異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第八十五話 食の都と海の荒くれもの③

 ヤンバイト城に到着し、僕たちは馬車から降り立つ。

「こっちだ」

 しかし兵士はそのまま息を吐く間も与えず、僕たちを誘導していく。

「いったい、兵士は何を考えているのだろうね? ……ふつう、少し休憩の時間くらい与えてくれるものじゃないか?」
「余程急いでいるんじゃないか。そんなに早く僕たちに出会いたいのか、という話に繋がるけれど」

 僕とルーシーは兵士に聞こえない程度のトーンでそう言った。

「そうなのかなあ……。だとしてもこんなに客人を焦らせることttえあるのかい? まあ、国ごとの風習みたいなものがあるのかもしれないけれど。そうだとしてもちょいと不愛想な感じではあるよね」

 そんなことを言っている暇などない。
 まずは兵士の後をついていく。ただそれだけだった。
 そして僕たちは兵士の後を追いかけていくのだった。



 ヤンバイト城、国王の間。
 荘厳な雰囲気を放っているその空間は、やはりなかなか慣れるものではなかった。
 一度ハイダルクで経験したことがあるといえ、あまり経験しても意味はないのだと思い知らされる。
 それはそれとして。

「突然呼び立てて済まなかったな、フル・ヤタクミにルーシー・アドバリー。それに、その仲間たちよ」

 声が聞こえた。
 とても優しい声だった。
 僕たちは慌てて跪き、首を垂れるが、

「よい。特にそのようなことをせずとも、先ずは話がしたかっただけだ」

 そう言って笑みを浮かべるだけだった。
 その女性はとても美しかった。赤と白を基調にした服装――僕がもともと居た世界では巫女服とでもいえばいいのだろうか? 白い服に、赤い袴をアレンジした雰囲気、といえばいいのかもしれない。ああっ、くそ。こういうときに語彙力があればもっと伝わるのにな。なんというか、もう少し本を読んでおくべきだったかもしれない。

「名前と職業は知っているだろう。だから簡単に説明しておこう。私の名前はスノーフォグ国王、リュージュだ。こんな遠いところまでよくやってきてくれた。さて……なぜここまでやってきたのか、先ずはそれをお聞かせ願えないかな、予言の勇者殿」
「ここに来た理由、ですか……」

 ここで僕は悩んだ。
 正直に言ってしまっていいのだろうか、ということについてだった。
 正直に言ってしまえば、メタモルフォーズがこの国から飛来してきたから、と言ってしまえばいい。だが、この国の王の前でそう言ってしまって何が起きるか解ったものではない。だから出来ることならそんな危険な賭けはしたくなかった。
 では、適当に嘘を吐けばいいのか?
 いや、でもすぐにそんな都合のいい嘘が浮かぶほど頭の回転が速いわけではない。
 ならば、どうすればいいか。真実を告げるのも嘘を吐くのもリスキーだ。
 それ以外の、第三の選択肢を考えないといけないのだが――。

「別に、言葉を飾る必要は無いぞ?」

 そう言ったのはリュージュ王だった。
 リュージュ王は、優しく、柔和な笑みで微笑んだまま、僕のほうを向いて、

「何か言葉を考えているように思えるが……もしかしてここでは言い辛いことだったか? 別にそんなこと関係ない。私の心は寛大であるからな。予言の勇者殿が一つ二つ失言したところで私の機嫌が損なわれることはない。むしろそんな程度で損なわれてしまっては、国王失格というものだよ」
「そういうものですか……?」
「ああ。だから安心して言ってもらっていい。さあ、この国に来た目的は?」

 そう言ったのならば、正直に言うしかないだろう。逆にここで嘘を吐いてしまってはそれこそ何が起きるかわからない。逆鱗に触れてしまい折檻される可能性も考慮しないといけないだろう。
 だからこそ、慎重に言葉を選んで、僕は言った。

「――実は、この国からメタモルフォーズが飛来してきました。僕たちはそれを調査するためにこの国にやってきました」
「ほう。メタモルフォーズがこの国から……。成る程。それは私の前では言えないことだな。その言葉は即ち我が国をメタモルフォーズの発生源として疑っているということに繋がるわけだからな」
「実際、軍部の人も……名前は確か、アドハムだったかと思いましたが……メタモルフォーズの開発に関与していました。研究施設があって……そこでメタモルフォーズを研究していたようなのです」
「ふむ。……メタモルフォーズの研究施設、だと? それにアドハムが関与していた、と言いたいのか?」

 ずい、と身体を起こしてリュージュ王は言った。
 流石に言い過ぎたか――そう思って僕は謝る準備をしていたのだが、

「成る程。しかし、まさかあのアドハムがそのようなことをしていたとは。ほかには? アドハムがした行為でもいい。君たちがこの国で得られたメタモルフォーズについての情報を教えてくれないか。もしかしたら、力になれるかもしれないぞ」
「え、……ええ。確か、アドハムは別の勢力に倒されてしまいました。バルト・イルファ……だと思います。とても強い魔術師が居るんです。きっと彼に殺されてしまったものかと……」
「その、バルト・イルファとやらはとても強い魔術師なのか?」

 僕はその言葉にこくり、と頷いた。
 それは真実だ。そこで嘘を吐いて虚勢を張る必要はなかった。虚勢を張ったところで僕の危険が増すだけだ。ならばここは正直に言ってしまったほうが後が楽だと――僕はそう思った。

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