ほんと、これ、どうしよう。

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