異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第七十九話 決戦、エノシアスタ⑦
しかしながら。
メタモルフォーズと人間との戦い、その結果は火を見るよりも明らかだった。
メタモルフォーズは一体で人間何人分の戦力になるのか、単純に比較対象になるわけではないが、それがむしろ今回の戦いにおいて人間たちの油断に繋がった。
「……人間というのは、斯くも弱い生き物なのですね。お兄様」
ロマが廊下を歩きながら、隣に居るバルト・イルファに言った。
バルト・イルファは首を傾げながら、ロマの言葉に答える。
「うん? そんなこと、漸く気付いたのかい、ロマは。まあ人間はいつまで経っても愚かな生物だよ。そう、いつまで経っても……ね」
バルト・イルファはどこか遠い目つきでそう言った。
それを見ていたロマは違和感を覚えて首を傾げるが、それをバルト・イルファに訊ねることは出来なかった。
◇◇◇
さて。
なんだか騒がしくなってきているが、僕たちは僕たちで行動していかねばならない。
いずれにせよ僕たちにとってその考えは正しいものだったと思うし、現状正しいか正しくないかを考える時間など無いに等しい。
通路を走っていく僕たちだったが、意外にも誰にも遭遇することは無かった。誰かと一回くらいは遭遇して戦闘に発展するものかと思っていたが、どうやらその予想は杞憂に終わってしまうようだった。
「……どうやら戦闘が思ったより激化しているようだ。これなら何とか逃げることが出来るはず……」
「やあ」
声が聞こえた。
その声は出来ることなら聞きたくなかった声だった。
「バルト・イルファ……っ!」
「私もいまーす」
そう言って、バルト・イルファの隣に居た白いワンピースの女性が手を上げた。
今まで見たことの無い人間だったから、少々驚いたけれど、バルト・イルファの隣に居るということは彼と同じ類の存在なのだろう。
バルト・イルファに比べて若干幼い容姿をしているそれは、バルト・イルファの妹のような存在にも見えた。
「……そういえば、君たちに紹介していなかったね。これは僕の妹だよ。名前はロマ。ロマ・イルファ。きっと君たちとはまた出会うことになるだろうからね。先ずは最初の自己紹介、といったところから始めようじゃないか」
「メアリーをどこにやった?」
僕はそんなこと関係なかった。
ただメアリーがどこに消えてしまったのか、それを知りたかった。
バルト・イルファは溜息を吐き、
「まあ。そう思うのは仕方ないことだよね。メアリーは君にとって、いや、正確に言えば君たちにとって大切な存在だ。そんな彼女がいったいどこに消えてしまったのか? それは気になることだというのは、充分に理解できるよ。いや、十二分に理解できる。けれど、僕も上司が居る。あるお方に仕えている。そのお方の方針には逆らえない。はっきり言わせてもらうけれど、いやいやではあったんだよ? 僕だって、女性をああいう風にするのは嫌だった。いや、ほんとうにそうだったんだ。それくらい理解してもらってもいいと思うのだけれどねえ?」
「お兄様。それ以上の発言は……。あのお方に何を言われるか解りませんよ。もしかしたら裏切り行為と思われる可能性も……」
「行為? そんなまさか。僕はあのお方に忠誠を誓っている。決してそんなことはしないよ」
「……お前はいったい、誰に仕えているんだ……。まさか、スノーフォグの王、リュージュだというのか?」
「だとしたら、どうする?」
バルト・イルファは否定も肯定もしなかった。
ただ僕の言葉を受け入れることしかしなかった。
「……お兄様。ここでお話をしている時間は無いものかと」
それを聞いたバルト・イルファは相槌を打った。
「ああ、そうだね。そうかもしれない。だったら、急ごう。僕たちがここにやってきた、本来の目的を果たすために」
「本来の目的、だと?」
「ああ、それは簡単なことだ。……一つだけ忠告しておこう。君たち、大急ぎでここから脱出したほうがいいと思うよ? どうせここはもう持たないから。あとできるなら、なるべく遠くに逃げたほうがいいね。商人の集団にも、出来ることなら関わらないほうがいい」
「バルト・イルファ。なぜおまえがそのことを……!」
「君たちは監視されているのだよ」
バルト・イルファは踵を返し、ただ一言だけそう言った。
「君は予言の勇者だ。それゆえに、世界から注目を浴びている。そして、その注目は君が思っている以上に高いのだということを、君はまだ理解しきっていない。それだけを、先ずは心にとどめておいてもらえればいいのだけれどね」
そして、バルト・イルファとロマ・イルファはそのまま僕たちの前から姿を消した。
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