異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第三百一話 聖戦、東京⑪

「悪魔……か。確かに間違ってはいないだろうよ。しかしながら、あれはほんとうに神の使いなのか?」
「総理とされるお方が、そのような冗談を信じると?」

 秘書は苦笑する。
 しかし、総理大臣は表情を変えること無く、

「……冗談だよ。そんな冗談を信じること自体がそれこそ冗談と言っていい。いずれにせよ、我が国としてどうするか、だな。短期決戦をするとは考えていたが、それはさすがに相手も理解していたということか。あと二十四時間で世界が滅びるなんて、誰も信じられんぞ……。逃げるとしてもいったいどこへ逃げれば良いのだ」
「宇宙に逃げるプランが国連から明示されておりますが、どうなさいますか」
「宇宙、か。しかし宇宙に我々が生き延びることの出来るような惑星があるかどうかといわれると、その可能性は未知数だ。そうだろう?」
「ええ。ですから、可能性は億万分の一とも言われています。しかしながら、滅ぶ可能性が高いこの惑星にしがみついているよりは、種の存続を望んでおります」
「種の存続のために、何千万年と続いた人類の文明をたった一日で手放すというのか!」

 沈黙。
 少しの間続いた沈黙だったが、総理大臣の言葉によって破られる。

「……いや、君に怒りをぶつけても無駄だったな。済まなかったな、忘れてくれ」
「いえ。問題ありません。……ともかく今はこの国の人間を如何すれば良いか、考えなくてはなりません」
「そうだな」

 総理大臣は椅子を回転させ、窓から外を眺める。
 巨大城塞は、そこからも見える程の高さにまで移動していた。

「……あの悪魔は、我々に何をもたらすのか。二十四時間で世界を滅ぼすほどの力……今は単なる脅威に過ぎない。だが、それを手に入れることが出来るとしたら?」
「総理?」
「いや、何でも無い。……きっと人間には過ぎた力なのだろうな」

 総理大臣は再び机に向き直る。
 そうして、ゆっくりと立ち上がり、部屋を後にした。


 ◇◇◇


「……城塞に侵入するのは一筋縄ではいかないでしょうね」

 メアリーの言葉に僕はゆっくりと頷く。しかし同時に、どうすれば良いかという疑問にも襲われた。
 リュージュの城塞の場所が分からないわけじゃない。なぜならリュージュの城塞は宙に浮いている。だから簡単に分かるようになっている。そしてそれは――恐らくリュージュの罠だ。

「きっとリュージュは、私たちを狙っているに違いない。そしてその目的は……あなたよ。フル」
「僕を……だろうね」

 確かに十年前、僕はガラムドの魔導書にあった魔法を使ってオリジナルフォーズを解放してしまった。
 とどのつまり、あの破壊宣言に別の目的があるとすれば――きっとそれは僕たちを狙っているに違いなかった。

「だから今度は対策を練らないと。こっちだってやられてばかりじゃいられない」

 メアリーの言葉には同意だった。
 しかし、それと同時にそこはかとない不安を感じた。今回は僕とメアリー、そしてバルト・イルファの三人。はっきり言ってしまえば即席のパーティだ。

「不安なのか? フル・ヤタクミ」

 しかし、その不安を打破したのもまた、バルト・イルファだった。
 バルト・イルファは、問いかける。

「お前は、何を悩んでいる? どんな単純なことで悩んでいる? 未だお前がやるべきことは終わっていない。いや、これからが最終段階と言ってもいい。リュージュの野望を食い止めること……、それがお前があの世界にやってきた理由じゃないのか?」
「それは……」

 分かっている。
 僕があの世界に召喚された理由。
 予言の勇者――それは『与えられた』役割ロールに過ぎなかったけれど。
 しかしてそれをどう僕が理解し、動いていくか。それは僕自身が決めることだ。

「別にお前がどうしようと、正直僕は構わない」

 バルト・イルファはなおも話を続けた。

「……だが。この世界も、あの世界も……お前が何もしなければ滅んでしまう。もしかしたら時間が経過すれば痺れを切らしてあちら側からやってくる可能性もあるかもしれない。しかし、やってくるのを待つよりもこちらから攻撃を仕掛けた方が有意義だとは思わないか?」
「そうだな。それは、分かっている」
「フル。私たちはもう、とっくに準備は出来ているわ」
「僕もだよ、フル・ヤタクミ」

 僕は目を瞑り――やがて目を開けた。

「行こう。リュージュの城塞へ。逃げも隠れもしない。ずる賢いなんてこともしない。真っ正面からリュージュの野望を食い止めてやるんだ。たとえ、あの放送が罠だったとしても!」

 僕は決心する。
 いや、僕たちは――決心する。
 元々は志が違う仲間だったとしても、リュージュの野望を食い止める。その思いは変わらない。

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