異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第二百八話 偉大なる戦い⑨
そのあとは特に何も無かった。
家に帰って仕事をすることは無いし、家でのんびりと過ごすだけ。
平和な日常は、争い事が起きないから大好きだ。あの世界は大きな争いは無かったが、正義を突き詰めるためにはどうしても排除せねばならない悪が出てきてしまっていたから、どうしても排除する必要があった。
しかし、この時間軸ではそれは有り得ない。そんなことをするような、そんなターゲットになり得る悪人は居ないということだ。
しかしながら、そんなことが問題となっているわけではない。
問題はもっと根底にあることだろう。
この世界を救うために――僕はやってきたと言われている。
しかし今は別の事件を解決へと導けとガラムドに言われた。
ならば――『勇者』とはいったいどのような存在なのか?
僕はそれが未だに解らなかった。
僕がこの世界にやってきた理由は、この世界を救うためだということを考えていた。
しかしそれはあくまでもこの世界に僕を召喚した誰かに問いかけたわけではない。
問いかけたところで、解答があるとも思っていない。
そもそも答えがあるかどうかも解ったものではない。
だから僕は、今までずっと誰にもこの質問を投げることはできなかった。
「僕はいったい――なぜ生きているんだ?」
その質問に、堪えられる人間なんて――どこにも居やしなかった。
◇◇◇
ガラムドはその様子をテレビのようなモニターを通して眺めていた。
彼女が居るのは、かつてフルと会話をしていた闇の空間ではなく、黒を基調とした一つの部屋だった。
ソファに腰掛け、ティーカップを持ちながら、彼女はただモニターを見つめている。
「……ガラムド様、いかがされましたか?」
そこにやってきたのは、いかにも異形だった。
黒く細長い腕をうねうねと揺らしているその存在には、顔が無かった。もっと言えば、手も足も無かった。身体の全体がそのコードのような細長い何かで出来ていた。頭は電球のような丸い球体で、白のつばが広い帽子を被っていた。身体全体が黒になっているからか、頭部の白が妙に際立っている。
いったいどこに口があるのか解らないが、それでもそれははっきりと話している。
ガラムドが視線をそちらに向けると、その何者かは腕にティーポッドを持っていることに気付いた。
「ん、どうした。『ジャバウォック』……もしかして、ティーカップの中身が気になったのかな?」
その言葉を聞いてコクリと頷くジャバウォック。
ジャバウォックはさらに話を続ける。
「ええ。そのティーカップの中身は、もしかしたらもう空ではないか、と思った次第です。実際のところ、かなり遊ばれている様子に思えますので」
「……まあ、その通りよ。よく解ったわね、ジャバウォック。実際は、このタイミングをあまり見逃したくなかった……ということもあるけれど」
「予言の、勇者ですか?」
「ええ。彼には頑張っていただかないとなりません。そうでないとこの世界がうまく回らない。本来であれば神である私がもっと介入出来ればいいのですが……それはルールの問題ですから、叶いませんね。私みたいに辺境の世界の神ごときが何とか出来るような内容ではありませんから」
「……私ももう少し、関われるような立場であればいいのですが」
顔を少し俯かせるジャバウォック。しかしながらその顔は存在しないから、ジャバウォックがどのような表情を示しているかどうかは、ガラムドですら解らなかった。
紅茶をティーカップに注いでもらい、彼女は香りを嗅ぐ。
「……うん、いい香りですね。いつもの香りです」
ガラムドはそう言ってふうふうと息をかける。熱い紅茶を冷ますためだ。出来ることならばそんなことはせずに飲んでしまいたい彼女だったが、こればっかりは仕方ないことだった。
そしてガラムドはその紅茶を一口飲み、机に置く。
用事を済ませたはずのジャバウォックは未だ彼女の隣に立っていた。
それを見て違和感を覚えたガラムドは首を傾げる。
「……どうしたのですか、ジャバウォック?」
ジャバウォックは、その問いに答えない。
ただ俯いているだけだ。
そしてジャバウォックはモニターを遮るように、彼女の前に立った。
「ちょっと、ジャバウォック。モニターが見えないわよ。それとも、何か私に用事が残っているのかしら?」
なおも、ジャバウォックは答えない。
さて、再掲しよう。
ジャバウォックの表情は誰にも読み解くことはできない。――それは例え、管理者たるガラムドであったとしても。
刹那、ジャバウォックの腕がガラムドの身体を貫いた。
「が……は?」
白いワンピースが真っ赤に染まっていく。
それを見たジャバウォックは、なおも無表情を――正確に言えばどの表情をしているかどうか解らないだけだ――貫いている。
ガラムドは動こうと、抵抗しようともがく。
しかしそれは傷を広げるだけに過ぎず、彼女の身体から血が噴き出すだけだった。
ジャバウォックはゆっくりと腕を高く上げていく。腕に貫かれたガラムドとともに。
ガラムドはもう身動きをとることが出来ず、ひゅーひゅーと息を上げるばかりだった。
家に帰って仕事をすることは無いし、家でのんびりと過ごすだけ。
平和な日常は、争い事が起きないから大好きだ。あの世界は大きな争いは無かったが、正義を突き詰めるためにはどうしても排除せねばならない悪が出てきてしまっていたから、どうしても排除する必要があった。
しかし、この時間軸ではそれは有り得ない。そんなことをするような、そんなターゲットになり得る悪人は居ないということだ。
しかしながら、そんなことが問題となっているわけではない。
問題はもっと根底にあることだろう。
この世界を救うために――僕はやってきたと言われている。
しかし今は別の事件を解決へと導けとガラムドに言われた。
ならば――『勇者』とはいったいどのような存在なのか?
