異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第三百二十七話 広くてすてきな宇宙じゃないか①

 冷静に考えれば、実際にこのような状況に置かれることなんて僕ぐらいのものだと思うのだけれど、しかし考えてもらいたい。このような状況に置かれたときは、何が正解だというのか。
 影神と呼ばれる、この世界の神を殺すべきか。
 ヤルダハオト――あの世界を破壊しようとした神を殺すべきか。
 そもそも、普通の人間に神を殺すことのできるほどの力を持つ剣を持たせること自体がどうかしている。それすらも神の遊戯だというのならば、やはり神には人間の一般常識が通用しないのだろう。

「僕は、どうすればいいのですか」
「簡単です。彼を殺せばいい。彼はこの世界に不要な存在であり不必要な価値であり不要であって問題ない存在だ。彼を殺すことであの世界はリセットされないし、メアリー・ホープキンを含め……あなたの愛する人たちは皆が救われる。それを考えれば、あなたが殺すべき相手はわかりきっている話ではありませんか?」
「騙されるな、古屋拓見。確かにお前が受肉することは想定外だったが……私があいつを殺さなければ、私があいつの権限を手に入れて本当の神にならなければ、この世界もあの世界も救われない。不安定な存在になりつつあるこの世界を、惰眠を貪っていた神に守り続けさせることなどできるわけがない。さあ、古屋拓見、選択肢は二つに一つだ。どちらを選ぶも、君の勝手だが、君の世界がどうなるかは君の選択肢に限られてくる。……分かるか? もうわかりきっているんだよ、この世界の終わりは」

 二人の意見は、はっきり言って真逆だった。
 仕方ないと言えばその通りなのかもしれないけれど、かといってそれを鵜呑みにするほど僕も馬鹿ではない。だとすれば、どちらか一方の考えを信じ、どちらか一方の考えを否定することになる。
 では、どちらの考えを否定すれば良いか?
 否定。
 否定。
 否定。
 肯定。
 肯定。
 肯定。
 世界は否定と、肯定しか存在しない。インターネットが0と1で構築されているように、世界は二値化することができる。しかして、だからといってそれを適用したところで何になるというのか。何が生まれるというのか。僕には分からない。僕には……分かりたくない。

「さあ、選べよ。古屋拓見。君の未来を。君の世界の、未来を!」

 神の剣。
 それで神を殺すことができるのは――僕一人。
 結論は、やがてゆっくりと、そして着実に、固まっていった。
 一歩、前に踏み出す。
 片方は笑みを浮かべ、片方は表情を変えなかった。
 さらに一歩踏み出す。表情を変えることはない。僕もまた表情を変えることはしない。すでに決まっていることを、覆してしまいたくなるから。すでに決まっていることを、押し通せなくなるから。
 では、世界ははっきりと決まっているのかと言われると、そうでもない。
 0と1で割り切れることばかりではないことだって、僕も知っている。
 否定と肯定のみで判別できることばかりではないことだって、僕も知っている。
 だとすればどうやって判断すればいいのか。
 だとすればどうやって判別すればいいのか。
 世界を。
 未来を。
 将来を。
 さあ、決めようではないか。
 さあ、求めようではないか。
 僕と、君と、彼女と。
 あの世界の、英雄になるために?
 あの世界の、救世主になるために?
 いいや、違う。
 僕が僕であるために。
 僕と僕が、僕自身の価値を確定させるために。
 誰にどうこう指図されて決めるものじゃない。
 それは僕にも、彼にも、誰にも、分かっていたことだったのに。

「……さあ、決めろ。時間は無いぞ。そう悩んでいても、結果は二つに一つだ。ヤルダハオトを殺すか、私を殺すか。どう選択をしても誰も後悔しない。後悔するとすれば、君自身だろう。だから、後悔しない選択をするがいい。それこそ、世界が終わってしまうかもしれないというほどの、判断を」

 自分勝手だ。世界が終わってしまうかもしれない、なんて言って結局自分たちの世界には何も干渉しないじゃないか。僕たちの世界が終わってしまっても、それは単なるテストケースと判断して、ああ今回もだめだったよということで結論づけてまた新しい世界を創世するのだろう。神とは、そういう自分勝手な存在だ。
 だからといってヤルダハオトを全面的に肯定するかと言われると、そうでもない。ヤルダハオトも今まで存在しなかった存在だし、突然姿を見せては神を殺して自らが神になるという狂った考えの持ち主だ。きっと元の世界――それすらもコンピュータグラフィックスで作られた0と1の世界になるのだけれど――にそんな存在が居たら新興宗教の教祖になっているか、或いは精神病の患者として病院に入院させられているかもしれない。
 いずれにせよ、人間は常に平等を求められる。
 どんなに優秀であろうとも、まずは平等を求められる。そしてその平等を突っぱねるほどの力が無い限り、無理矢理優秀だった存在は平等にさせられてしまう。
 僕はそういう存在を何度も目の当たりにしてきたし、現に中学校の時も親の環境の都合で転校せざるを得なくなった人をたくさん見ている。友人の兄にも実際に進学した高校が会わないから一ヶ月で辞めた、なんてケースもあると聞いた。けれど、それは一生残る。仮に彼がどれほど優秀な人間になったとしても、高校を中退したという経歴は一生残ってしまう。
 人間は過去を大事にする生き物だ。
 それに対して、ヤルダハオトと影神は未来について僕に問いかけている。
 自分を生かせば、未来はこうなるだろうという結論を僕に投げかけている。それは一種のプレゼンテーションでもあるし、ディスカッションでもあった。
 だからといって僕はそのディスカッションにおいて提案を求められてはおらず、解答だけを求められていた。

「……決めました。僕は、誰を殺すのか」

 僕は。
 決断した。
 誰を殺すのか。
 誰を生かすのか。
 どの未来を選択したのか。
 どの未来を消去したのか。
 そして僕の剣が――身体を突き刺す。
 その瞬間は、あまりにも呆気ないものだった。


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