異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第二百五十七話 偉大なる戦い・決戦編㉒

「……声を聞いたことを、なぜあなたはお伝えしなかったのですか?」

 その声のトーンはいつもと変わらないようで、どこか末恐ろしさも感じられる。

「伝えなかったことに、何かデメリットがあるんですか?」
「無いわけではありません。しかし……、声を聞いたならば話は別。もっとやることが出来る。今までの考えだったら、ただの白兵戦となったわけですが……。でも、それはある意味チャンスと言えるかもしれませんね」
「チャンス?」

 急に方向転換し始めたので、いったい何を言い出したのかと思っていたが――。

「分からないのですか? ならばお伝えしましょうか。あなた、神からの言葉を……なんと聞きましたか?」
「え……?」

 ストライガーから急に話を振られたため(もっとも、ずっと話に加わっていたため『急に』というのは間違っているだろうが)、一花はストライガーの言葉を聞き返そうとしていた。
 けれど、ストライガーは言い返すことなどせず、ただじっと一花を睨み付けていた。
 その光景はまさに、蛇に睨まれた蛙。
 怯えている一花の様子を見て、何もしないことなんて出来るわけが無かった。

「……ストライガー、もうそれ以上やめたらどうだ。一花が怯えているだろう?」
「あなたは口出ししないでください、風間修一。今は彼女と話をしているのです」
「しかし……!」
「しかし、ではありません!」

 ぴしゃり、と一喝されてしまった。
 たじろぐ自分。一花のほうを見ると、僕とストライガーのほうを交互に見ている。
 明らかに困惑している様子だった。
 はっきり良って、この状況は好ましくない。子供にとって、一番信頼しているであろう存在である親に頼ることの出来ない状況――それは子供から見れば崖から突き落とされたライオンのようなものだと思って良いだろう。まあ、あれは親心で突き落としたものだから若干違う考えなのかもしれないけれど。
 それはそれとして、少なくとも今は一花にこんな姿を見せるわけには行かない。
 一花の前では、頼れるような存在でなければ――!

「ねえ、話してくれないかしら?」

 ストライガーはとっくに僕から目線をそらしていて、一花にロックオンしていた。
 一花は僕を見つめていた。ほんとうは助けてあげたい。けれど、ストライガーに一喝されてしまった以上、そう簡単に手出しを出来ない。
 僕は――弱い人間だ。
 そう実感せざるを得ない、そんな状態だった。
 一花は、なおもじっと僕を見つめていたが、やがてストライガーに視線を移し、ゆっくりと口を開いた。

「……分かりました。話します。声は、空からの声は、こう言いました。私に授けられた『祈りの力』を使って、世界を救え。為すべきことのために、その力を使え……と」

 ぽつり、ぽつり、と。
 ゆっくりと一花は言葉を紡いだ。
 それを聞いた時は安堵した気持ちと同時に、ストライガーへの怒りも募っていた。
 そこまでして、世界の意思を確認したかったのだろうか? 一花の意思は気にしないで、一花の意思は無視して、世界の意思を確認しなければならなかったのだろうか。
 ストライガーは一花の話を聞いて、数回頷くと、

「成る程ね。ということは、あなたの力を使えばオリジナルフォーズを鎮める……いいや、或いは完全に消滅させることも叶うかもしれない」
「おい。何を言っているんだ……?」

 僕は、嫌な予感がしていた。
 嫌な予感、というよりも胸騒ぎ。
 僕はこの戦いの顛末を知っている。ラドーム学院で習ったから、ある程度は教科書に掲載されていたから。
 確かこの戦いの結末は――、ガラムドがオリジナルフォーズを封印させて終わらせたはずだ。
 ならば、一花はやはり、ガラムドということになるのか?

「……簡単な話ですよ」

 ストライガーの言葉を聞いて我に返る。

「祈りの力。それによって、仮にオリジナルフォーズの力を無効化出来るならば……、それを使ってみる価値はある。そうでなければ、そんなことを世界の意思として認めないはずですから」
「でも、それは……。ストライガー、君はそれを信じるのか?」
「何をですか?」

 ストライガーは質問を質問で返すのが得意らしい。
 はっきり言ってご勘弁願いたいタイプだが、そんな好き嫌いを言っている場合でも無い。
 そしてストライガーは矢継ぎ早に言葉を口に出した。

「あなたは信じていないんですか?」
「…………は?」
「だから、あなたは、彼女の言葉を信じていないんですか? 親であるあなたが、娘である彼女の言葉を信じていないのか、と。そう言っているのですよ」
「そんなこと、あるはずが……」

 あるはずがない。
 なぜなら一花は僕の娘だからだ。
 正確には、僕ではなく風間修一の娘にあたるわけだが。

「理由は分かりきっているじゃないですか。とどのつまり、そういうことですよ。あなたが信じる。そして私はあなたと、彼女を信じたわけです。そこに言葉の齟齬はありません。認識の乖離はありません。そうでしょう?」

 それを聞いて、しばらく僕は呆然としていた。
 しかし、言葉を理解した後は何か反応しないといけないと思ったが――それよりも先に、思わず笑みが零れた。

「何がおかしいのですか」
「いや。ストライガー、君も案外人間っぽい感情を抱いているんだな、と。そう再認識しただけだ」
「当たり前です。私は人間ですよ?」

 そういうことを言っているんじゃない。
 ただ、さっきまでのやりとりが機械的なものだったから――実はロボットなんじゃないか、なんてことを考えていただけの話だ。
 まあ、それについてはストライガーには言っていないし、言わなくても良いことだと思うけれど。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品