異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第二百八十一話 死と新生⑤

 オリジナルフォーズはエネルギーを生み出すことが出来る。
 そしてそのエネルギーが周囲に与える影響は、たとえ微量のエネルギーであっても甚大なものである。

「オリジナルフォーズについて、僕が知っていることはそれほど多くはない。なぜなら、その情報の大半はリュージュ自らが得て、大切に保管していたからだ。しかし、リュージュ自身は誰からその情報を得ていたのかははっきりとしていないけれど」
「……リュージュしか知り得ていない情報があった、ってことか?」
「そりゃ、当然だろう。だって僕たちはリュージュから生み出された。いわば創造主とも言える存在だ。そんな彼女が知らない情報を、どうして僕たちが知り得ることが出来るのか? 逆に質問してみたいくらいだよ」

 バルト・イルファの言葉ももっともだった。
 確かに彼の言うとおり、その言葉が正しいのであれば、という補足を追加してしまうことにはなるのだろうが――リュージュ以上にオリジナルフォーズのことを知っている人間などいないだろう。
 そう、人間であれば――の話だが。

「リュージュが得た情報は、はっきり言ってこちらからは正しいかどうかは判別できない。何故か、って? 簡単なことだろう。ともかく我々はその情報のソースを知る権利は無いんだ。権利が無いということは、知り得ることが出来ないということになる。即ち、リュージュが話した内容こそが真実。皆、自ずとそう感じるようになったということだよ」
「……とどのつまり」
「洗脳だね。それに僕たちは気付いていたし、或いは気付かなかったものもいたかも知れない」

 洗脳。
 自分よりも情報をもっている存在というのは、確かに操られても仕方ない。或いは優位に立つことができる上では重要なことだといえるだろう。
 問題はその『洗脳』をいざ始めてしまったら、いつまでも続けなくてはならないというものになってしまうわけだけれど。

「……でも、リュージュはきっとそんなことを気にするほどの存在ではなかった。というか、気にしていたら今のような地位に立つこともできなければ、そんな望みを果たそうとも思わないと思うよ。全ては『なるべくしてなった』ってことだろうね」
「……でも、リュージュはほんとうにそれを狙っていたのか?」
「愚問だね。間違いなく狙っていただろう。それどころか、それよりも大きなものを狙っていたに違いない」
「それは……?」
「神の地位だ」

 バルト・イルファは簡潔にそう言い放った。

「君もとっくに知っていることだと思うけれど、リュージュは神の血をひいた存在だ。祈祷師はそういう血統だから、それは火を見るよりも明らかなのだけれど、彼女はそれを嫌ったのだろうね」
「嫌った……?」
「自らの存在よりも、血統だから、祈祷師だから、といったバックボーンばかり見られるようになったということさ。もともと、彼女は祈祷師の親を持っていたし、彼女が祈祷師になったのも『なるべくしてなった』と周りからは言われていたらしい。なんやかんやで、最年少で王国お抱えの祈祷師になるなど、『天才祈祷師』とも呼び声は高かったんだけれどね」

 それを聞くまで、僕はリュージュはただのエゴイストだと思っていた。
 自分のことしか見えていない。自分のことしか考えていない存在。それがリュージュだと、勝手に思い込んでいた。

「つまり、リュージュもリュージュでいろいろと思うところがあったわけだよ。それを誰がどう思うかは別として。彼女も彼女なり悩んで生きてきた。しかしながら、彼女は不器用過ぎた。あまりにも長く生き過ぎて、生きていくことに不器用になってしまった。その結果が……」
「ああ、だって言うのか?」

 正直、バルト・イルファは色眼鏡で見ているのだと思った。
 だからこそ僕は否定の論調から入った。

「まあ、きっと気になっているのだろうけれど、それは間違いでも何でも無いんだよ。結局の所、リュージュの命令を誰も疑うことを知らなかったのは、きっと洗脳されていたからではなくて、本能的に彼女の命令に従おうと思っていたからかもしれない」
「それは、バルト・イルファ……。君も、なのか?」

 その問いに、バルト・イルファはゆっくりと頷いた。

「でも。それはやはり……」
「信じられないかい。まあ、それも良いだろう。どちらにせよ、今僕たちが話し合うべき課題はそんな簡単なものではなくて、どちらかといえば、もっとビッグなスケールの話だろう。マクロな話題とでも言えばいいか」
「ミクロだがマクロだがどうだっていいが、その話題転換については賛成だ。僕たちが今からやるべきことに比べれば、リュージュの生い立ちなど小さいことに過ぎない」

 僕は自らを奮い立たせるために、そう言い放った。
 そうしてしまった方が楽だと思ったからだ。
 そうしてしまわなければ、何も始まらないと思ったからだ。

「……しかしまあ、君も変わった人間だよね。だから予言の勇者なんて呼ばれているのかもしれないけれど」

 バルト・イルファは小さく溜息を吐いて、首を横に振った。
 呼ばれているのかも、というか呼ばれたのは此方だし今でもどうやって元の世界に戻ればいいのか分からないのだが、それをバルト・イルファに言ったところで何も解決するはずが無いので、とにかく今は口を噤むだけだった。
 それしかすることが、出来なかった。

「ホバークラフトはまだ使えるか?」
「まだもなにも、僕たちはここに来てから一時間も経っていないはずだぞ。だから燃料も十分残っている。どうしたんだ、いったい。その言い方だとまるで数ヶ月は経過していたかのような物言いだけれど」

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