異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第三百十七話 中枢都市エルダリア②
脳の電子化。
簡単に言ってはいるが、それは誤りであることぐらい彼女にも分かっていた。
「まあ、教授も困っているんじゃない? 実際に成功すれば、それこそ世界を揺るがす大発見だよ。けれどね、それについてのプロットがうまく出来ていないと、やっぱりなんとも言えない。そうじゃない?」
「やったこともない癖に出来ないといえる立ち位置に早くつきたいものだよ。教授だって研究しているかどうか怪しいけれどね。来年、学部長だろ?」
「え。そうなの。じゃ、白鷺教授、今年度限りなんだ。来年は手が空くねえ」
「白鷺教授、大学辞めるらしいよ」
「へえ。……え?」
「確か、奥さんが亡くなったとかどうとか。自殺だったっけね。アルツハイマーにかかって、もう自分が誰だか分からない状態になっていた、って聞いたけど」
「詳しいね。誰から聞いたの? まさか本人では無いよね」
「傷心状態の教授にそんなことを聞けるほど僕は外道じゃないよ。噂だよ、ウワサ。でも、奥さんが亡くなったことと大学を辞めることは本当だよ。因果関係は定かじゃないけれど、ほぼ確定みたいなものでしょ」
ふーん、と呟きながら白衣のポケットに入っていたスマートフォンを取り出す。
「未だスマートフォン使っているんだ? 今やとっくにAR技術を利用したスマートウォッチで何でも思うがままなのに」
そう言って彼は左手に装着した時計と思われるディバイスを見せつけた。
スマートウォッチ。簡単に言えば時計以外の機能を持つ多機能時計、とでもいえばいいだろうか。その開発は二〇二〇年前後より飛躍的に発達した。
理由はエルダリアの技術水準向上に伴う企業合併だ。その中でも狙われたのが技術力を持ちながらも世界では脆弱な立ち位置にあった日本国だった。日本は『妖』の出現とそれに伴う被害により国力が疲弊していた。しかし、それを救ったのが世界の警察アメリカだった。実業家出身の彼は、公的な場でこう宣言した。
「日本国を我が国が買い取る」
それは混乱を極めていた世界情勢にさらに痛手となった。最終的に世界はエルダリアを除きほぼ壊滅したわけだが、未だアメリカと日本の『親子』関係は続いている。現在も日本は五十一個目の州という立ち位置でアメリカの事実上支配下に置かれている(エルダリアは国連が統治しているため、その支配関係はあまり関係なくなってしまったのだが)。
「……スマートウォッチは私には合わないわ。それに拡張現実、そいつがどーにも気にくわない」
「気にくわない、って……。それってただ単に受け入れたくないだけじゃ……」
「そうよ。悪い?」
面と向かって言われると何も言えなくなってしまうのが、彼の悪いところだ。
それは他の学生、例えば彼を古くから知る友人など、はよく言っていたのだが、やはり彼は治そうとはしない。治そうとしないというよりも、もう『習慣』として位置づけられてしまっているので治しようがない、とでもいえばいいか。
「……ったく、別にスマートフォンでもスマートウォッチと同じ機能を有しているんだから別に使う使わないは本人の勝手でしょ。……強いて挙げるなら、携帯性くらい?」
そもそも折り畳み式携帯電話などのフィーチャーフォンにとって変わったスマートフォンが携帯性に負けるというのもおかしな話だが。
「ま、それは別に構わないけれど。スマートウォッチのほうが僕は使い勝手が良いだけで」
「……どうせ通販サイトのレビューでも見ながら機種を決めたのではなくて? あれはお金を払ってレビューを書いてもらう仕事とかあったりするから、はっきり言って使い物にならない判断材料だけれど」
「な、なんで君にそーいうところまで特定されなければならないのかな! 別に僕が何を判断材料にしてスマートウォッチの購入を決めたって別に問題ないだろう! それこそ、通販サイトのレビューを見て判断したことは認めるけれど」
「認めるんかい。……まー、いいわ」
スマートフォンを再び白衣のポケットに仕舞うイヴ。
「あれ? 何かするつもりだったんじゃないの?」
「違うわ。バイブが五月蝿いから何事かと思ったらいつものようにクレジットカード会社からのメールだったから全部既読スルーしてやったところ」
「成程。それはとても非創造的行動だ」
そうして彼もまた目線をパソコンの画面へと移していく。
イヴ・エドワード。
佐久間来喜。
二人はこの研究室に在籍している学生だった。そして、二人はそれぞれ卒業を目指すため、人類の発展に貢献するため、日夜研究に励んでいた。
