異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第三百二十三話 終わる世界②
ヤルダハオト、正しくは佐久間来喜はごく一般の家庭で育った学生だ。一般企業に勤める父と、同じく一般企業に勤める母の間に生まれ、来喜が生まれたとともに母親は寿退社をした。それにより、来喜は常に父の背中を見、母の愛によって守られていた。
彼は学ぶことが好きだった。知識は取り入れ、知識は受け入れ、知識は吸収した。
それを彼の両親は受け入れ、伸ばそうとして、応援した。
彼のほしい書物はたとえ高い学術書だろうが、たとえ落書きと揶揄された絵巻物だろうが、たとえ世界に数冊しかない貴重品だろうが、できる限り蒐集した。
彼のために図書館を作り、彼のために家庭教師を八名雇い、彼のためにすべてを尽くした。
一般企業に勤める両親にそれほどの経済力があるとは到底思えないし、周囲も思っていなかった。
周囲は、彼を悪魔の子と囁いた。
確かにその頭脳は優秀だった。
確かにその頭脳は秀才だった。
確かにその頭脳は天才だった。
けれどそれ以上に彼には――何にもたとえがたい魅力があったのだろう。
それは彼の両親以外にはあまり理解できず、また彼の両親を説得しようとしても無駄なことだった。
否、それだけではない。結果的に、彼を両親から突き放し自らのものにしようと思っているのでは無いかと両親側から親交を絶った。
エルダリアへの永住権を得たのは、彼が十六歳のことだった。すでに世界の陸地の七割が水没し、彼の両親も日々蓄えを削りながら過ごしていた。そんな中、世界政府は彼の頭脳に着目した。
彼ならば――我々の考えていた計画を実現できるかもしれない。
ジョン・エドワード博士をリーダーとした『精神の方舟計画』。
人間の体を構成するに十分な成分をタンクに保管し、人間の精神を電子空間へ保存する。
それにより、人間の種を永遠に保存しておきながら、地球という惑星が再び人間が台頭するに等しい環境へ戻るまで衰えることのない電子空間にその精神を保存してしまおうということだ。
言葉では簡単だが、実現することは難しい。
一番のネックとなったのは、人間の精神を電子化することだ。人間の脳は電気信号によってその情報を伝達している。それすなわち、人間の電気信号パターンを0と1で二値化することができれば、人間の精神を電子空間へ保管することが可能では無いか、ということだ。
ただ、問題はそのメカニズム。人間の脳は八割が未使用の領域と言われており、それをいかに再現するかが問題とされていた。二割は再現できる。しかし残りの八割が解明できないのならば、それは人間の脳を完全にコピーできたとはいえない。
しかしながら、ジョン・エドワードをリーダーとした計画は、それ以前の段階で失敗を迎える。
理由はジョン・エドワードが計画を私物化したことだ。彼の娘は幼い頃から精神の病を患っており、その治療に方舟計画を利用した。
結果的に、そのプロジェクトは彼と、その計画に賛同した一部の研究員により実行され、秘密裏に『パラドックスの恋文計画』と語られることになった。
パラドックスの恋文計画自体は失敗に終わった。そしてジョン・エドワードは更迭され、計画も凍結した。
だが、成果が無かったわけではない。
彼の娘は実験の後、徐々に病から寛解し、十三歳を迎えた頃には完全に病から回復した。
そして、思わぬ副作用もあった。彼女には父親から引き継がれた類い希なる知能を授かっていたのだ。
十六歳で飛び級し、エルダリア大学へと進学した彼女の名前は、イヴ・エドワード。
そして、晩年に父の評価を著しく低くさせた『パラドックスの恋文』を実行するべく、彼女は大学に進学して直ぐに父の論文を読みふけった。
大学の授業はつまらない。だからこそ、そのあいた時間を利用してパラドックスの恋文が失敗した理由を考察する。その時間こそ彼女にとって至高であり、世界最高の学術機関であるエルダリア大学へ進学した理由となった。
イヴ・エドワードと佐久間来喜が出会ったのは、西暦二〇四〇年のことだった。
佐久間来喜はイヴ・エドワードとジョン・エドワードの知識を利用したかった。
イヴ・エドワードは脳科学を研究する優れたパートナーを手に入れたかった。
その二つの需要が満たされた二人の奇妙な関係は、半年にわたり継続された。
世界政府の老人達が彼らの計画に目をつけたのは、その直後だった。
そして老人達が彼らの計画に、佐久間来喜たちを利用しようと思っていたのは、来喜もわかっていた。
だからこそ、あえて彼はそれに乗っかった。
乗っかることによって、資金的援助を得られると思ったからだ。
そしてそれは正解だった。結果的に彼らの卒業研究はただの研究にとどまらず、国家プロジェクトにまで発展することとなったのだ。
しかし、問題が発生した。
人間の脳の電子化が実現したと同時に、研究者の一人の精神が電子空間に取り込まれた。
それを理由に残された研究者は静かに暴走を開始する。エルダリアの老人達を筆頭に、市民の精神を電子化。しかし、そこには彼女の精神を存在させなかった。彼女の精神と、それ以外の精神を切り離した空間に介在させたのだ。
スーパーコンピュータ『ノア』第三サーバ内に保管されていたワールド『シミュレート2015』のある少女のロールに割り込み処理を行った彼女の精神は、その世界におけるスーパーユーザーとしての権限を保有していた。だからこそ彼女はその世界において『神』を名乗ることができた。
