異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百七十七話 神殿への道⑧

「……報酬?」

 ルーシーは首を傾げた。
 表ではそんなことを思っていたが、裏では不味いと思っていた。さっきからずっとハンターは契約のことを気にしていた。契約ということは何らかの代価を支払わなければならない。それは当たり前のことだし、出来ればそれを踏み倒したい気分だった。けれど、ハンターの実力が未知数である以上、ギャンブルに打って出るわけにもいかない。だから、ハンターがその発言をしてくるまで様子を見るつもりだった。
 ハンターは艶めかしい目つきをして、話を続ける。

「ルーシー。あなたがどう考えているか今の私には理解できないけれど、まさか、報酬を渡さない腹積もりでいるのならばそれは諦めたほうがいい。契約をした以上、利益を求めるのは当然のこと。フィフティ・フィフティじゃなくなってしまうからね。そう思うでしょう? あなただって」
「……そうだね」

 ここでルーシーは諦めることにした。
 何を諦めたというと、報酬を払わない――つまり踏み倒すことを諦めた、ということだ。
 そんな状況でもなお、まだフルを殺したい気持ちがあるということだった。

「じゃあ、報酬だけれどさ。まあ、別に終わってからでいいよ。それに、そんな莫大な要求をするつもりもない。単純な話に過ぎないからね。それだけでいいのさ」

 くるくると踊るように回って、ハンターは言った。
 ハンターはルーシーが何を考えているのか、理解しているのかもしれない。いずれにせよそれを察されないようにするのが、今の彼の考えかもしれないが。

「……あなたの寿命を、ほんのちょっとだけ欲しいのよ」
「ほんの……ちょっと?」
「そう。ざっと十年くらい?」

 十年。人間の寿命がだいたい八十年と言われているから、その八分の一と言ったところだろうか。さらに、今の彼はに十歳となっているから残りの寿命という数字で考えれば残り六分の一が失われることとなる。
 いずれにせよ、その十年の価値を彼が正しく理解しているか。それがハンターの報酬の決め手になるだろう。

「……十年、か。まあ、それで僕の望みがかなうというのならば、安いものかもしれないな」

 ルーシーは笑みを浮かべて、ハンターを見つめる。
 ハンターはルーシーが報酬を与えてくれることを当然だと思っているのか、柔和な笑みを浮かべていた。それはルーシーと同じような表情にも見えるし、少しだけ悲壮感を漂わせているようにも見えた。

「それじゃ、交渉成立で構わないね。いや、良かったよ。もし君がここでダメとか言ってきたら、それはそれで問題になっていた。交渉は決裂、契約も取り消していたところだった。私にとって君と契約することは大変有難いことだったけれど……、やっぱり報酬がないことにはね、何も始まりやしない」

 歌うようにハンターは言った。
 そうしてハンターはルーシーに右手を差し出す。

「それじゃ、向かいましょうか。あなたの望む未来と、私の望む未来。その結末へ。あとはどうなるかあなたには解っているかもしれないけれど……、あなたは何もしなくていい。あとはすべて、私が成し遂げるだけなのだから」

 そして、ゆっくりとハンターの姿は消えていった。


      ◇◇◇


 飛行船はゆっくりと神殿に向かって動いていた。
 飛行船自体は自動運転が可能となっているため、操縦室に誰も居ないとしても動かすことは可能だ。
 ルーシーもハンターとの会話を終えてから客室を改造した彼の部屋へと戻り、ベッドに潜っていた。
 眠気はあったにしても、眠ることは出来なかった。
 それはハンターがほんとうにフルを殺してくれるか――それについて気になって仕方なかったからだ。とはいえ、いざ実際それを依頼した以上、ハンターも実行してくれるだろうと、そう信じるしか無かった。

「いずれにせよ……」

 ルーシーは考えていた。神殿に到着するまで数時間はある。とはいってもハンターと会話を重ねたことにより、その時間も限られたものとなってしまっただろう。おそらく夜明けと同じタイミングで神殿の祠に到着するはず――ルーシーはそう試算していた。
 だからこそ。
 ルーシーはこれからを考えているうちに、寝ている暇はないのではないかと考えるようになった。
 当然といえば当然の考えだろう。
 ハンターが正確にフルを殺してくれるなんて、そんなことはあまり考えられない。
 というよりもルーシーはずっと違和感を心の中に抱き続けていた。
 それは、どうしてフルを殺すということをハンターは了承してくれたのか、ということについて。
 ルーシーの記憶が正しければ、ハンターは利害が一致しているから協力するといった。しかし、であるならば、その利害とは何か? リュージュの手先であるという可能性は考えられないのか?
 もちろん、ルーシーはそれも考えていた。だからこそ、ハンターにはそのことを質問していた。
 ハンターは明確にそれを答えることはしなかった。正確に言えば、うまくごまかしたといえばいいだろう。
 それが彼にとって疑問だった。本当に信じてよかっただろうか、ということだ。
 しかしながら、今の彼にはもうそれしか縋るものがなかった。いわゆる、藁をも縋る思いでハンターを頼った――ということだ。彼女がタイミングよく登場したことも、その一因と言えるかもしれないが。

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