異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第百四話 ライトス銀と魔導書②
「早い……早すぎる……」
見失うことはないにせよ、その人間の姿が徐々に遠ざかっていく。
相手はメアリーを抱えているにも関わらず、そのスピードが落ちることはない。
何というか、魔力で増強しているのではないだろうか――なんてそんなことを思ったけれど、確かそのような魔術は存在しないはずだ。聞いたこともない。ということはやはり、もともと持っているフィジカルのみでメアリーを抱えながらこのスピードを出している、ということになる。何というか、恐ろしい。
体力に自信が無いとはいえ、それなりに学校のカリキュラムを乗り越えてきた。走って何とかしがみ付いている状態にはなっているが――それでも限界はある。
「ルーシー、大丈夫か!」
僕は必死に声を振り絞って、何とか隣に走っているルーシーに問いかける。
表情は見えないが、恐らくルーシーも辛いのだろう。
僕はそう思いながら、ルーシーの答えを待った。
ルーシーはワンテンポ遅れる形で、
「……そう言うってことは、フルも限界ってこと!?」
……そう言うということはルーシーも徐々に辛くなってきている、ということだ。限界に近付いている。その通りだ。相手は何の力も使っていないように見えるが、まだ余力が見える。はっきり言って、分が悪い。
「フル、ルーシー!」
レイナの声が、背後から聞こえてくる。
振り返ると、僕たち目がけて竜馬車がこちらに向かってきていた。
どうやら船からおろしていた竜馬車を、シュルツさんが大急ぎで動かしているようだった。
「乗れ!」
走っている竜馬車になんとか乗り込んだ僕たちは、もう汗だくとなっていた。
「はい、タオル。気休め程度にしかならないけれど、汗を拭いてその気持ち悪さを取ることくらいは出来るでしょ?」
「……ああ、そうだね。ありがとう、レイナ」
僕はレイナからタオルを受け取ると、汗を拭った。タオルは水で冷やしていたようで、とても気持ちよかった。
「……それにしても、アイツは何者なんだ」
シュルツさんの言葉を聞いて、僕は頷く。
「解らない。けれど、魔術を使って体力を増強するなんて聞いたことはないし……」
「フル。つまり君の言いたいことはあれか。あの人並み外れた驚異的なスピードは、あくまでも人の力のみで生み出された……ということになるのか?」
こくり。僕は頷く。
シュルツさんはそれを聞いて、それでもなお信じられないようだった。
「信じられない……。あんな力を持つ人間が居るなんて……。しかも、魔術を行使していないとするならば、それなりの力をどうやって手に入れた? くそっ、まったくもって理解できないぞ……!」
竜馬車は市場を抜け、海岸線を走っていく。
そしてメアリーを抱えたまま走っていた人間は海岸のある場所で立ち止まった。
メアリーを地面に置き、僕たちを待ち構えているようだった。
竜馬車から降り、その人間と対面する。
「メアリーを返せ!」
僕は、その人間に向かって言った。
「そんなこと言われずとも……返しますよ」
パチリ、と指を弾く。するとメアリーは目を覚まし、勢いよく起き上がった。
「あれ、私、どうしてここに……?」
「メアリー!」
僕はメアリーに向かい、彼女の身体を抱き締める。そして、安全を確認すると、大急ぎで元の場所へ戻る。
黒装束はゆっくりと近づき、そして、腰を折った。
「?」
とどのつまり――お辞儀をした。
「無礼をお許しください。このようなことをしなければ、人目のつかない場所へ移動が出来ないと考えたためです」
頭につけられたローブを外す。黒装束の素顔が明らかとなった。
黒装束は女性だった。赤いポニーテール、力強くはっきりとした目は真っ直ぐ僕たちのほうを捉えていた。
「私の名前はキキョウといいます。残念ながらこの名前は本名ではありません。代々続く我々の一族の中で、強いシノビが持つことを許される名前……その一つとなります」
ちょっと待て、いま、シノビって言ったか?
シノビ。シノビ、って……『忍び』の?
「シノビとは……そうですね。古来より、文献によれば旧時代と呼ばれていた頃から、この世界に暗躍していたといわれている一族のことを言います。昔は幾つか一族が居たのですが、今はキキョウとスミレの二つのみ。……まあ、それはどうでもいいのですが。とにかく、いま私たちの国では大変なことが起きているのです」
「大変なこと?」
「この国はリュージュによって監視されています。もちろん、この国にも王は居ます。ですから、その発言は少々おかしなものになるのかもしれませんが……。ですが、それは間違いではありません」
「リュージュによって監視されている。やはり……」
「知っていたのですか?」
キキョウは驚いたような表情を見せる。
僕は頷いて、キキョウにここにやってきた経緯を伝えた。
それを聞いてキキョウは頷く。
「成る程。リュージュがこの国に来い、と……。しかし、リュージュはこの国には居ません。リュージュはある計画のために、動いているといわれています。ですから、私は国王から命じられて、あなたたちにその事実をお伝えするために……」
そこまで言ったところで、キキョウは踵を返した。
目を細め、どこか一点を見つめる。
「……どこに居る。出てきなさい、たとえ姿を隠していようとも、その悪しき気配までは消しきれませんよ!」
その言葉を聞いたのかどうかは定かではない。
しかし、それより少し遅れたタイミングで、ぐにゃりと空間が歪んだ。
そしてそこから一人の少女が出てきた。
青いロングの髪、白いワンピース。
「あーあ、見つかっちゃった。もうちょっとうまく誤魔化せると思ったのだけれどね。シノビも案外侮れないなあ」
溜息を吐いて――まるで遊びに負けた子供のように――僕たちのほうを見つめる。
そこに立っていたのは、バルト・イルファの妹――ロマ・イルファだった。
