異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第五十三話 シュラス錬金術研究所⑥
それを聞いたからか知らないが、少女は小さく舌打ちをして踵を返す。
「……やっぱり、駄目か?」
僕は首を傾げ、少しだけ儚い様子で言った。恐る恐る、と言ったほうが正しいかもしれない。
しかし少女は踵を返すと、さらに話を続ける。
「違う。……さっき、私は言ったよな。タダで情報を得ようなんてことは出来ない。だから、それなりのものを提供してもらう必要がある、ということだ」
「交渉成立、ということか?」
「そう思ってもらって構わないよ。ただし、その『それなりのもの』はこの町一番の店でのディナーだ。はっきり言って、それなりに金は弾むぞ?」
「それで貴重な情報が得られるならば安いものだ。有難う、恩に着るよ。ええと、名前は……」
「リメリアだ。勘違いするなよ。お前たちにおける状況が私の琴線に触れた、というわけではない。それだけは理解してもらうぞ」
そう言ってリメリアは再び踵を返すと、歩いていった。
僕たちもそれを追いかけていくように、リメリアの後を追った。
◇◇◇
目を覚ますと、そこは暗い部屋だった。
壁に松明がつけられていて、それが唯一の明かりとなっている。いったい自分がどういう状況に置かれているのか立ち上がろうとして、そこで自分の足首と手首が重たいことに気付いた。
少し遅れてジャラリ、という鎖の音が聞こえたことで、私の両手首と両足首が鎖によって動きを制限されていることを理解した。
「ここはいったい……」
そう私がつぶやいたところで、私の目の前にある扉が大きく開かれた。
「目を覚ましたようだね、お姫様」
その声を聴いて、私はそちらを向いた。
そこに立っていたのは燃えるような赤い髪の男――バルト・イルファだった。
バルト・イルファは笑みを浮かべて、こちらに一歩近づいた。
「怒りを抱いているようだけれど、ちょっとこちらに怒りを抱くのもどうかと思うよ。僕は主から命じられてやっているわけだからね。下請け、とでもいえばいいかな? とはいえ、君がそう思うのもわかるけれどね」
「……何が目的なの?」
私は一歩下がる。すぐに壁にぶつかってしまい、もうこれ以上後退することができない――その事実を受け入れざるを得なかった。
バルト・イルファはさらに一歩近づくと、私の腕を手に取って、強引に部屋から連れ出そうとする。
「君に真実を伝えるためだよ、お姫様」
そう言うだけだった。
私はそれ以上何も言うことなく――そのまま引きずられるようにどこかへと向かうのだった。
通路は薄暗かった。手枷と足枷を外してもらうことはできたけれど、だからと言って逃げ出せるような状況でもなかった。場所がわからない、ということもあるし、できることならこの場所の情報を少しでも手に入れたい――そう思っていたからだ。
通路の先に見える明かりは、ようやく見えた明かりだというのにどこか悲しそうに見えた。正直言ってあの先にあるものがはっきりと見えてこない。
そうして私はバルト・イルファを先頭にして、通路の先を抜けた。
通路の先に広がっていたのは巨大な空間だった。壁の殆どは透明になっていて、壁の向こうの空間に何があるか見ることができる。
そこにあったのは、巨大な獣だった。それがどんな動物であるかはっきりと解らなかったけれど、ただ一つ、これだけははっきりと言えた。――それは、どの動物とも違う肉体で、様々な動物の顔がいろいろな場所についていたということ。
「これは……」
「オリジナルフォーズ、といえば解るかな? いや、正確に言えばオリジナルフォーズの肉塊から生み出された別のメタモルフォーズといってもいいだろう。どちらかといえば、そちらのほうが正確かもしれないがね」
「メタモルフォーズ……。こんなにも大きな、メタモルフォーズが」
エルフの隠れ里で初めて見つけたそれよりも大きなメタモルフォーズが、目の前にいた。ただしそれは目覚めているわけではなく、ほのかに緑色の液体に浮かんでいて目を瞑っていた。それだけ見れば眠っているように見えるけれど……。
「そうだ。君の思っている通り、あれは眠っている。眠っているけれど、起きている。どういえばいいかな。二元性を保っている、といえばいいか」
「オリジナルフォーズを使って、世界をどうするつもり?」
「オリジナルフォーズ。あれはまだ目覚めることはないよ。それは主の計画にとっては非常に残念なことではあるがね。目覚める手順は解っているというのに、それになかなか手を出すことができない。現実は非情だねえ」
「オリジナルフォーズを目覚めさせることができない……? けれど、あなたたちが使っているメタモルフォーズは」
「あれは模倣だよ」
バルト・イルファはそう言葉を投げ捨てた。
水槽を眺めて、バルト・イルファは遠いところを見つめるかのように、目を細めた。
「そう、模倣だ。オリジナルフォーズから抽出したサンプルを用いて、同じ構造の物体を作り上げる。そうすることでかつてのメタモルフォーズと同じようなものが生み出されていく、というわけだ。とはいえ、かつての時代で世界を滅ぼそうとしていたあのメタモルフォーズと比べれば力のスケールは圧倒的に小さいものとなってしまうがね。やはり模倣はそれなりの力しか使うことができない、ということだ」
