異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百三十九話 目覚めへのトリガー⑨

 僕はリュージュを見て、ある一つの感想を思い浮かべていた。
 狂っている。
 リュージュの考えは生物学的から見ればタブーなのだろう。人間は人間を作り出すためには、子宮という体内にある保育器を通してではないとダメだと言われている。まあ、それはあくまでも僕の世界だけの話になるのかもしれないけれど。
 でも、リュージュの話を聞くところによると、恐らくそれはこの世界でも変わらない倫理観であると思う。

「……心を手に入れることができたのは僅かに二人だけ。一人はメアリー、そしてもう一人は……」

 ゆっくりと動き始めるリュージュ。
 それを見ていた僕はその後を追った。
 この事実を、僕は知る必要があるのだろう。知ることによって、リュージュを倒すための手掛かりになるかも入れない。そう思ったから。
 リュージュの進む先には階段があった。下りる階段だ。ここが地上何階か地下何階かも解らないけれど、少なくともその下りる階段は相当深い場所に下りていくように見えた。
 階段を下りていくと、一つの部屋にたどりついた。
 部屋の壁にはいたるところにパイプが繋がっていて、そのパイプは部屋の奥にある大きな椅子に集中していた。
 その椅子には、一人の女性が静かにこちらを見つめていた。
 その女性もまた、いろいろなパイプが繋がっており、そこから動くことが出来ないようになっている。

「……彼女の名前はベル。メアリーとベル、双子で生まれた彼女たちは、先ずメアリーにその資格があったから、メアリーを器にしようと仕立て上げた」
「器?」
「メタモルフォーズの王としての器、よ。オリジナルフォーズのDNAを注入することで、人間がメタモルフォーズを操作することが出来る。これは非常に画期的で、私の目的にとって非常に優位なものだった。まあ、オリジナルフォーズを操作することは出来ないけれどね。流石にそこまで優秀ではないから」
「にもかかわらず……、お前はオリジナルフォーズを復活させようと……?」
「言葉を慎みなさい。ええ、そのとおりよ。私はオリジナルフォーズを復活させる。そして、オリジナルフォーズを使って世界をリセットする」

 リュージュの発言は、やはり何度聞いても理解できる思想では無い。
 相容れないと言ってもいいかもしれない。その考えは、きっと狂人の考えであり、その考えは世間一般にとっては明らかに間違っている思想であることは容易に想像出来る。

「彼女の力は、世界のどこにいても通ずることの出来る……ということははっきり言って言い難い。今もまだ、どちらかといえば、この辺りとその周辺しかメタモルフォーズを操作出来ない。あくまでもこの力は不完全な力なのよね。残念なことに」

 深い溜息を吐いたのち、僕のほうを向く。
 そして僕の顎に手を取って、くいと上に上げる。

「だから、そのためにもあなたが必要ということなのよ、予言の勇者。あなたがオリジナルフォーズを復活させるための魔法を使ってくれれば、オリジナルフォーズさえ復活すればあとはベルの力をオリジナルフォーズ経由で世界中に届ければいい。ここだけの出力で補うにはとんでもないエネルギーが必要だ。ただでさえ、常に知恵の木の実のエネルギーを供給しているのだから」
「……意地でも僕に魔法を使わせようという算段なのだろうけれど、そう簡単に従うとでも思っているのか?」

 その言葉を聞いてリュージュは舌打ちする。

「どうやらまだ、何も解っていないようね。あなたの立場はどういう立場なのか解っているのかしら?」
「……、」

 僕は何も言えなかった。
 言えなかったからこそ、くやしかった。今の自分の立場を明確に思い知らされた。
 でも、それでも。
 僕は言わなかった。僕は言いたくなかった。
 その魔法を知っているからこそ、どうなるかを解っているからこそ。
 僕はその魔法だけは口にしないと――心に決めていたのだった。


 ◇◇◇


 リュージュは焦っていた。
 どうやって予言の勇者にその魔法を使わせるかどうか――それが彼女の中で一つの苦難となっていた。
 オリジナルフォーズを復活させることで、自動的に彼女の目的は達成できる。
 だが、その直前で彼女の計画は頓挫寸前まで追い込まれてしまった。

「……どうすればいいのかしら。あの予言の勇者に、魔法を使わせるには」
「お困りのようだね?」

 そう言ったのは、バルト・イルファだった。
 バルト・イルファは椅子の背もたれに手をのせて、首を傾げる。

「話を盗み聞きしてしまったようで申し訳ないですけれど……、どうやら予言の勇者にいかにして魔法を使わせるか、それについて考えているようですが?」
「え、ええ。そうね。予言の勇者は梃子でも魔法を使わないようだし。どうすればいいかしら……。まさかここまで精神が強いとははっきり言って思わなかったし」

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