異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第二百七十九話 死と新生③

「上位の存在……?」

 僕は、バルト・イルファの言葉を反芻する。
 別に今言った発言が、バルト・イルファがすべて考えたものではないことは確かだ。紛れもなく、リュージュが自らの思想をバルト・イルファたちに伝えるために発言したものであるだろうし、僕とバルト・イルファが聞くタイミングでは知識も環境も異なる。
 とはいっても。
 バルト・イルファの発言をある程度理解しておかなければ、今後リュージュと戦う上でどうしていけばいいかというヒントを得られる可能性だってあるわけだし、もう少しバルト・イルファとも歩幅を合わせることが出来るかもしれない。
 そう思って僕は、バルト・イルファの話を確実に理解するために、噛み砕きながら聞いていく。

「この世界には、創造神が居ると聞いた。それは、この世界を監視している存在であり、管理している存在であり、完成させた存在であるという。けれども、その存在により僕たち……それはリュージュも含むし、誰だって該当しない人間はいないらしいのだけれど、まあ、実際の所、僕はそこまでその話を細かく気にすることはなかった」
「創造神」

 僕は、直ぐにある存在を思い浮かべた。
 それは二千年前の過去に出会った、自らを創造神と位置づけた不思議な存在。
 それは二千年前の過去に出会った、人間のように見える、しかしながらその力は欠く仕切れていなかった存在。
 ムーンリット・アート。
 創造神は二千年前の過去で、滑稽に笑みを浮かべていた。
 創造神は二千年前の過去で、人間の行動に失笑していた。

「……そう。創造神。彼女はそう言っていた。彼女曰く、この世界の生きとし生けるものは、創造神により生き方を定められている、と。そしてそれを僕たちが知ることも出来ないし、仮に知るタイミングを得たところで、それを回避する術は無い。それは残念なことだ、と言っていた」
「でも、それを苛めたところで何の意味も見いだせていないような……」
「そんなことには気付かない。それほどに、リュージュの勢力は彼女の力に飲み込まれていた」
「飲み込まれていた……?」
「簡単に言えば、彼女はカリスマ的存在だった。どれくらい強いカリスマだったかと言われれば、説明に苦しむところはあるけれど一つだけ例示するならば、彼女が『死』を命じれば全員躊躇無く自らの命を絶つことが出来るだろう。それくらいに彼女は一つの宗教を作り上げていた、といっても過言では無いだろう」
「……リュージュが『十三人の忌み子』を研究していたのは何故だ?」
「創造神は、生きとし生けるものの生き方を管理している。それは即ち、創造神より下の存在が創造神と同じ役割を持つことが許されていなかったからだ。けれど、リュージュはあるとき神世から存在する伝説の法具を見つけることが出来た」
「法具?」
「知恵の木の実……聞いたことはあるだろう? 『惑星の記憶』をエネルギーとして充填した法具だ。あれを使うことにより、禁忌と呼ばれていた魔術を容易に実行することが出来るようになった。その一つに……人体改造が含まれていた」
「人体……改造?」

 気がつけば僕は、ずっとバルト・イルファの言葉を反芻するだけとなっていた。
 バルト・イルファが敵じゃなく、味方だからこそこの状態になることが出来るのかもしれない。

「僕たち十三人の忌み子には三つのプロジェクトが同時に進行していた。一つは上位世界へ具体的に侵攻するための手段を求めるため、一つは創造神と対等な知力を持つ存在を生み出すため、そしてもう一つは……創造神と戦う際の戦力を身につけるため。まあ、残念ながら最初の二つはどちらも計画途中で頓挫して、六名の『実験体』が残された」

 バルト・イルファはどこか悲しそうな表情でそう言った。
 僕はずっとこの話を聞いていたから表情まで確認していなかったのだが――もしかしてバルト・イルファにとってこの話はとても辛い話なのでは無いだろうか?

「実験体に……バルト・イルファにロマ・イルファ、そして……ルイス・ディスコードが残っていたのか?」
「まあ、そうなるね。最終的に『適合』したのは僕とロマだけ。ルイスも合成獣キメラ化に成功したけれど、はっきり言ってぱっとした能力までは保有していなかった。だからリュージュもそれを理解していたのだろうね。ルイスは何度も自分の能力が如何に使えるかプレゼンテーションをしていたけれど、それも失敗に終わった。結局、『火』の元素と『水』の元素をそれぞれ身体に取り込みメタモルフォーゼした僕とロマが選ばれた」
「メタモルフォーゼ……?」
「メタモルフォーズ化したことを、メタモルフォーゼと言う。覚えておいて損は無いと思うよ。ま、専門用語だから使う場所を間違えると意味が無いけれど。昔の言葉では、TPOって言うのかな?」

 一息。
 バルト・イルファはつまらなそうな表情にチェンジして、さらに話を続ける。

「ここで何も気付かないのかい?」
「何も、気付かない……? …………あ!」

 数瞬の間を空けて、僕はバルト・イルファの言葉にゆっくりと頷く。

「メタモルフォーズは……人間が作り出すことが出来るのか……?」
「ご名答。と言っても、僕がそういう答えを出せるように誘導していたのだから、そういう結論になるのは自明だったけれどね」

 メタモルフォーズは自然にできあがった。そんなことをどこかで聞いたことがある。二千年前の過去を追体験した時だったと思うけれど、一万年以上昔の世界では核――もっともこの世界には核という技術は無くて、きっと僕の居た世界と同等の科学技術を有していたのだろうけれど――を使った何らかの実験が行われていたのでは無いかということ。そうして、それによってもともと複数の生命体だったものが一度高温で身体ごと溶かされたのち、融合を遂げた。そしてその融合体はDNAごと大きく構成を変化させ、メタモルフォーズへと姿を変えた……確かそんな感じだったと思う。
 しかし、バルト・イルファの話だとそれは大きく食い違うことになる。それとも、メタモルフォーズを人工的に作り出すことの出来る技術を、リュージュが開発したということになるのか?

「リュージュはオリジナルフォーズを解放すること、それこそが上位世界への扉を開く術だと考えていた。この世界はエネルギーの総量が常に一定になっており、キャパシティも決まっている。そしてそのキャパシティをオーバーフローする時、上位世界への扉が開かれる。どこから得た情報なのかははっきりしなかったけれど、リュージュはその情報を信じていた。だからオリジナルフォーズの復活を第一目標としていた」
「ちょっと待てよ。それだとまだバルト・イルファがメタモルフォーズだという理由にはならないぞ」
「君もオリジナルフォーズと戦って、あの膨大なエネルギーを見知っているだろう?」

 十年前の記憶を思い起こす。
 直接戦ったわけでは無いけれど、オリジナルフォーズから感じるエネルギーは壮大だった。
 勝てるのか、と思ったほどだった。とっさに畏怖の感情が浮かび上がるほどだった。

「オリジナルフォーズについて調べた結果、オリジナルフォーズはエネルギーを生み出す炉のようなものを自らの体内に保持していることが分かった。それと同時に、オリジナルフォーズの周囲はハイダルクやスノーフォグの自然とは大きく異なる生態系が構築されていることも、ね。そこでようやくリュージュたちは理解したのだろう。オリジナルフォーズは、封印されていてもなおエネルギーを生み出しており、そのエネルギーは周囲の自然に影響を与えるほどだと」

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