異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百九十五話 泡沫の日常②

 それを聞いた北谷は笑みを浮かべながら、俺に問いかけてくる。

「お? なんだ、やっぱりお前も気になっているんじゃないか。興奮してくるんだろ? 転校生というパワーワードに」
「よせよ。僕はお前とは違う」
「俺を変人扱いするなよ!」

 そんないつも通りのやり取りを繰り広げているさなか、始業時刻を知らせるチャイムが鳴り響く。
 と同時に、このクラスの担任である来栖川先生が入ってきた。
 来栖川先生は赤いジャージを着た女性教員だった。別にこの学校で女性教員なんて珍しい話ではない。忙しいように見えるけれど、部活の顧問も幾つか掛け持ちしているそうだし、しかしながら疲れを見せていない。完璧なキャリアウーマンと言ったところか。
 僕は急いで北谷の前にある席に腰かけた。別に何かを用意する必要は無いからな。

「はーい、みなさん。さっさと着席しなさい。……さてと、今日は、薄々感づいているかもしれないけれど、転校生を紹介します。喜べ、男子ども! 転校生は女子だ!」

 そう言って来栖川先生は教壇を叩く。
 それを聞いた男子学生の盛り上がりといったら絵に描いた餅のようだった。え? 何を言っているのか解らないって? 気取らないで直接的表現で伝えろ、と。成る程、なら簡単に伝えてやろう。今、男子学生と女子学生のテンションには雲泥の差がある。男子学生が天国でクロールしていると思いきや、女子学生はそれを地獄から眺めている――うん。何というか、説明しているうちにテンションの説明が上手く出来なくなってきた。まあ、要は男女の差というのはこういうものか、という話だ。これが逆に男子が転校生だったらある程度テンションの差は逆になっていたと思う。

「よし、それじゃ、入ってきていいぞ」

 教室の引き戸が開かれたのは、ちょうどその時だった。
 入ってきたのは、少女だった。それもとびっきり冠に美という漢字がつく感じの。
 茶色い髪をショートカットにさせ、指定制服であるブレザーを可憐に着こなしている。どこか落ち着かない様子を示しているのは、緊張している証拠だろうか。
 まあ、この時点で男子学生たちの心はがしっと鷲掴みにしているわけなのだけれど。

「あ、あの……はじめまして。私は、木葉秋穂といいます。ええと……、お父さんの仕事の関係でこっちに引っ越し的ました。……ええと」

 やはり緊張しているようだ。所々言葉に詰まるところがある。
 しかしそんなことは男子学生にはマイナスになることはない。寧ろポイントとしてはプラスになっていることだろう。なぜそんなことを言ったかといえば、さっきちらりと後ろを振り向いてみたら北谷がさわやかな笑顔で木葉さんを見つめていたからだ。何というか、お前それ気持ち悪いぞ?
 まあ、それは男子学生全員に言える話なのかもしれない。僕はというと、その自己紹介を一つ距離を置いた目で見つめていたわけだが。

「……さて、それでは席は……古屋! お前の隣でいいな?」

 いいな、ってそこしか空いていないじゃないですか。選択の余地無し、ってやつだ。
 そういうわけで半ば強制的に木葉さんは僕の隣にある空席――これは三か月前に転校した奴の名残だ――に腰掛ける。
 おどおどとした様子で僕を見ると、木葉さんは言った。

「えと……よろしくね? 古屋くん」
「ん? ああ、よろしく」

 僕は軽く挨拶を交わした。
 あとは簡単な業務連絡が来栖川先生から伝えられて、そのままなし崩し的に一時間目の授業へと突入していく。
 ええと、一時間目の授業は――国語だったな。教科書とノートを出して……。

「あ、あの。古屋くん?」

 そのタイミングで木葉さんが僕に訊ねてきた。

「どうしたの?」
「実は……まだ教科書が届いてなくて、今日だけ教科書を見せてほしくて……」

 そう言われてみると木葉さんの机上にはノートと筆記用具しか置かれていなかった。
 成る程ね、道理でいつまで経っても教科書を出してこないと思ったら――。
 僕は仕方ないと思い、机を近づけてその隙間に教科書を挟み込む。

「これでどうだい?」
「ありがとう。……ええと、もしかしたら解らないことが多々あるかもしれないけれど……」

 ちらりと見つめる木葉さん。天然なら、かなりのジゴロな気がする。……ジゴロって男性だけに使っていい単語だったか? まあ、それは別に関係ないのだけれど。

「まあ、聞いてくれればいいよ。もちろん、僕にも解らないこともある。それについては了承してほしいけれど」
「ええ、解っています。……ありがとうございます」

 大分緊張も解けてきたのか、話口調も自然になってきたように見える。尤も、その『自然』とはいったいどれを指すのか解らないと言えば解らないけれど。
 そうして、一時間目の授業は――少々の波乱が生まれながらも始まるのだった。

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