僕はそれが未だに解らなかった。
僕がこの世界にやってきた理由は、この世界を救うためだということを考えていた。
しかしそれはあくまでもこの世界に僕を召喚した誰かに問いかけたわけではない。
問いかけたところで、解答があるとも思っていない。
そもそも答えがあるかどうかも解ったものではない。
だから僕は、今までずっと誰にもこの質問を投げることはできなかった。
「僕はいったい――なぜ生きているんだ?」
その質問に、堪えられる人間なんて――どこにも居やしなかった。
◇◇◇
ガラムドはその様子をテレビのようなモニターを通して眺めていた。
彼女が居るのは、かつてフルと会話をしていた闇の空間ではなく、黒を基調とした一つの部屋だった。
ソファに腰掛け、ティーカップを持ちながら、彼女はただモニターを見つめている。
「……ガラムド様、いかがされましたか?」
そこにやってきたのは、いかにも異形だった。
黒く細長い腕をうねうねと揺らしているその存在には、顔が無かった。もっと言えば、手も足も無かった。身体の全体がそのコードのような細長い何かで出来ていた。頭は電球のような丸い球体で、白のつばが広い帽子を被っていた。身体全体が黒になっているからか、頭部の白が妙に際立っている。
いったいどこに口があるのか解らないが、それでもそれははっきりと話している。
ガラムドが視線をそちらに向けると、その何者かは腕にティーポッドを持っていることに気付いた。
「ん、どうした。『ジャバウォック』……もしかして、ティーカップの中身が気になったのかな?」
その言葉を聞いてコクリと頷くジャバウォック。
ジャバウォックはさらに話を続ける。
「ええ。そのティーカップの中身は、もしかしたらもう空ではないか、と思った次第です。実際のところ、かなり遊ばれている様子に思えますので」
「……まあ、その通りよ。よく解ったわね、ジャバウォック。実際は、このタイミングをあまり見逃したくなかった……ということもあるけれど」
「予言の、勇者ですか?」
「ええ。彼には頑張っていただかないとなりません。そうでないとこの世界がうまく回らない。本来であれば神である私がもっと介入出来ればいいのですが……それはルールの問題ですから、叶いませんね。私みたいに辺境の世界の神ごときが何とか出来るような内容ではありませんから」
「……私ももう少し、関われるような立場であればいいのですが」
顔を少し俯かせるジャバウォック。しかしながらその顔は存在しないから、ジャバウォックがどのような表情を示しているかどうかは、ガラムドですら解らなかった。
紅茶をティーカップに注いでもらい、彼女は香りを嗅ぐ。
「……うん、いい香りですね。いつもの香りです」
ガラムドはそう言ってふうふうと息をかける。熱い紅茶を冷ますためだ。出来ることならばそんなことはせずに飲んでしまいたい彼女だったが、こればっかりは仕方ないことだった。
そしてガラムドはその紅茶を一口飲み、机に置く。
用事を済ませたはずのジャバウォックは未だ彼女の隣に立っていた。
それを見て違和感を覚えたガラムドは首を傾げる。
「……どうしたのですか、ジャバウォック?」
ジャバウォックは、その問いに答えない。
ただ俯いているだけだ。
そしてジャバウォックはモニターを遮るように、彼女の前に立った。
「ちょっと、ジャバウォック。モニターが見えないわよ。それとも、何か私に用事が残っているのかしら?」
なおも、ジャバウォックは答えない。
さて、再掲しよう。
ジャバウォックの表情は誰にも読み解くことはできない。――それは例え、管理者たるガラムドであったとしても。
刹那、ジャバウォックの腕がガラムドの身体を貫いた。
「が……は?」
白いワンピースが真っ赤に染まっていく。
それを見たジャバウォックは、なおも無表情を――正確に言えばどの表情をしているかどうか解らないだけだ――貫いている。
ガラムドは動こうと、抵抗しようともがく。
しかしそれは傷を広げるだけに過ぎず、彼女の身体から血が噴き出すだけだった。
ジャバウォックはゆっくりと腕を高く上げていく。腕に貫かれたガラムドとともに。
ガラムドはもう身動きをとることが出来ず、ひゅーひゅーと息を上げるばかりだった。
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