異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第六十七話 シュラス錬金術研究所⑳

 シュルツさんが撃った弾丸は、メタモルフォーズに命中した。
 でも、それだけだった。
 その弾丸一発だけでメタモルフォーズの勢いが止まるはずはなく、メタモルフォーズはなおも動きを止めない。
 このままだとシュルツさんは――!

「シュルツさん――!」
「いいんだ、君たちは前に進め! まだ失いたくないものが、あるというのならば!」

 そうして。
 シュルツさんは――僕たちの目の前で、メタモルフォーズの足に踏みつぶされる。
 呆気なかった。
 一瞬だった。
 それを冷静に見ることの出来た僕たちは――もしかしたら、異端だったのかもしれない。
 僕たちは、前に歩み続けないといけない。

「……フル。行こう」

 そして、最後のひと押しを、ルーシーが言ってくれた。
 ほんとうに呆気なく、ほんとうに悲しい気持ちもあった。
 けれど、僕たちは前に進むしかなかった。
 メアリーを助けるために、前に進むしかなかった。


 ◇◇◇


 私は魔方陣の中にいた。
 魔方陣は私がラドーム学院から出発したときと同じもの。つまり転移魔方陣、ということ。転移するためにも魔法が必要というのは厄介な世の中ではある。もうちょっとうまくできる方法は無いものかな。ほら、例えば、スノーフォグには科学一辺倒の都市があるくらいだし、その都市が何か開発していることは無いのだろうか。……まあ、無いのだろうね。もしそれが開発されていたとしても、それはきっとスノーフォグにしか流通しないだろうし、秘密裡にリリースされているだろう。

「……準備もできたところだし、もういつでも君を別の場所に飛ばすことができる。ほんとうはあのお方に会わせてからのほうがいいと思うのだけれどね……。まあ、あのお方も暇じゃない。だからここでいったん、先に君には移動してもらうという話だ。まあ、いずれ会えることだろう。君とあのお方は、そういう運命にある」

 長ったらしい言葉だったけれど、うまく実感が沸かないのは事実。だって『あのお方』というのが誰だか解らないし、そもそもの話をすれば、私はその人のことを知る必要もない。運命とか信じていない、というところもポイントだけれどね。
 それはそれとして。
 この魔方陣にされるがままになっているわけだけれど、私だって少しはどうやって脱出すべきかを考えている。けれど、はっきり言ってこのままではフルたちとの合流は愚か脱出するのも難しいと考えている。だって、ここがスノーフォグなのか、ハイダルクなのか、はたまたレガドールなのか解らない、まったく未知の場所に居るのだから。せめてそれだけでも解ればまだ対策も立てられそうなものだけれど、しかしそれはバルト・イルファが許してくれるとは思えない。窓も無ければ図書室にも場所を示す蔵書も無かった。そうとなれば、この場所を教えてくれる手がかりなんて一つも無いわけで。

「失礼します」

 魔方陣の部屋に私とバルト・イルファ以外の人間が入ってきたのはその時だった。扉は閉まっていたはずだったけれど、ノックをすることなく入ってきた。
 ふつうはノックくらいするんじゃないかな、とかそんなことを思っていたけれど、

「……ノックをするのが常識だと習わなかったかな?」

 その気持ちはバルト・イルファも同様に抱いていたようで、入ってきた男にそう問いかけた。
 しかし男は軽く頭を下げただけで、話を続けた。

「申し訳ありません。しかし、しかしながら……侵入者が入った模様でして」
「侵入者、だと? ふむ、しかし入口にはメタモルフォーズが居たはずでは?」
「メタモルフォーズは侵入者のうち一名を捕食しています。ですが、残りの二名が……」
「もしかして、フルとルーシーが!?」

 私のその言葉を聞いてバルト・イルファは静かに舌打ちをする。まさか私もこんなに早くフルたちがやってくるとは思っていなかったけれど、それはバルト・イルファも同じだったようで、

「急いで転移をさせる。……今、ここで君を彼に引き渡すわけにはいかない。こうなったら意地でも君を大急ぎで転移させる」

 そう言ってバルト・イルファは目を瞑った。
 刹那、私の視界が徐々に緑色に染まっていく。
 バルト・イルファはそこまでして私とフルを再会させたくないのだろうか。でも、どうして? なぜ? そんな疑問が頭を過るけれど、けっして今の状態がいいことではない。それは火を見るよりも明らかだ。

「そうして、世界は消えていく。粛清へと歩みを止めない。それが一番だ。ベストだといってもいい」
「あなたはいったい……何のためにこんなことをするつもり?」

 私は、最後にバルト・イルファに問いかけた。
 バルト・イルファは笑みを浮かべて――言った。

「僕をこんな運命に仕立て上げた、神様の作ったレールを破壊するため、かな」

 その言葉を最後に――私の意識は途絶えた。

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