異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第二百九十話 死と新生⑭

「オリジナルフォーズは、いったいどこへ向かおうとしているんだ……」

 バルト・イルファは、オリジナルフォーズが作り出した虚空の暗闇を見上げて、そう呟いた。

「オリジナルフォーズが作り上げたあれは……、闇?」

 いいや、違う。
 ただの闇ではない。
 ただの空間ではない。
 あれは、別の世界に繋がる何か――?
 そうしてそれを感じ取ったのは、フルが一番最初だった。

「バルト・イルファ。もしかしたら、あれは……別の世界へと向かうことの出来る『扉』じゃないか?」
「扉?」
「そうだ。紛れもない、扉だ。もちろん確証はまだつかめていないけれど……、でも普通なら空に穴が空くことはない。そうだろう?」
「それもそうだが……。でも、その先に世界が広がっているとは限らないだろ?」
「と、いうと?」

 バルト・イルファの問いに首を傾げるフル。
 フルはバルト・イルファの言葉を理解していないようで、それを悟ったバルト・イルファは深い溜息を吐いた後、ゆっくりと説明を始める。

「いいか、フル・ヤタクミ。あの穴は確かに有り得ない構造となっている。もしかしたら時空の狭間……とどのつまり、世界と世界の狭間に無限にも広がる『海』へと向かうことが出来るだろう。しかし、その先は? ほんとうにその先は別世界へと繋がっているという証明が出来るだろうか」
「それは、はっきり言ってエゴだろ。見つかるはずもない、そんな証拠」
「だったらフル・ヤタクミ、君が言った仮説も仮説の域を抜けない」

 フル・ヤタクミとバルト・イルファの話し合いは平行線を辿っていた。
 だからこそ、話し合いは終わることがない――と思われていたが、それは強制的に終了せざるを得なくなった。
 理由は、たった一つ。

「着いたぞ、フル」

 浮遊する飛空艇、その一つのかけらに到着したためだった。
 飛空艇は既に崩壊の一途を辿っており、彼らが乗り合わせたのはその分割したパーツの一つ。場所で言うと、船室の一つ。ベッドが無造作に置かれている場所だった。
 そして、そのベッドに横たわる一人の女性。
 それは彼らが良く知る人物だった。

「メアリー……!」

 フルは、その名前を呼ぶと、ホバークラフトから降りて駆けだしていく。
 メアリーはぐったりとしている様子だったが、フルの声を聴いて、目を開けた。

「……フル?」
「メアリー……。大丈夫か? どうしてこんなところに? ルーシーはどうした?」
「おいおい、フル・ヤタクミ。そんな状況でたくさんの質問を投げかけたところで、処理しきれないだろう。……今は、再会出来たことをただ噛み締めておくべきだ」
「バルト・イルファ……。あなた、どうしてフルとともに行動を共にしているわけ?」

 メアリーが先に引っかかったのはそこだった。
 前もバルト・イルファとフルが共に行動している状態を目の当たりにしていたが、しかして彼女がそれに質問することは無かった。出来るタイミングが無かった、と言ってもいいだろう。

「いや、僕は……」
「それは僕のやりたいことと、彼のやりたいことが合致したからだ。目的の合致……、といえば良いかな」

 フルよりも先に、バルト・イルファが答えた。
 バルト・イルファの言葉を聞いてメアリーは首を傾げ、

「どういうこと?」
「これを語ることは……まあ、難しい話かな。簡単に言ってしまえば、一人の少女を救済したい。ただそれだけのことだ。僕にとって、大事な『彼女』のね……」

 オリジナルフォーズはゆっくりと浮かび上がる。
 そしてその姿を、フルたちはただ眺めることしか出来なかった。
 オリジナルフォーズが向かう先には――オリジナルフォーズ自身が作り上げた、虚空の暗闇。

「オリジナルフォーズは……いったいどこへ向かおうとしているんだ?」
「いや、分からない。けれど……きっとあの世界には、君が求めているものがあるんじゃないか?」
「え?」

 バルト・イルファの言葉に、フルは振り返る。

「オリジナルフォーズがこの世界から消える、とすれば……。今度はオリジナルフォーズが向かう世界が危機に瀕する。この世界の人間は平和に暮らすことが出来るだろうけれど、あの世界はどうなるだろう?」
「そんなことを言われても……」

 フルは当惑していた。
 確かに、これによってこの世界が救われたとしても、オリジナルフォーズは完全に消滅したわけではない。僕たちはただ消えてしまったオリジナルフォーズの恐怖から、一時的に逃れることが出来る――ただそれだけのことだった。

「オリジナルフォーズが消えてしまえば……、確かにこの世界は平和になるかもしれない。けれど、それは一時的だと思う。だって、それはあなただって分かるでしょう……?」

 メアリーは、僕の背中を押すように、そう言った。
 メアリーの表情はとても優しいものだった。それはフルがこの世界に初めてやってきた時に見せた、その笑顔のように。
 メアリーはずっとフルのことを心配していた。
 たとえ予言の勇者がこの世界を破壊していたとしても。
 たとえ世界の誰もが彼を非難しようとしても。
 メアリーだけは、彼を信頼していた。彼を心配していた。そして彼の行く末を――案じていた。

