異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百三十五話 目覚めへのトリガー⑤

 一人だけに出くわすならばまだ何とかなるかもしれない。目くらましや背中を向けて逃げてしまえばいい。ただそれだけの話だ。あの三人のうち一人だけと戦闘になったとしても、きっと今の実力じゃ倒すことは出来ない。
 問題は束になってかかってきたとき。イルファ兄妹にリュージュも追加されてしまえば勝ち目はない。素直に負けを認めるしかないだろう。……そのとき、それを素直に受け入れて捕虜としてくれるかどうかはまた別の話だけれど。一度逃げた捕虜を何も罰さずにもう一度捕虜として牢獄に閉じ込めることは、まあ、普通の感性であれば難しいことだろう。

「……じゃあ、どうすればいい」

 どうやって、ここから脱出すればいい?
 僕は何度も思考をめぐらせて、考えていく。どうすればこの絶海の孤島から脱出することが出来るか。いや、それだけではない。メアリーたちと合流しないといけない。メアリーたちはどうやってここを目指そうとしている? いや、そもそもメアリーたちはこの場所を知っているのだろうか。

「そうだ。確かルーシーがコンパスを貰っていたはず。あのコンパスさえあれば……」

 ということは場所についての問題はオーケイ。
 ならば問題はここからどのように脱出するか。はっきり言ってそう簡単なことじゃないというのは誰にだって解る。
 やっぱりそういう結論に陥ってしまうわけか――そう思いながら、僕は改めてこの牢獄を見渡した。
 一人用にしてはあまりにも広い部屋だった。かつてこの場所に宿でもあったのだろうか。ベッドもあるしトイレもついている。洗面台もある。シャワーまではないけれど、もともとここにあった宿を改修したようにも見えた。

「……どうやって、脱出すれば……!」

 僕は入り口の扉についている小窓から外を眺めようと、出口に向かった。
 扉が開かれたのはちょうどその時だった。

「やあ、予言の勇者クン」

 入ってきたのはバルト・イルファだった。バルト・イルファは柔和な笑みを浮かべつつ、僕に近づいてきた。
 そしてバルト・イルファは僕の腹を思いきり殴りつけた。
 重い一撃だった。

「ぐはっ……」

 思わず、床に吐瀉物を撒き散らしてしまった。

「……ごめんねえ、ついストレスが溜まっちゃって。どうやって吐き出そうかなあ、と思ったのだけれど。ここにいいサンドバッグが居たからね。ちょいと殴らせてもらったよ。まあ、君を殴ったのはそれだけではないけれど。リュージュ様から聞いたよ」

 思い切り髪を引っ張り、無理やり顔を上げるバルト・イルファ。
 そしてバルト・イルファは僕の顔を見つめて、

「君……似非魔術師なんだってねえ。いやはや、騙されちゃったよ。あれ程予言の勇者とちやほやされていたからそれなりに魔法を使えると思っていたのに!!」

 今度は蹴りを入れるバルト・イルファ。
 再び吐瀉物を床に撒き散らす。もう出すものは出してしまったのか、液体しか出てこない。

「ああ、ああ、ああ! 憎たらしい、憎たらしいよ、予言の勇者クン! まさか君が飛んだペテン師なんて誰も思いはしないだろうねえ! 魔法はすべてガラムドの書と、エルフの加護によるもの? つまり君自身が魔法を覚えたわけじゃなくてその加護で勝手に手に入れたものだというのだろう? ああ、憎たらしい!」
「バルト・イルファ。何をしているの」

 二度目のパンチが加えられるか――ちょうどそのタイミングで、バルト・イルファの背後から声が聞こえた。
 そこに立っていたのはリュージュだった。
 バルト・イルファはそれに気づき、頭を下げる。

「申し訳ありません。少し興奮してしまったようです。すいません。……予言の勇者がペテン師だと知ってつい」
「まあ、それは構わないわ。だけれど、傷つけないようにね。まだやってもらうことがあるのよ。予言の勇者には」
「はあ……。ああ、そうでしたね。リュージュ様の部屋に連れて行かないといけなかったんでしたか」
「思い出したようだけれど、遅かったから私自らやってきたわよ。何となく、嫌な予感もしていたわけだし。そしてそれが命中したわけだけれど。……まあ、それはいいわ」

 リュージュは一歩近づく。バルト・イルファはそれに従い、横にずれる。
 跪く僕と、それを見下すリュージュ。

「ふふ……。いい光景ね。予言の勇者が私を見上げているわ。そして、私は予言の勇者を見下している。最高に滑稽な光景だとは思わない?」
「リュージュ様、その通りですね」

 バルト・イルファはそれに賛同する意見を送る。

「あなたにしてもらうことは、たった一つだけよ。予言の勇者」

 リュージュは水晶を見つめて、頷く。

「――オリジナルフォーズを復活させるための魔法、それを使うこと」
「イヤだと言ったら?」
「魔法を言うまで痛めつけるまでよ。こんな風に……ねっ!」

 そう言って。
 リュージュはどこからか取り出した鞭で僕の背中を叩いた。
 バチン! という音が牢獄の中に響き渡る。
 声も出ない痛みを、僕の背中から、身体全体に広がっていく。その痛みに思わず気絶してしまいそうになったが、リュージュは間髪入れずにもう一発鞭を打ち込んだ。

「……気絶して楽になろうと思っているのならば、それは辞めたほうがいいわよ。気絶しないように継続的に甚振り続けるわよ。これから解放されたい? だったら、魔法をこの場で呟くといいわ。オリジナルフォーズを復活させる、ガラムドの書に記載されているはずの魔法を、ね!」

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