異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百五十九話 終わりの世界、始まりの少年⑥

 扉を抜けたその先に広がっていたのは、すべてが赤で覆われた世界だった。

「これは……」
「これは新しい世界の始まり、その第一歩とも言われている。色々な呼び名があるけれどね、例えば『復りの刻』、例えば『ニュー・エイジ』、例えば『エリクシル』……。その名前はたくさん存在しているけれど、正体は一つだけ。はっきりと決定している」
「それは、いったい……?」
「構成要素は人間のそれと変わらない。つまり、もともとは人間だった、ということだよ。その意味が理解できるかな? まあ、別に理解しなくてもいいけれど」
「……オリジナルフォーズが人間を液状化させた、ということか?」
「その通りだ。オリジナルフォーズが放つ息吹ブレス。それに触れた瞬間、人間やその他もろもろの……『膜』とでも言えばいいのかな。それが破裂するらしい。中身は内臓とか血液とかそういうものがあるのだけれど、その膜が壊れてしまうと、動物は液体と化してしまう。液体の名前は何というのかは解らない。ただ、その液体はどのような構成であるかははっきりとしないけれど、人間や動物の構成成分がぐちゃぐちゃに混ざってしまったようなもの……そう言われているよ」

 オリジナルフォーズが、これをやった。
 それを聞いてもなお、僕はオリジナルフォーズが何をしでかしたのか、理解できなかった。
 いや、それ以上に。
 この世界に何が起きているのか、その一つでも収集出来れば……と考えていたが、はっきり言って手に入った事実のスケールが大きすぎた。だから直ぐに理解することが出来ない、と言えばいいだろう。
 それを見ていたのか、バルト・イルファは小さく溜息を吐いて、

「あれを見るがいい」

 そして右手を上げると、遠くのどこかを指さした。
 そこは空を突き抜けるような赤い光が大地に突き刺さっているようにも見えた。

「あれは……」
「あれが、オリジナルフォーズが眠りについている場所、『封印の地』だ。あの場所はオリジナルフォーズが眠りについてから十年間、常に光が空に伸びている。理由ははっきり言って理解できない。オリジナルフォーズの墓標なのか、それを示すモニュメントなのか。それとも、オリジナルフォーズを忘れないように、という警告を示しているのか……。色んな人間が説を唱えていたが、それでも真実は解らない」
「墓標……」

 墓標であれば、ほんとうにいいことなのかもしれないが。
 僕はそんなことを思いながら、改めて光の柱を眺める。まるでそれは十字架のようにも思えた。
 あれを、オリジナルフォーズを、僕はどうすればいいのだろうか。
 それをずっと考えながら、空をぼんやりと眺めていた。
 世界がすべて赤に染まっている光景は、はっきり言って異質だった。世界は十年前の風景そのものだったから、数か月生きてきた世界の様子が今もフラッシュバックする。
 けれど、色はすべて赤になっていて、人が生きている気配も見られなかった。

「……本来であればこの場所も『復りの刻』でダメになってしまうところだった。けれど、それをサリー・クリプトンが何とかした。やっぱり、もともとASLに勤務していただけはあるよ。優秀だ。あんな錬金術師がリーダーで表舞台に出ないことは間違っているかもしれないというのに、それでも彼女は表舞台に出ようとしない。彼女曰く、リーダーはほかに居ないから、と言っていたか」
「サリー先生が、そんなことを……?」
「彼女はとても悔やんでいるそうだよ。かつて、学園を守れなかったことが。いや、それ以上に生徒を守ることが出来なかったことについて。……最初、僕と彼女が出会ったときは、怒り狂って僕に襲い掛かってきたのを覚えている。けれど、そんなことをしても無駄だと宥めた。僕も捨てられた。彼女も道が無かった。ならば、互いに手を組もうじゃないか、と。それから、僕と彼女、それとルチアが組んでこの組織が生まれた」

 バルト・イルファは僕のほうを見て、話を続けた。

「その組織の名前はオーダー。シグナルとは一線を画した、『世界の再興』を望む組織のことだよ」




「むしろ、この世界において大量絶滅は珍しい話ではない。進化を促すことだってある」

 バルト・イルファと僕は再び屋内へ戻ってきた。また古びた通路を歩きながら、バルト・イルファは言葉を紡ぎだす。

「この星の歴史はとても長い。その中でも大量絶滅と進化の繰り返しが歴史の蓄積になっていることは一目瞭然だ。生命……それは人間もそれ以外の動物も含まれる話だけれど、それらはすべて環境に適応して生きていかないといけない。生きていくために環境を変えていくのではない。変わっていく環境に適応していく必要があるわけだ。だけれど、人間は環境に適応出来なかった。正確に言えば、環境に適応出来る人間が少なかった。ただ、それだけに過ぎない」

 淡々とした調子で、バルト・イルファは結果を述べた。

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