「あの先に広がっているのは、いったい何だと思う?」
「バルト・イルファ……。貴様、知っているのか?」

 バルト・イルファは首を横に振る。

「いいや。そんなことは無い。けれど、絶望の化身であるオリジナルフォーズをそのまま別の世界に解き放って良いものか、なんて思っただけのことだよ」

 バルト・イルファが言いたいことは、ずっと分かっている。
 けれど、フルはバルト・イルファがそれを言いたがらないのが、どうにも腑に落ちなかった。
 自分にそれを言わせたかっただけなのか――なんてことを思ったが、今はそんなことはどうだってよかった。
 彼には、たった一つの道しか見えていなかった。

「オリジナルフォーズを倒す。そして、ルーシーも救う」

 彼に与えられた選択肢は、たった一つ。
 ハッピーエンド以外認めない。
 そうして彼は、剣を手に取った。



 その刹那、オリジナルフォーズは――跳躍した。
 正確には既に浮かび上がっていたため、空中を踏みしめて高く跳躍した。
 オリジナルフォーズは真っ直ぐに、飛空艇を目指している。

「不味い……! このままだとぶつかるぞ……!」
「でも、どうすれば! 飛空艇はもうバラバラになっているから、簡単には……」
「とにかくあのホバークラフトに乗り込め! 話はそれからだ!」

 フルは飛空艇に着地していたホバークラフトを指差し、メアリーたちを誘導していく。
 フルとメアリー、バルト・イルファが乗り込むと、メアリーはホバークラフトの扉を閉める。

「フル、どうするつもり!?」
「黙ってて。……ええと、移動魔法『サイト・スイッチ』!」

 ガラムドの書を持ちつつ、彼は呟く。
 同時にホバークラフトは浮かび上がり、それを見たバルト・イルファがハンドルを握る。

「急いで移動するぞ、つかまれ!」

 バルト・イルファの言葉に、フルとメアリーは即座に行動を取る。
 その直後、飛空艇ごとルーシーの身体を、オリジナルフォーズの口へと吸い込まれていった。

「ルーシー!」
「……なぜ、ルーシーを吸収する必要があったんだ」

 思わず叫ぶメアリーと対照的に、どうしてそれをする必要があったのかという疑問を浮かべるバルト・イルファ。
 それはフルも同じだった。どうしてルーシーがオリジナルフォーズに食われなくてはならないのか。そして、そもそも――どうしてルーシーがああなってしまっているのか。

「フル。ルーシーがああなってしまったのは……、『シリーズ』と呼ばれる存在のせいよ」
「シリーズ……」

 フルはメアリーの言葉を反芻する。
 だが、今はそのことについて考える必要は無かった。

「見ろ、フル・ヤタクミ。オリジナルフォーズが……、さらに上へと浮かんでいくぞ!」
「やはり、バルト・イルファの想像は当たったようだな……」

 オリジナルフォーズは、一直線に空へと浮かぶ穴に向かっていき――やがて中へと入っていった。

「どうする、フル・ヤタクミ? これで向かわない理由は無くなったようなものだが」

 バルト・イルファは振り返り、フルのほうを向いてそう言った。
 フルとメアリーは何も言うこと無く、ゆっくりと頷いた。

「それじゃ、向かうとするか。……捕まっていろよ、二人とも!」

 そうしてバルト・イルファが操縦するホバークラフトもまた、空へと浮かぶ穴へと入っていく。




 最後に。
 ホバークラフトを追いかけるように、リュージュの移動要塞もまた穴へと向かっていた。

「リュージュ様、ほんとうにあの穴へ飛び込むおつもりですか?」
「ロマ・イルファ。何を怖気付いているのかしら。あの先に広がっているのは未知なる世界。とどのつまり、あの世界へ向かうことこそ私の使命。オリジナルフォーズも向かったようだからね。向かわない理由は無いわ」
「……そうですか。まあ、ついていかない理由も、私にはありませんけれど」

 そうして、リュージュとロマ・イルファを載せた移動要塞もまた、空へと浮かぶ穴に飛び込んでいく。


 ◇◇◇


 長い暗闇だった。
 ホバークラフトに乗っていたフルたちは、穴の向こうへと抜けると――その光景に驚愕した。
 そこに広がっていたのは、摩天楼だった。
 高い塔、高いビル、飛行機。あの世界には何一つ存在しなかったものが、ここには無数に存在していた。
 バルト・イルファとメアリーは、その光景に見覚えは無い。それは当然だった。
 だが、その光景を唯一知っている存在が居た。
 そうして、彼は、目を丸くさせて――こう呟いた。








「ここは…………東京…………?」


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