FORSE

巫夏希

34

「魔物……?」

リーフガットがラインツェルに尋ねる前に、ラインツェルは突然立ち止まった。

「……どう、したの……?」

「静かに……。歌が止まった……?」

そう言ってラインツェルは天を仰いだ。しかし、空には何もない。ただ真っ青な空があるのみであった。

「……ほんとに?」

リーフガットには何も解らなかった。こう何度も言うのはあれではあるが、どうしてラインツェル、彼女にだけ歌が聞こえるのだろうか。それがリーフガットには解り得ないことであった。

「……何が……、始まるというの……?」

ラインツェルは怯える小鹿のような表情で、泣きそうになっていた。

前置きは、なかった。

その獣は、ラインツェルに向かって走り、あっという間にラインツェルを右手に握り締め、また何処かへと消えた。図体の割には素早い動きで、一瞬リーフガットはそれに気づかなかった。

「……な、なんてことなの?!」

リーフガットはそれに気付くのに微小ではあったものの、時間を要した。

リーフガットはただ何も出来ずにそこでたじろぐだけだった。





ラインツェルは獣に連れられ、あの少女がいた場所へと辿り着いた。

今彼女は十字架のようなものに体を委ね、そしてその体全体に蛞蝓なめくじに似たアメーバ状の何かが這いつくばっていた。

「手荒い歓迎で申し訳ない」

少女は静かに言った。耳を潜めないと聞こえないくらい小さな声だった。

「いや、こういうのは馴れてますからね……。で? 私だけを拐った理由は何?」

「あなたは魔法を使える素質のある人間であるはずだ。それがなぜ科学に与している?」

「……それは私の自由じゃないかしら? 魔法を使えるから魔術師になる、ってわけじゃないし。科学の世界で生まれ、魔術師へと為り得た人間だっているでしょう?」

「……先ずは、私の質問に答えて戴こう。質問をしているのは、私だ」

その言葉とともにアメーバは再び粘液をたっぷりと放出し、ゆっくりとラインツェルの体を動き回る。

「……あなたも知ってるかは別としておくが、それは魔術師としての魔術回路と魔力を封印した魔弾アメーバ。体のいたるところから侵入し、内部から魔術師へと“改造”していく。正直あなたにはこれ以上の凌辱、受けてもらいたくないのよ。だから、さっさと答えて」

少女はまた強かに笑った。

「……魔術が世界最強と思ってる、その自己中心的なニヒルな考えが嫌なのよ」

ラインツェルは悶えながら、ゆっくりと答える。息も荒く、とても会話を出来る状態ではなかったのに。

「言ってくれるじゃないか。ニヒルで自己中心的? くくっ。そんなのは誰も一緒だよ。誰もが自己中心的な存在だ。そんなのを見ていると正直憤慨する。憐れみすら感じてしまうくらいだ。だがな? 人間は数少ない知能で同種を殺せる動物だ。仮に私が手を下さなくとも、お前を殺す方法なんてごまんとあるのさ」

少女はゆっくりとラインツェルに近付いて、顎を強引に持ち上げた。

「……なぁ? 結局私が何を言いたいか解るか? ヒトは、何時も争い、虐げ、そして妬む。ならば“ヒト”というかたちを交換して、一つになればいいんだよ」

「……あなた、まさか福音書を読んだのね」

「福音書の存在を知っている……とでもいうのか?」

「えぇ。はじまりの福音書、旧時代に書かれたとされる予言書、もっとも雑誌のようなものでも歌集のようなものでもなくただの石板だったと思うけど?」

「そこまで知っているのか……。やはり、お前は倒しておく必要がある」

「やはり……目的はワタシね? 基地の破壊ではない、と」

「私はそんな無意味なことはしない。あれは陽動だよ。……さて、ラインツェル・タニーニャ。……お前に祈る時間を与えよう」

「結構。正直、頼る神なんて居ないものでね」

ラインツェルは苦しみながらも、それをひた隠しにし、笑った。

そして、

少女が指示したと同時に、獣は腕を力任せに薙いだ。

それはラインツェルが磔にされた十字架を強引に叩き潰した。

そして、ラインツェルは悲しむこともなく、ただ笑って空へ落下していった。

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