これは、そんな一幕。
簡単に言ってはいるが、それは誤りであることぐらい彼女にも分かっていた。
「まあ、教授も困っているんじゃない? 実際に成功すれば、それこそ世界を揺るがす大発見だよ。けれどね、それについてのプロットがうまく出来ていないと、やっぱりなんとも言えない。そうじゃない?」
「やったこともない癖に出来ないといえる立ち位置に早くつきたいものだよ。教授だって研究しているかどうか怪しいけれどね。来年、学部長だろ?」
「え。そうなの。じゃ、白鷺教授、今年度限りなんだ。来年は手が空くねえ」
「白鷺教授、大学辞めるらしいよ」
「へえ。……え?」
「確か、奥さんが亡くなったとかどうとか。自殺だったっけね。アルツハイマーにかかって、もう自分が誰だか分からない状態になっていた、って聞いたけど」
「詳しいね。誰から聞いたの? まさか本人では無いよね」
「傷心状態の教授にそんなことを聞けるほど僕は外道じゃないよ。噂だよ、ウワサ。でも、奥さんが亡くなったことと大学を辞めることは本当だよ。因果関係は定かじゃないけれど、ほぼ確定みたいなものでしょ」
ふーん、と呟きながら白衣のポケットに入っていたスマートフォンを取り出す。
「未だスマートフォン使っているんだ? 今やとっくにAR技術を利用したスマートウォッチで何でも思うがままなのに」
そう言って彼は左手に装着した時計と思われるディバイスを見せつけた。
スマートウォッチ。簡単に言えば時計以外の機能を持つ多機能時計、とでもいえばいいだろうか。その開発は二〇二〇年前後より飛躍的に発達した。
理由はエルダリアの技術水準向上に伴う企業合併だ。その中でも狙われたのが技術力を持ちながらも世界では脆弱な立ち位置にあった日本国だった。日本は『妖』の出現とそれに伴う被害により国力が疲弊していた。しかし、それを救ったのが世界の警察アメリカだった。実業家出身の彼は、公的な場でこう宣言した。
「日本国を我が国が買い取る」
それは混乱を極めていた世界情勢にさらに痛手となった。最終的に世界はエルダリアを除きほぼ壊滅したわけだが、未だアメリカと日本の『親子』関係は続いている。現在も日本は五十一個目の州という立ち位置でアメリカの事実上支配下に置かれている(エルダリアは国連が統治しているため、その支配関係はあまり関係なくなってしまったのだが)。
「……スマートウォッチは私には合わないわ。それに拡張現実、そいつがどーにも気にくわない」
「気にくわない、って……。それってただ単に受け入れたくないだけじゃ……」
「そうよ。悪い?」
面と向かって言われると何も言えなくなってしまうのが、彼の悪いところだ。
それは他の学生、例えば彼を古くから知る友人など、はよく言っていたのだが、やはり彼は治そうとはしない。治そうとしないというよりも、もう『習慣』として位置づけられてしまっているので治しようがない、とでもいえばいいか。
「……ったく、別にスマートフォンでもスマートウォッチと同じ機能を有しているんだから別に使う使わないは本人の勝手でしょ。……強いて挙げるなら、携帯性くらい?」
そもそも折り畳み式携帯電話などのフィーチャーフォンにとって変わったスマートフォンが携帯性に負けるというのもおかしな話だが。
「ま、それは別に構わないけれど。スマートウォッチのほうが僕は使い勝手が良いだけで」
「……どうせ通販サイトのレビューでも見ながら機種を決めたのではなくて? あれはお金を払ってレビューを書いてもらう仕事とかあったりするから、はっきり言って使い物にならない判断材料だけれど」
「な、なんで君にそーいうところまで特定されなければならないのかな! 別に僕が何を判断材料にしてスマートウォッチの購入を決めたって別に問題ないだろう! それこそ、通販サイトのレビューを見て判断したことは認めるけれど」
「認めるんかい。……まー、いいわ」
スマートフォンを再び白衣のポケットに仕舞うイヴ。
「あれ? 何かするつもりだったんじゃないの?」
「違うわ。バイブが五月蝿いから何事かと思ったらいつものようにクレジットカード会社からのメールだったから全部既読スルーしてやったところ」
「成程。それはとても非創造的行動だ」
そうして彼もまた目線をパソコンの画面へと移していく。
イヴ・エドワード。
佐久間来喜。
二人はこの研究室に在籍している学生だった。そして、二人はそれぞれ卒業を目指すため、人類の発展に貢献するため、日夜研究に励んでいた。
これは、そんな一幕。
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