異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第九十九話 守護霊使いの村④

「バルト・イルファ……!」

 僕たちの先に必ずと言っていいほど現れる敵、バルト・イルファ。
 彼はまた僕たちの前に立ち塞がり、何をしようとするのか。

「今日も月は、赤いね」

 そんなことを思って、いつでも臨戦態勢にしていた僕たちだったが、バルト・イルファは想像の斜め上を行く言葉を口にした。
 月が赤い、ってどういうことだ? 月は白く輝き、神聖なものの一つとも数えられているくらいじゃなかったか? まあ、その考えは僕が前居た世界の考え方であって、この世界の考え方とは少々違うのかもしれないけれど。
 バルト・イルファの話は続く。

「もしかして、何も解らない? ステンドグラス越しにも見えるじゃないか。あの煌々と赤く輝いている月が」

 ステンドグラス越し……。バルト・イルファがそう言ったので、僕たちもまたそちらの方を見た。
 そこには、確かにバルト・イルファの言った通り赤い月があった。しかし、その赤い月だけではない。そのすぐ隣には僕が良く知るような白く輝く月も存在していた。

「この世界の人間は、昔からずっと二つの月があることを学んできていた。最初こそ、その月が二つある理由について知っていたかもしれないが、次第にそれを知る人間も少なくなってきた……。当然だ、リュージュ様が記憶を、長い時間をかけて操作していったからだ」
「……つまり、あの赤い月にはリュージュが隠しておきたい何かがある、ということか?」
「そういうことになるだろうねえ」

 あっさりと、バルト・イルファはそれを認めた。てっきり焦らしてくるものかと思っていたのだが……。
 バルト・イルファの話は続く。

「あの赤い月が何なのか、はっきり言って僕も知らない。知る意味が無いからね。知る必要も無いから、と言って過言でも無いだろう。世界にはまだまだ自分が知らないことや、知らなくていいことがたくさんある。そして君は……その一つを知ってしまった、ということだよ」
「このメタモルフォーズの巣が、知られざる事実だと? ならばなぜここへ導いた。お前がメアリーを誘拐しなければ、ここまでやってくることは無かったじゃないか」
「違うね。正確に言えば、これもまた事実の形としては正しいものだということだよ」
「……バルト・イルファ。そろそろ長ったらしい話をやめにしないか?」

 声を聴いて、バルト・イルファは小さく舌打ちする。
 まるでその声がやってくるのが、あまりタイミングの良くないように見えた。
 バルト・イルファの背後には、気が付けば一人の少女が立っていた。臙脂色の制服みたいな恰好、同じ色のスカートに黒いタイツを履いている。
 そして、驚いたのは。

「ルーシーに……そっくり?」

 いや、そっくりって程じゃない。もっと言うなら、瓜二つ。双子か何かと言われてもおかしくない程度だった。

「ルチア……。どうして、ここに!!」

 驚いていたのは、一番驚いていたのは、ルーシーだった。
 当然かもしれないが、知識を持っていない僕たちにとってみれば、目の前に女装しているルーシーとただのルーシーが二人居るということになる。これは普通に考えてみればおかしい話だってことは直ぐに解る。
 けれど、ルーシーはどうやらその存在を知っているようだった。

「あら、いやですねえ。どうやら覚えているようなんて。てっきり覚えていないものかと思っていたけれど、やっぱり案外記憶力だけはいいんだね?」
「黙れ。黙れ……、何でお前がここにいる、ルチア?」
「いいじゃないですか、別に私がどこにいようたって。それともあなたは縛るおつもりですか? 私を、この私を!」
「クラリス……いや、ルチアと呼べばいいのかな。今のこの現状では?」

 バルト・イルファがルーシーとルチアの会話に入って、笑みを浮かべた。
 対してルチアは溜息を吐いて、

「ほんとうにあなたは人が窮地に立つ場面が好きですね、バルト・イルファ。それはそれとして、私のことについて簡単に説明しておいたほうがいいかなあ、お兄ちゃん?」
「あれほどさんざん言っておいて、突然妹面かよ。さすがにそれはどうかと思うぞ、ルチア」
「妹……嘘だろ、ルーシー。お前、妹が居たのかよ」
「一人っ子だと思ったのか? まあ、言う機会が無かったからな。いろいろとあって、こんな感じになっていたわけだけれど……。まさかこんなところで再会するとは思いもしなかったよ、『三番目』」
「三番目?」
「……アドバリー家は六人の兄弟姉妹から構成されている。そして、その力はそれぞれ年功序列という形になっている。何と言えばいいかな? 力は強い順に並んでいる、といえばいいかな。僕は二番目、だから二番目と呼ばれている。兄とか名前とか、そんなチャチなものでは呼ばれない。残念なことかもしれないだろう? けれど、アドバリー家ではそれが普通でそれが日常だ」
「長ったらしいことを話す必要があるのかしら? ……まあ、それはいいけれど。とにかく、まさかこのようなところで『二番目』に出会えるとは思いもしなかった。それに、予言の勇者側についているとは。血は争えないのでしょうか。戦う能力を持った、世界最強の家族とも揶揄されたアドバリー家の血は」
「はたしてどうかな。兄さん……『一番目』は戦いを拒んだじゃないか。今はどこに行ったかも解らない。世界のどこかを旅しているかもしれないし、有り余った力を悲しく思って自分で自分を殺しているかもしれない。家族だってそういっていたじゃないか。だから、一番目は欠番だ、と」

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