見失うことはないにせよ、その人間の姿が徐々に遠ざかっていく。
相手はメアリーを抱えているにも関わらず、そのスピードが落ちることはない。
何というか、魔力で増強しているのではないだろうか――なんてそんなことを思ったけれど、確かそのような魔術は存在しないはずだ。聞いたこともない。ということはやはり、もともと持っているフィジカルのみでメアリーを抱えながらこのスピードを出している、ということになる。何というか、恐ろしい。
体力に自信が無いとはいえ、それなりに学校のカリキュラムを乗り越えてきた。走って何とかしがみ付いている状態にはなっているが――それでも限界はある。
「ルーシー、大丈夫か!」
僕は必死に声を振り絞って、何とか隣に走っているルーシーに問いかける。
表情は見えないが、恐らくルーシーも辛いのだろう。
僕はそう思いながら、ルーシーの答えを待った。
ルーシーはワンテンポ遅れる形で、
「……そう言うってことは、フルも限界ってこと!?」
……そう言うということはルーシーも徐々に辛くなってきている、ということだ。限界に近付いている。その通りだ。相手は何の力も使っていないように見えるが、まだ余力が見える。はっきり言って、分が悪い。
「フル、ルーシー!」
レイナの声が、背後から聞こえてくる。
振り返ると、僕たち目がけて竜馬車がこちらに向かってきていた。
どうやら船からおろしていた竜馬車を、シュルツさんが大急ぎで動かしているようだった。
「乗れ!」
走っている竜馬車になんとか乗り込んだ僕たちは、もう汗だくとなっていた。
「はい、タオル。気休め程度にしかならないけれど、汗を拭いてその気持ち悪さを取ることくらいは出来るでしょ?」
「……ああ、そうだね。ありがとう、レイナ」
僕はレイナからタオルを受け取ると、汗を拭った。タオルは水で冷やしていたようで、とても気持ちよかった。
「……それにしても、アイツは何者なんだ」
シュルツさんの言葉を聞いて、僕は頷く。
「解らない。けれど、魔術を使って体力を増強するなんて聞いたことはないし……」
「フル。つまり君の言いたいことはあれか。あの人並み外れた驚異的なスピードは、あくまでも人の力のみで生み出された……ということになるのか?」
こくり。僕は頷く。
シュルツさんはそれを聞いて、それでもなお信じられないようだった。
「信じられない……。あんな力を持つ人間が居るなんて……。しかも、魔術を行使していないとするならば、それなりの力をどうやって手に入れた? くそっ、まったくもって理解できないぞ……!」
竜馬車は市場を抜け、海岸線を走っていく。
そしてメアリーを抱えたまま走っていた人間は海岸のある場所で立ち止まった。
メアリーを地面に置き、僕たちを待ち構えているようだった。
竜馬車から降り、その人間と対面する。
「メアリーを返せ!」
僕は、その人間に向かって言った。
「そんなこと言われずとも……返しますよ」
パチリ、と指を弾く。するとメアリーは目を覚まし、勢いよく起き上がった。
「あれ、私、どうしてここに……?」
「メアリー!」
僕はメアリーに向かい、彼女の身体を抱き締める。そして、安全を確認すると、大急ぎで元の場所へ戻る。
黒装束はゆっくりと近づき、そして、腰を折った。
「?」
とどのつまり――お辞儀をした。
「無礼をお許しください。このようなことをしなければ、人目のつかない場所へ移動が出来ないと考えたためです」
頭につけられたローブを外す。黒装束の素顔が明らかとなった。
黒装束は女性だった。赤いポニーテール、力強くはっきりとした目は真っ直ぐ僕たちのほうを捉えていた。
「私の名前はキキョウといいます。残念ながらこの名前は本名ではありません。代々続く我々の一族の中で、強いシノビが持つことを許される名前……その一つとなります」
ちょっと待て、いま、シノビって言ったか?
シノビ。シノビ、って……『忍び』の?
「シノビとは……そうですね。古来より、文献によれば旧時代と呼ばれていた頃から、この世界に暗躍していたといわれている一族のことを言います。昔は幾つか一族が居たのですが、今はキキョウとスミレの二つのみ。……まあ、それはどうでもいいのですが。とにかく、いま私たちの国では大変なことが起きているのです」
「大変なこと?」
「この国はリュージュによって監視されています。もちろん、この国にも王は居ます。ですから、その発言は少々おかしなものになるのかもしれませんが……。ですが、それは間違いではありません」
「リュージュによって監視されている。やはり……」
「知っていたのですか?」
キキョウは驚いたような表情を見せる。
僕は頷いて、キキョウにここにやってきた経緯を伝えた。
それを聞いてキキョウは頷く。
「成る程。リュージュがこの国に来い、と……。しかし、リュージュはこの国には居ません。リュージュはある計画のために、動いているといわれています。ですから、私は国王から命じられて、あなたたちにその事実をお伝えするために……」
そこまで言ったところで、キキョウは踵を返した。
目を細め、どこか一点を見つめる。
「……どこに居る。出てきなさい、たとえ姿を隠していようとも、その悪しき気配までは消しきれませんよ!」
その言葉を聞いたのかどうかは定かではない。
しかし、それより少し遅れたタイミングで、ぐにゃりと空間が歪んだ。
そしてそこから一人の少女が出てきた。
青いロングの髪、白いワンピース。
「あーあ、見つかっちゃった。もうちょっとうまく誤魔化せると思ったのだけれどね。シノビも案外侮れないなあ」
溜息を吐いて――まるで遊びに負けた子供のように――僕たちのほうを見つめる。
そこに立っていたのは、バルト・イルファの妹――ロマ・イルファだった。
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