そして彼女は、もともとロールを持たなかったただのがらんどうに準えて、こう名乗るようになった。
ガラムド、と。
彼は学ぶことが好きだった。知識は取り入れ、知識は受け入れ、知識は吸収した。
それを彼の両親は受け入れ、伸ばそうとして、応援した。
彼のほしい書物はたとえ高い学術書だろうが、たとえ落書きと揶揄された絵巻物だろうが、たとえ世界に数冊しかない貴重品だろうが、できる限り蒐集した。
彼のために図書館を作り、彼のために家庭教師を八名雇い、彼のためにすべてを尽くした。
一般企業に勤める両親にそれほどの経済力があるとは到底思えないし、周囲も思っていなかった。
周囲は、彼を悪魔の子と囁いた。
確かにその頭脳は優秀だった。
確かにその頭脳は秀才だった。
確かにその頭脳は天才だった。
けれどそれ以上に彼には――何にもたとえがたい魅力があったのだろう。
それは彼の両親以外にはあまり理解できず、また彼の両親を説得しようとしても無駄なことだった。
否、それだけではない。結果的に、彼を両親から突き放し自らのものにしようと思っているのでは無いかと両親側から親交を絶った。
エルダリアへの永住権を得たのは、彼が十六歳のことだった。すでに世界の陸地の七割が水没し、彼の両親も日々蓄えを削りながら過ごしていた。そんな中、世界政府は彼の頭脳に着目した。
彼ならば――我々の考えていた計画を実現できるかもしれない。
ジョン・エドワード博士をリーダーとした『精神の方舟計画』。
人間の体を構成するに十分な成分をタンクに保管し、人間の精神を電子空間へ保存する。
それにより、人間の種を永遠に保存しておきながら、地球という惑星が再び人間が台頭するに等しい環境へ戻るまで衰えることのない電子空間にその精神を保存してしまおうということだ。
言葉では簡単だが、実現することは難しい。
一番のネックとなったのは、人間の精神を電子化することだ。人間の脳は電気信号によってその情報を伝達している。それすなわち、人間の電気信号パターンを0と1で二値化することができれば、人間の精神を電子空間へ保管することが可能では無いか、ということだ。
ただ、問題はそのメカニズム。人間の脳は八割が未使用の領域と言われており、それをいかに再現するかが問題とされていた。二割は再現できる。しかし残りの八割が解明できないのならば、それは人間の脳を完全にコピーできたとはいえない。
しかしながら、ジョン・エドワードをリーダーとした計画は、それ以前の段階で失敗を迎える。
理由はジョン・エドワードが計画を私物化したことだ。彼の娘は幼い頃から精神の病を患っており、その治療に方舟計画を利用した。
結果的に、そのプロジェクトは彼と、その計画に賛同した一部の研究員により実行され、秘密裏に『パラドックスの恋文計画』と語られることになった。
パラドックスの恋文計画自体は失敗に終わった。そしてジョン・エドワードは更迭され、計画も凍結した。
だが、成果が無かったわけではない。
彼の娘は実験の後、徐々に病から寛解し、十三歳を迎えた頃には完全に病から回復した。
そして、思わぬ副作用もあった。彼女には父親から引き継がれた類い希なる知能を授かっていたのだ。
十六歳で飛び級し、エルダリア大学へと進学した彼女の名前は、イヴ・エドワード。
そして、晩年に父の評価を著しく低くさせた『パラドックスの恋文』を実行するべく、彼女は大学に進学して直ぐに父の論文を読みふけった。
大学の授業はつまらない。だからこそ、そのあいた時間を利用してパラドックスの恋文が失敗した理由を考察する。その時間こそ彼女にとって至高であり、世界最高の学術機関であるエルダリア大学へ進学した理由となった。
イヴ・エドワードと佐久間来喜が出会ったのは、西暦二〇四〇年のことだった。
佐久間来喜はイヴ・エドワードとジョン・エドワードの知識を利用したかった。
イヴ・エドワードは脳科学を研究する優れたパートナーを手に入れたかった。
その二つの需要が満たされた二人の奇妙な関係は、半年にわたり継続された。
世界政府の老人達が彼らの計画に目をつけたのは、その直後だった。
そして老人達が彼らの計画に、佐久間来喜たちを利用しようと思っていたのは、来喜もわかっていた。
だからこそ、あえて彼はそれに乗っかった。
乗っかることによって、資金的援助を得られると思ったからだ。
そしてそれは正解だった。結果的に彼らの卒業研究はただの研究にとどまらず、国家プロジェクトにまで発展することとなったのだ。
しかし、問題が発生した。
人間の脳の電子化が実現したと同時に、研究者の一人の精神が電子空間に取り込まれた。
それを理由に残された研究者は静かに暴走を開始する。エルダリアの老人達を筆頭に、市民の精神を電子化。しかし、そこには彼女の精神を存在させなかった。彼女の精神と、それ以外の精神を切り離した空間に介在させたのだ。
スーパーコンピュータ『ノア』第三サーバ内に保管されていたワールド『シミュレート2015』のある少女のロールに割り込み処理を行った彼女の精神は、その世界におけるスーパーユーザーとしての権限を保有していた。だからこそ彼女はその世界において『神』を名乗ることができた。
そして彼女は、もともとロールを持たなかったただのがらんどうに準えて、こう名乗るようになった。
ガラムド、と。
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