異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第百八十九話 神殿と試練②
神殿の形がようやく見えてきたのは、それから一時間程経過したときだった。
高台にある神殿は、切り開かれた森の奥地にあった。だから、バリアが解放された今ならば外からの侵入は難しくないだろう。
しかし、バルト・イルファが陸から向かおうと言ったことと、そもそも乗り物をホバークラフトしか持ち合わせていない僕たちにとっては陸路をただ進むしかその手段が無かった――ということだ。
「……これなら、空路を進むことの出来る乗り物で最初からやってくればいい話じゃないか? あのホバークラフトは結局祠に放置している形になっているわけだし……」
「それもそうだけれど、それについては申し訳ないと思っている。……君も知っている通り、あのビルにはもう資材が殆ど無くてね。使える乗り物もあれくらいしか無かった。あとは専門の整備士が居ないからメンテナンスなんて出来ないし」
メンテナンス、ね。
それはどこまでほんとうなのかは解らないけれど、しかしながらバルト・イルファの発言以外信じられるソースが無い以上、彼の言葉を信じるしかなかった。
「メンテナンスがどこまで信用できるかどうか解らないけれど、まあ、それについては仕方ない。いずれにせよ、目的地には到着したのだから。……神殿に入ればいいんだろ?」
僕たちの目の前には、神殿の姿がはっきりと見えていた。
石造りで出来たそれは、自然公園と見紛う程の水と緑が多い場所に忽然と姿を現していた。十年前の災害で世界が全体的に荒廃していたというにも関わらず、ここだけ時間が十年前と変わらないような雰囲気を漂わせていた。
そして入口には対になって少女の石像が二つ設置されている。ワンピースのような服を身に纏った長髪の少女だった。今にも動き出しそうなほどリアルだったが、どことなく見覚えがあるようにも思えた。
「それはガラムドを象ったものだね。……とはいえ、実際に見たことのある人間が作ったものではないと思うけれど。何せガラムドは二千年以上前にこの地にやってきたと言われている。しかしながら、この神殿が作られたのは千年ほど前だ。ということは、ガラムドを見た人間が作ったとするならば、とっくに千年以上は生きている人間、ということになるからね。いくら祈祷師でもそこまで長生きは出来ないだろう」
「……成程。一理ある」
そうして僕たちは神殿の中へと足を踏み入れる。
神殿の中は質素なつくりだった。滾々と湧き出る泉があるくらいで、あとは石板が幾つか置かれているだけ。神殿というくらいだから何かが祀られているということもあるかと思ったが、そんなことはまったく見られなかった。
「……これが、ガラムドの神殿……? 力の解放って、どうやって行うんだ?」
「ううん……。それが解れば苦労しないよ。まあ、何とかいろいろと調べてみるしかないね。とはいっても、何かできそうなのは、」
バルト・イルファが指さしたのは、中央にある泉だった。
「あそこに念じてみるとか、何かしてみるのが一番じゃないかな?」
泉。
その目の前に立って、そこから泉の底を眺める。何か濁っている様子も見られないのに、底まで見通すことは出来なかった。恐らく相当深い泉なのだろう。きっと、ここに落ちてしまったらひとたまりもない、そんな気がする。
泉を見つめていると、そこに映し出されている自分の姿が揺らめいているのが見えた。
「……ここに何かあるのか?」
「解らないよ。けれど、オブジェクトはこれだけだ。これ以外何かあるか解らないけれど、先ずは解っているものから潰していかないと進まないだろう?」
「それもそうだが……」
泉の水を眺める。
そのまま見つめていると吸い込まれてしまいそうな――そんな感覚に襲われる。
そう、吸い込まれそうな――。
その直後だった。
僕の身体が、ふいに何かに引っ張られた。
「おい、フル・ヤタクミ!!」
バルト・イルファは直ぐにそれに気づいて、僕を起き上がらせようとする。
しかし、その手は間に合うことなく――僕は泉の中に引き込まれていった。
◇◇◇
「……いたた」
気が付けば僕は、眠っていたようだ。それにしても、眠っていた、とはどういうことだろうか? 確かについさっきまでバルト・イルファと一緒に神殿の謎を調査していたはずだったのに――。
「目を覚ましたようね」
と、そこで――声が響いた。
その声を聴いた瞬間、今まで目の前に広がっていた闇が、急激に晴れたような感覚に襲われた。
それは『感覚』だけではなく、実際に闇が晴れていたということを示していた。
闇は消え、目の前には青空が広がっている。そして自分が今草原に寝転がっていることに気付いた。
起き上がり、辺りを見渡す。そこは花が咲き誇る草原だった。どこまでも広がる青空、草原……まるでそこにあるものすべてが幻想ではないかと思うくらいだ。
「……そんなところに居ないで、こっちに来たらどうかな?」
声が、再び聞こえる。
優しい風が、頬を撫でた。
