異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第二百九十四話 聖戦、東京④

「……不味いな」

 僕たちはオリジナルフォーズをどうするべきか考えつつも――周囲の状況を確認していた。
 オリジナルフォーズの周囲には、たくさんの区々が存在している。それはこの国の首都である東京の中心にオリジナルフォーズが落ちたのだから当然と言えるだろう。
 そして、とっくに区々にいる人々は避難をしていて、恐らくもうこの周辺で生き残っている人間はいない――はずだ。

「これからどうしましょうか。……フル、あの空を飛ぶ物体は、多分やばいものよね」
「ああ、そうだ。あれは戦闘機といってね、あれを使ってこの世界の人間は空から状態を把握する。そうして、あれは戦闘兵器にもなる。詳細は省くけれど、あそこから爆弾を放つことだって可能だ」

 実際のメカニズムはまた別のものだけれど、そこをとやかく言うと、それはそれで面倒なことになるから言わないでおこう。僕はそう思って空を眺める。
 上空には戦闘機が飛んでいる。きっと今はまだ攻撃をしないのだろう。それは確証のない自信だけれど、案外それは当たっていると思う。
 攻撃よりも先に、偵察をする。
 偵察をすることで、この状態を速やかに把握して理解するために。

「偵察、か……。この世界の人間の知性もそれなりにある、ということか」

 バルト・イルファの言葉に、僕は頷いた。
 いずれにせよ、この状況は打開しなければならない。
 この状況――それは即ち、オリジナルフォーズがこの世界に与えている影響だ。
 メアリーの推測通り、この世界に影響を及ぼす何らかの物質が放たれているとすれば――このまま放置してはいけないし、放置して良い理由にはならない。

「じゃあ、どうする? フル・ヤタクミ」

 バルト・イルファの言葉を聞いて、僕は顔を上げた。
 気がつけば、バルト・イルファとメアリーは僕を見つめていた。
 もしかしたら、僕の声は――彼らにも聞こえていたのかもしれない。

「提示される問題は二つ。凶暴化したルーシー・アドバリーのこと、そしてもう一つがオリジナルフォーズだ。もともとは一つしか無かったわけだが……、シリーズという謎の存在のせいで、こんなことになってしまった。本来ならもっと早く気付くべきだったかもしれないが……、残念ながらそこまでの知恵は持ち合わせていなかった」
「それはもう、今更言うべきことじゃない」

 言い放ったのは、メアリーだった。
 メアリーは悲しそうな表情をしつつも、しかしその目線ははっきりと前を見据えていた。
 だが僕たちにとっての勝利は、オリジナルフォーズの殲滅だけじゃない。
 きっと今も、ルーシーはもがき苦しんでいる。
 彼も、解放しなければならないだろう。

「しかしまあ、簡単にできる話では無いな」

 僕の考えを読んだのか、バルト・イルファは深い溜息を吐いた後、そう言った。

「簡単にできる話だと思っていたのが、そもそもの間違いだよ。フル・ヤタクミ。そもそも君は何を考えているのか分かったものでは無いが、一応言っておくと、君は『預言の勇者』としてあの世界にやってきた。この言葉の意味が分かるか? 結局の所、ルーシー・アドバリーの救済はただのオマケに過ぎない。それだけは肝に銘じてほしいものだね」
「バルト・イルファ……! それでもあなた、」
「人間な訳がないだろう?」

 メアリーの怒りのこもった一言に、バルト・イルファもたった一言で片付けた。
 しかしそれは冷酷であり残酷でありながら、それはもっとも的確な言葉だったといえるだろう。
 けれど、それは――僕にとっては考えたくない選択肢に過ぎない。
 ルーシーを助けない選択肢、だって?
 そんな選択肢、選ぶはずが無いし――選べない。
 だって、ルーシーはずっと旅をしてきた仲間だ。たとえ、彼が僕のことを恨んでいても、僕は助けたい。それが仲間だから。それが友達だから。

「……何となく、君はそう言っても諦めないと思っていたよ」

 バルト・イルファは一歩僕に近づく。
 そうしてバルト・イルファは柔和な笑みを浮かべて、ゆっくりと頷いた。

「フル・ヤタクミ。君はルーシー・アドバリーを助けたい。そう思っている。だが、あれは簡単には助けることは出来ないだろう。なにせ、あれはオリジナルフォーズの遺伝子を強引に埋め込まれたことによって作り上げられた、いわば『メタモルフォーゼした人間』だ。そういう点では僕やロマと同じ存在といえるかな。となると……もう救う術は無い。正確に言えば、彼を人間に戻す術は無い、ということだけれど」
「人間に戻せない……? そんなこと、あるのかよ。それじゃ、ずっとルーシーはあの姿のままなのか!!」
「さて、どうかな」

 バルト・イルファはルーシーを指差す。

「話を聞く前に、君に選択肢を与えようじゃないか、フル・ヤタクミ」
「選択肢? あんた、この場に及んで何をふざけて……」
「はいはい。部外者は黙ってくれ」

 メアリーの言葉を流して、バルト・イルファは首を傾げる。

「ルーシー・アドバリーを助ける方法は確かに存在するよ。けれど、それはとても可能性が低い『おまじない』のようなものだ。成功しないかもしれないし、もし失敗したら、それこそ彼を殺さなければならない。では、それを踏まえて……」

 一息。

「フル・ヤタクミ。君は、ルーシー・アドバリーを救うか? それとも殺すか? なあに、難しい選択肢だからね。ゆっくりと、慎重に選ぶと良い。なにせ、もうこの先戻ることは許されないのだからね」

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