「……やっぱり、駄目か?」
僕は首を傾げ、少しだけ儚い様子で言った。恐る恐る、と言ったほうが正しいかもしれない。
しかし少女は踵を返すと、さらに話を続ける。
「違う。……さっき、私は言ったよな。タダで情報を得ようなんてことは出来ない。だから、それなりのものを提供してもらう必要がある、ということだ」
「交渉成立、ということか?」
「そう思ってもらって構わないよ。ただし、その『それなりのもの』はこの町一番の店でのディナーだ。はっきり言って、それなりに金は弾むぞ?」
「それで貴重な情報が得られるならば安いものだ。有難う、恩に着るよ。ええと、名前は……」
「リメリアだ。勘違いするなよ。お前たちにおける状況が私の琴線に触れた、というわけではない。それだけは理解してもらうぞ」
そう言ってリメリアは再び踵を返すと、歩いていった。
僕たちもそれを追いかけていくように、リメリアの後を追った。
◇◇◇
目を覚ますと、そこは暗い部屋だった。
壁に松明がつけられていて、それが唯一の明かりとなっている。いったい自分がどういう状況に置かれているのか立ち上がろうとして、そこで自分の足首と手首が重たいことに気付いた。
少し遅れてジャラリ、という鎖の音が聞こえたことで、私の両手首と両足首が鎖によって動きを制限されていることを理解した。
「ここはいったい……」
そう私がつぶやいたところで、私の目の前にある扉が大きく開かれた。
「目を覚ましたようだね、お姫様」
その声を聴いて、私はそちらを向いた。
そこに立っていたのは燃えるような赤い髪の男――バルト・イルファだった。
バルト・イルファは笑みを浮かべて、こちらに一歩近づいた。
「怒りを抱いているようだけれど、ちょっとこちらに怒りを抱くのもどうかと思うよ。僕は主から命じられてやっているわけだからね。下請け、とでもいえばいいかな? とはいえ、君がそう思うのもわかるけれどね」
「……何が目的なの?」
私は一歩下がる。すぐに壁にぶつかってしまい、もうこれ以上後退することができない――その事実を受け入れざるを得なかった。
バルト・イルファはさらに一歩近づくと、私の腕を手に取って、強引に部屋から連れ出そうとする。
「君に真実を伝えるためだよ、お姫様」
そう言うだけだった。
私はそれ以上何も言うことなく――そのまま引きずられるようにどこかへと向かうのだった。
通路は薄暗かった。手枷と足枷を外してもらうことはできたけれど、だからと言って逃げ出せるような状況でもなかった。場所がわからない、ということもあるし、できることならこの場所の情報を少しでも手に入れたい――そう思っていたからだ。
通路の先に見える明かりは、ようやく見えた明かりだというのにどこか悲しそうに見えた。正直言ってあの先にあるものがはっきりと見えてこない。
そうして私はバルト・イルファを先頭にして、通路の先を抜けた。
通路の先に広がっていたのは巨大な空間だった。壁の殆どは透明になっていて、壁の向こうの空間に何があるか見ることができる。
そこにあったのは、巨大な獣だった。それがどんな動物であるかはっきりと解らなかったけれど、ただ一つ、これだけははっきりと言えた。――それは、どの動物とも違う肉体で、様々な動物の顔がいろいろな場所についていたということ。
「これは……」
「オリジナルフォーズ、といえば解るかな? いや、正確に言えばオリジナルフォーズの肉塊から生み出された別のメタモルフォーズといってもいいだろう。どちらかといえば、そちらのほうが正確かもしれないがね」
「メタモルフォーズ……。こんなにも大きな、メタモルフォーズが」
エルフの隠れ里で初めて見つけたそれよりも大きなメタモルフォーズが、目の前にいた。ただしそれは目覚めているわけではなく、ほのかに緑色の液体に浮かんでいて目を瞑っていた。それだけ見れば眠っているように見えるけれど……。
「そうだ。君の思っている通り、あれは眠っている。眠っているけれど、起きている。どういえばいいかな。二元性を保っている、といえばいいか」
「オリジナルフォーズを使って、世界をどうするつもり?」
「オリジナルフォーズ。あれはまだ目覚めることはないよ。それは主の計画にとっては非常に残念なことではあるがね。目覚める手順は解っているというのに、それになかなか手を出すことができない。現実は非情だねえ」
「オリジナルフォーズを目覚めさせることができない……? けれど、あなたたちが使っているメタモルフォーズは」
「あれは模倣だよ」
バルト・イルファはそう言葉を投げ捨てた。
水槽を眺めて、バルト・イルファは遠いところを見つめるかのように、目を細めた。
「そう、模倣だ。オリジナルフォーズから抽出したサンプルを用いて、同じ構造の物体を作り上げる。そうすることでかつてのメタモルフォーズと同じようなものが生み出されていく、というわけだ。とはいえ、かつての時代で世界を滅ぼそうとしていたあのメタモルフォーズと比べれば力のスケールは圧倒的に小さいものとなってしまうがね。やはり模倣はそれなりの力しか使うことができない、ということだ」
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