その声の主を、見つけるために――僕は立ち上がり歩き始める。
高台にある神殿は、切り開かれた森の奥地にあった。だから、バリアが解放された今ならば外からの侵入は難しくないだろう。
しかし、バルト・イルファが陸から向かおうと言ったことと、そもそも乗り物をホバークラフトしか持ち合わせていない僕たちにとっては陸路をただ進むしかその手段が無かった――ということだ。
「……これなら、空路を進むことの出来る乗り物で最初からやってくればいい話じゃないか? あのホバークラフトは結局祠に放置している形になっているわけだし……」
「それもそうだけれど、それについては申し訳ないと思っている。……君も知っている通り、あのビルにはもう資材が殆ど無くてね。使える乗り物もあれくらいしか無かった。あとは専門の整備士が居ないからメンテナンスなんて出来ないし」
メンテナンス、ね。
それはどこまでほんとうなのかは解らないけれど、しかしながらバルト・イルファの発言以外信じられるソースが無い以上、彼の言葉を信じるしかなかった。
「メンテナンスがどこまで信用できるかどうか解らないけれど、まあ、それについては仕方ない。いずれにせよ、目的地には到着したのだから。……神殿に入ればいいんだろ?」
僕たちの目の前には、神殿の姿がはっきりと見えていた。
石造りで出来たそれは、自然公園と見紛う程の水と緑が多い場所に忽然と姿を現していた。十年前の災害で世界が全体的に荒廃していたというにも関わらず、ここだけ時間が十年前と変わらないような雰囲気を漂わせていた。
そして入口には対になって少女の石像が二つ設置されている。ワンピースのような服を身に纏った長髪の少女だった。今にも動き出しそうなほどリアルだったが、どことなく見覚えがあるようにも思えた。
「それはガラムドを象ったものだね。……とはいえ、実際に見たことのある人間が作ったものではないと思うけれど。何せガラムドは二千年以上前にこの地にやってきたと言われている。しかしながら、この神殿が作られたのは千年ほど前だ。ということは、ガラムドを見た人間が作ったとするならば、とっくに千年以上は生きている人間、ということになるからね。いくら祈祷師でもそこまで長生きは出来ないだろう」
「……成程。一理ある」
そうして僕たちは神殿の中へと足を踏み入れる。
神殿の中は質素なつくりだった。滾々と湧き出る泉があるくらいで、あとは石板が幾つか置かれているだけ。神殿というくらいだから何かが祀られているということもあるかと思ったが、そんなことはまったく見られなかった。
「……これが、ガラムドの神殿……? 力の解放って、どうやって行うんだ?」
「ううん……。それが解れば苦労しないよ。まあ、何とかいろいろと調べてみるしかないね。とはいっても、何かできそうなのは、」
バルト・イルファが指さしたのは、中央にある泉だった。
「あそこに念じてみるとか、何かしてみるのが一番じゃないかな?」
泉。
その目の前に立って、そこから泉の底を眺める。何か濁っている様子も見られないのに、底まで見通すことは出来なかった。恐らく相当深い泉なのだろう。きっと、ここに落ちてしまったらひとたまりもない、そんな気がする。
泉を見つめていると、そこに映し出されている自分の姿が揺らめいているのが見えた。
「……ここに何かあるのか?」
「解らないよ。けれど、オブジェクトはこれだけだ。これ以外何かあるか解らないけれど、先ずは解っているものから潰していかないと進まないだろう?」
「それもそうだが……」
泉の水を眺める。
そのまま見つめていると吸い込まれてしまいそうな――そんな感覚に襲われる。
そう、吸い込まれそうな――。
その直後だった。
僕の身体が、ふいに何かに引っ張られた。
「おい、フル・ヤタクミ!!」
バルト・イルファは直ぐにそれに気づいて、僕を起き上がらせようとする。
しかし、その手は間に合うことなく――僕は泉の中に引き込まれていった。
◇◇◇
「……いたた」
気が付けば僕は、眠っていたようだ。それにしても、眠っていた、とはどういうことだろうか? 確かについさっきまでバルト・イルファと一緒に神殿の謎を調査していたはずだったのに――。
「目を覚ましたようね」
と、そこで――声が響いた。
その声を聴いた瞬間、今まで目の前に広がっていた闇が、急激に晴れたような感覚に襲われた。
それは『感覚』だけではなく、実際に闇が晴れていたということを示していた。
闇は消え、目の前には青空が広がっている。そして自分が今草原に寝転がっていることに気付いた。
起き上がり、辺りを見渡す。そこは花が咲き誇る草原だった。どこまでも広がる青空、草原……まるでそこにあるものすべてが幻想ではないかと思うくらいだ。
「……そんなところに居ないで、こっちに来たらどうかな?」
声が、再び聞こえる。
優しい風が、頬を撫でた。
その声の主を、見つけるために――僕は立ち上がり歩き始める。
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