異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百七十六話 神殿への道⑦

「予言の勇者を殺すことと、彼女に嫌われること。それなら、まあ、後者を外したい気持ちも解る。そして、そのために私は居るのだから。それを理解していないようだな?」

 ハンターの言葉にルーシーは頷くことしかできなかった。
 ハンターはルーシーがそういう反応をするだろうと事前に予測しておいて、そしてルーシーはそのまま想定通りの行動をとった。それはハンターにとっては想定内であり、ことを進めるにはちょうどよかった。
 だから、ハンターはシナリオに沿って話を続けていく。

「ルーシー。そのために私と契約したのだろう? 予言の勇者に心を奪われている女性が妬ましい。けれど、その予言の勇者を殺すにも、どこかに消し去るにもそう簡単な話ではない、ということだ」
「そうだ……。そうだけれど、それをどうにかできるというのか、ハンター。君にはそれを成し遂げることが出来るというのか」

 ルーシーの言葉を聞いてハンターは微笑む。

「当然だ。私を誰だと思っている。……まあ、それについてはいずれ話す機会がやってくるというもの。先ずは、それについて話す必要があるだろう。その問題をどう解消すればいいか。そして、それは私なら実行することが出来る。要は、アリバイをどうにかすればいいだけの話だよ」
「アリバイ……。そういうことか、僕が居る状態ではフルを殺すなんてことは出来ない。つまり、僕とメアリーが一緒に居る状態で君がやる、と」
「そういうことだ」

 ハンターの言葉を聞いて、少しだけ胸が高鳴るルーシー。
 彼が考えていたのは、未来。フルが居なくなった後の、メアリーとルーシーの未来。その思い描いている未来は彼にとってのハッピーエンド。それでいて、フルにとってのバッドエンド。考えるたびに少しだけフルにとって申し訳ない思いがこみ上げてくるが、そんなことは今の彼にとってどうでもよかった。実際問題、フルは別世界からやってきた人間だ。さっさと元の世界へ戻る方法を見つけて帰ってしまえばいい。そう思っていた。

「だが、問題は殺すタイミングだ」
「問題があるのかい?」
「この世界をもとに戻さなくてどうする。その場で殺してしまっても構わないが、問題はそのあと。この世界をもとに戻すためにはオリジナルフォーズを封印する必要があるのだろう? そして、封印をするためには予言の勇者が必要となる。とどのつまり……」
「おい、どういうことだよ。それじゃ、あの神殿では殺すことが出来ない、ってことじゃないか」

 ルーシーは一歩前に立つ。それはハンターに対する怒りと焦りを示しているようにも見えた。実際のところ、ルーシーはさっさとこの計画を終わらせてしまいたかった。そして、自分の手を使うことなく実行できるならば、その方法であとは結果を待つだけ――ルーシーはそう思っていた。
 にもかかわらず、ハンターはそれを否定した。
 ハンターはいったい何を考えているのか――今の彼にはさっぱり理解できなかった。
 溜息を吐き、ハンターは話を続ける。

「簡単に説明しようか。先ず、今の世界をどうしていきたい。このままで、フルを殺してしまって、メアリーと混沌なる世界を生き延びていくか。もしくは世界を元に戻すまでフルを生かしておいてそのあと殺すか。選択は君の自由だ。どちらでも構わないよ。ただし、決断は一度きり。おそらくその二つのタイミングでしか予言の勇者を殺すことは出来ない」
「……それ以外のタイミングは考えないほうがいい、ということだな?」

 こくり、と頷くハンター。
 ハンターの言葉を聞いてルーシーは考える。ハンターから言われた二つのタイミングは、確かにフルを殺すうえではタイミングがいいかもしれない。
 しかしながら、出来れば早いうちに殺してしまいたかったルーシーは、ベストなタイミングとしては神殿で殺してしまうほうがいいと思っていた。それならば、そのあとのケアでうまくメアリーとやっていけるだろう――そんな考えを張り巡らせていたからだ。
 対して、世界を元に戻してから殺すとなると、そこではすでにメアリーとの恋愛感情が確立されかねない。そうしたら仮にフルをその段階で殺したところで、メアリーの意志は揺るがない可能性がある。ルーシーはそう考えていた。それは、十年間ずっとフルを追い求めていたメアリーの執念からも感じ取れることだった。
 ならば、どうすればいいか。
 答えは、とっくに出ていた。

「……ハンター、前者だ。殺してしまうなら早いほうがいい。神殿で向かい討つ。そして攻撃はハンター、君に頼む。それならば、何の問題も無い。まあ、世界を救うこともあるかもしれないが、オリジナルフォーズを封印したあとでフルを殺したとしても、きっとそれは手遅れだろうな。そうなったところで、仮にフルを殺しても無意味だ」
「……奇遇だねえ、ルーシー。私もそう思っていたよ。もしかしたら私たち、けっこう気が合うのかもしれないな?」
「よせよ、そんなつもりはない」

 そう、あくまでこれは契約だ。ただの契約に過ぎない。ハンターがフルを殺してしまえば、そこで契約は終わり。あとはこちらから身を引けばいい話だった。

「それじゃ、報酬の話だけれどさ」

 ハンターはふいにそんなことを言い出した。

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