異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第百十七話 知恵の木④
「予言は確かに間違っていないわよ。けれど、それに対する手段を全く考えていない。それのどこが問題ない、と? 祈祷師は確かに予言するだけの仕事かもしれない。けれど、そのあとの世界は勝手にすればいい、と。それは充分怠慢に値するのだけれど……あなたはそう思わなかったの?」
「思わなかったね。少なくとも彼は人類に対し危機感を持たせてくれた。それだけで問題ないのではないかね?」
フィールズはそこで会話を打ち切り、無理やり入口を塞いでいたリュージュを押しのけるような形で出ていった。
廊下の向こうで、声が聞こえる。
「待て、フィールズ。その子を……メアリーをどうするつもりだ?」
「彼女には幸せな人生を送ってほしい。このような場所で一生を終えるくらいなら……、彼女をここから出す」
「そんなこと、許されるとでも思っているのか?」
メアリーの位置からリュージュとフィールズの会話を盗み聞きすることは出来ても、実際の二人を眺めることは出来なかった。とはいってもここから出るとリュージュに見つかる可能性が高い。
しかしながら、まだメアリーは気付いていなかった。
この世界が知恵の木の記憶を通して描かれている世界であるとするならば、これは映像の一種であるということ。そしてその映像はメアリーに干渉しないし干渉されないということだ。
「……リュージュ。私は君のことをほんとうに愛していたよ。でも、それは祈祷師という地位と、その実力が欲しくて結婚したわけではない。君のその心を、清い心を愛していたからだ。でも、今の君にはそれが無い。世界を救うという建前で自分の欲望に忠実に働いている……バケモノと変わりないよ」
そして、足音が聞こえて、それが徐々に遠ざかっていく。
それがフィールズの足音であるということにはメアリーも理解していた。それは実際に見ていないとしても、状況で判断することが出来る。
リュージュは一歩前に進み、呟いた。
「……一回しか止めないわよ。後悔しないのね?」
「それは、君にも言えることだよ、リュージュ」
フィールズは立ち止まり、背中を向けたままリュージュに告げる。
「君がメアリーを産んだこと、それは君にとってほんとうに心から嬉しかったことなのかい? 今の僕にはそれが解らない。それでいて、僕にとってはほんとうに嬉しかったんだよ。メアリーが生まれて、僕の人生はバラ色に輝いていた。……けれど、リュージュ。君はどうやら違っていたようだね。乖離していた、と言ったほうが正しいのかな。今の僕には、メアリーのことを、母親として考えているのかが理解できない」
そうして、またゆっくりと歩き始める。
メアリーはもうこれから先を見たくなかった。はっきり言ってここまでの段階でも十分記憶の中から消し去りたかったものであったというのに、それでもまだ続けるというのか。
「いやだ……。こんな記憶を思い出させるくらいなら、私はもう……能力なんて要らない」
『自分の逆境を乗り越えることが、一番の試練でもあります。もしそれを乗り越えられないというならば、そこまでとなります。ですが、逃げることは……許されません。しっかりと前を見据えなさい。そして、自分の運命と向き合うのです』
声は冷たい調子でそう言った。
メアリーには、もう逃げ場が無かった。
リュージュは小さく呟いた。
「……止めるのは一度だけ。私は言いましたからね」
刹那、轟音が聞こえた。
そしてそれから少し遅れて部屋の中にも熱風が入ってきたことで、その轟音が炎魔法によるものであることが理解できた。
メアリーはリュージュに見つかる可能性すら考えることなく、部屋の外に出た。
リュージュの背中が見える。リュージュはメアリーなど居ないように、そのまま歩き出す。
炎魔法を撃ったその標的は、紛れもなくフィールズだった。
「……うん。やっぱり、防護魔法を使ったか」
燃えカスの紙を拾って、リュージュは小さく舌打ちした。
「けれど、ダメージを与えていないようでも無さそうだし……。取り敢えず、捜索しましょうか。まったく、人手が足りないというのに、困った殿方ねえ」
そうしてリュージュはゆっくりと現場を踏みつぶして、どこかへと向かっていった。
同時に、メアリーの居る空間全体にノイズが走り出す。
これで終わりだと思っていたメアリーは周囲を見渡す。しかし見渡したところで何も変わることは無い。
そうしてノイズが終わったころには、彼女はまったく別の空間に到達していた。
そこは下水道だった。下水道には樽があった。そしてフィールズの隣には一人の女性が立っている。
「フィールズさん、大丈夫ですか……!」
そこに居たのは、メアリーもよく知る人物だった。
「サリー……先生!? どうして、どうして先生がそこに!!」
もしこの情景が実際の風景であるならば、メアリーは直接彼女に質問をしたかっただろう。しかし、さっきのノイズでこの空間が実際の空間ではなく、映像のような空間であることを思い知らされ、その場で思いとどまるしかなかった。
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