異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百六十三話 終わりの世界、始まりの少年⑩

 光の神殿。
 それはメアリーが言った言葉だったが、ルーシーもまたその言葉は数か月前から知っていた。もっといえば、それがどこにあるのかということまで理解していた。
 光の神殿はガラムドが育った場所に建てられた神殿だ。正確に言えば、ガラムドの墓を取り囲むように作られているそれは、神殿も含めて巨大な墓所のようになっている。
 神殿にはガラムドの力が封印されていることが古い文献から判明し、その力を求めるだろうと予測したメアリーたちはそこへ向かおうと考えていたのだが――。

「でも、あそこに向かうことはできなかったはずだ。そうだろ、メアリー」

 それを聞いたメアリーはゆっくりと頷いた。

「ええ、そうよ。あそこには、普通の人間は行くことができない。そもそも、もともとあの神殿は『ガラムド教』の本拠地があった場所。城下町という言い方は間違っているかもしれないけれど、神殿に神官たちガラムド教のトップが住んでいて、それを崇拝する人々が住む形となっていた。……おかげで今じゃ『復った』人だらけよ。まったく、そういうことを考えたことはできないでしょうけれど」

 ガラムド教は今でこそ散り散りになってしまっているが、かつては光の神殿を中心として確固たる王国勢力を作り上げていた。王国ではない別の勢力として語られていて、町に入るとその国の法が適用されない。治外法権、という言い方が一番正しいかもしれない。
 強固な勢力を作っていたガラムド教だったが、今では『復りの刻』になると多くの人型が存在する空間になり果ててしまった。

「だが、あの神殿に向かうには空からじゃ不可能だ。……向かうとしたら、どうにかして地上を通っていくしか方法がない。それは君だって知っているだろう?」

 その言葉にメアリーは頷く。
 ルーシーの言葉の通りだった。光の神殿は山の上に建てられている。しかしながら、その周辺は山脈が連なっていることと気流の関係上空から向かうことができなかった。向かうとしたら長い山道を歩く必要がある。
 昼の時間は問題ないだろう。しかし、夕方になれば『復り』が始まる。そうなってしまっては絶望の境地といっても過言ではない。その場を乗り切るのは並大抵の実力を持った人間では不可能だろう。

「行くとしたら僕とメアリー、それにレイナも行けるだろう。はっきり言って、この船の戦闘員はそこまでレベルの高いものではない。それは君だって理解しているだろう?」
「当り前じゃない。私はこの船を束ねているのよ。それくらい理解していないで、何が船長よ」
「そう言ってもらえて何よりだ。そうでなければ、この船を任せた人たちに顔向けできないからな」
「それはあなたに関係ないでしょう? ……というのは、愚問だったね。とにかく、フルをどうにかしないといけない。それはあなたにだって解っていることだと思うけれど、私としては光の神殿に到達させてはならない。そう思っていた。だから、フルを……」
「ここで手放したくなかった、だろ?」

 ルーシーの言葉を聞いて、俯いていたメアリーは顔を上げた。
 ルーシーは目を細めて、どこか悲しそうな表情をしたまま、

「知っているよ。それくらい。僕たちはどれくらい一緒に過ごしてきたと思っているんだよ。どれくらい共にいて、どれくらいフルをどうやって、世界をどうやって復興させようか考えたか。それくらい、解って当然だろ」

 ルーシーの言葉を聞いて、メアリーは何度も頷いた。

「ありがとう、ルーシー。やっぱりあなたと一緒にここまで来れてよかった」
「それくらい当たり前だ。フルを助けるため、そして何よりも世界を救うためだ。そのくらい、どうってことはないよ」

 そうして、二人の会話は終了した。


 ◇◇◇


 メアリーの部屋を後にしたルーシーは一人考え事をしていた。
 それは彼女のことについて。そしてフルのことについて。
 彼はずっとメアリーを十年間支えてきた。フルが敵に捕まってしまい、オリジナルフォーズが復活してしまい、それでも――彼女はずっとフルのことしか見ていなかった。
 もっといえば、十年間ずっと傍にいたルーシーのことなど気に留めていなかった。

「……メアリー、ずるいよ。確かにフルのことは大切だけれど……」

 ルーシーは焦っていたのか、爪を噛む。
 しかしながら、苛立ちを隠しきれないところで何かが始まるわけでもなかった。
 だからといって、このままメアリーがフルにずっと一直線で進んでいくのも、ルーシーにとってみれば気分の良いものではなかった。
 ならば、どうすればよいか。

『……辛いねえ』

 声が聞こえた。
 その声は、彼の頭の中に直接響く形だったが、しかしながら、彼はすぐにそれがどこかに居るのではないかと探し始める。周辺を見渡しても、当然ながら誰も出てこない。

「どこだ。誰だ、どこにいる」
『目の前。目の前にいるじゃないか』

 そういわれて、ルーシーは正面を向く。
 そこに立っていたのは――否、正確には浮いていたのは――一人の少女だった。
 黒いワンピースに身を包んだ少女は、八重歯を見せつけるように笑みを浮かべていた。そして嘗め回すように、ルーシーの身体を睨み付けている。

「……お前は、いったい何者だ」

 ルーシーの問いに、つまらなそうな表情を浮かべて、少女は言った。

『私は、「シリーズ」。かつて、世界をはじめから作り上げた神が、世界の次に作り上げた存在のうちの一つだよ。ま、それを考えると人間の先輩にあたるのかもしれない。今は分け合ってこんな姿をしていて、なおかつこの世界にやってきたわけだけれど……。どうだい、ルーシー・アドバリー。私と手を組まないか?』
「手を……組む、だと? そんな、得体のしれないお前とか?」

 ルーシーが怪訝な表情と疑問を浮かべるのも当然だった。見たことのない、敵か味方かも解らない存在を簡単に信じるわけにもいかない。
 先ずは、話をきっちり聞く必要がある――そう思って、ルーシーは少女を見つめていた。

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