異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第二百七話 偉大なる戦い⑧

「使徒……」

 僕は木隠から言われたその単語を反芻する。別に今まで使徒のことを知らなかったわけではない。しかしながらそれはあくまでも『風間修一』の記憶や知識を流用しているだけに過ぎず、寧ろ僕自身としては何も知らなかった。
 使徒。
 もともと『大神道会』と言われる宗教団体の崇敬対象であった彼らは、滅多に外に姿を出すことは無い。
 そんな彼らが初めて直接手を差し伸べたのが、僕たち『旧時代からの旅人』だった。
 なぜそう名付けられているのかと言えば、それは名が体をなしている。もともと僕たちはこの世界では無い別の世界から集団転送されたのだと考えられているからだ。
 風間修一の記憶を掘り起こしてみると、彼がこの世界にやってきたのは約二年前のことだったという。家族総出で謎の機械(機械がどのようなメカニズムで動き、どういう効果を発揮するかまでは明らかとなっていない。簡単に言ってしまえば、『その機械に身体を埋めれば必ずや救われるだろう』と教え込まれたのだということしか解らなかった)に入っていたところをこの世界の人間が扉を開放したことでやってきたということだった。
 この記憶だけを判断材料にすれば、目覚めた時間とこの世界に飛ばされた時間はイコールではない可能性だって充分に考えられる、ということになる。
 そして僕たち『旧時代からの旅人』をどうするか人々は手を拱いていたようだったが――そこにやってきた救世主こそが使徒であった木隠だった。

「……話を戻させてもらうけれど、おぬしはいずれにせよそれを断ることなど出来ぬ。なぜなら、おぬし以外は誰も引き受けることは無いからな」
「それも、神のお告げとやらですか?」
「さて、どうかな」

 冗談を言ったつもりだったが、流されてしまった。
 木隠は湯呑を持ち、傾けつつも僕に視線を移した。
 話したい内容は――どうせ決まっている。

「さあ、どうするかね。風間修一。おぬしがリーダーにならない、という選択肢も確かに存在するだろう。それはおぬしが断固拒否することだ。しかしながら……さっき私が言った通り、誰も出来ない。誰も引き受けることは無い。何故ならあまりにも責任重大過ぎるからだ。……当然だろうな、指示を間違えてしまえば最悪この世界の人間が根こそぎ死にかねない」
「……それならば、実質選択肢はないということだろ」
「そうとも言うな」

 木隠はニヤリと笑みを浮かべる。その笑みは妖艶な笑みだったが、実際には何か含みを持たせたような――或いは何か考えているのではないか、そう思わせるような笑みだった。
 選択肢はない――か。
 だとすれば、駄々をこねることなくさっさと答えてしまったほうがいいだろう。
 僕はふとガラムドが言っていたことを思い出す。


 ――試練を達成するためには、『偉大なる戦い』を終了まで導くこと。


 上等だ。
 ガラムドがそういうなら――こっちだってその考えに大いに乗っかってやる。物語がどう進行しようと構わない。
 まずは手探りで、この世界を解き明かしていく必要がある。あまりにも知識が足りない。その現状をどうにかいい方向にもっていくためには、それしか手段が無かった。

「……それで? どうしますか?」

 木隠の言葉を聞いて、我に返る。
 木隠は僕の顔を見て首を傾げていた。どうやら心配してくれているようだった。……それが良心によるものか自分の計画で僕が必要としているから心配しているのかどうかは定かでは無いが。
 そして、僕はゆっくりとそれに頷く。
 それしか今――何も残されていないのだから。


 ◇◇◇


「おかえりなさい。……木隠さんは何を言っていたのかしら?」

 家に帰ったら玄関で待ち構えていた秋穗が僕に質問してきた。
 そういえば秋穗が出発する前に「何があったのか聞かせてくださいな」とか言っていたか。すっかり忘れていた。これで……うーん、何と伝えればいいだろうか。実際のところ、まんまのことを話してしまうとなんて反応されるか想像できなかったからだ。
 仕方ない。取り敢えず反応が怖いけど、ここは正直に言ったほうがいいだろう。嘘を吐いたところでどうせばれてしまうのは目に見えているのだし、ここで何かあったほうがいい。悪いことは後回しにしないほうがベストだ。

「実は……、」

 そう切り出して、僕は木隠から命じられた任務について話し始めた。



「素晴らしいことじゃない。一瞬隠すような表情を見せたから、いったい何があったのかと思ったわよ」

 秋穗はすべて話を聞き終えたところで、そう言った。
 僕はそう言われるとは思わなかったから、目を丸くしていた。
 そして、秋穗は僕のその反応を見て、首を傾げる。たぶん彼女もまたどうしてそんな反応をしているのか、という思いを抱いていることだろう。

「あら? どうしたの、そんな変な表情をして」
「いや。……まさかそんな反応をされるとは思わなかったからさ。もしかしたら、君に勝手に判断したから怒られるかな、とか……」
「私はそんな短気な性格じゃないわよ」

 そう言って秋穗は踵を返す。
 それを見て、僕は家の中へと入っていった。

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