異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第四十二話 さようなら、ハイダルク③
出発の朝。
僕たちは王様の部屋に再び立っていた。出発について、王に話すためだ。
「……君たちを守ることが満足に出来ず、申し訳ない。本来であれば我々がずっと守っていけるようであればいいのだが、この国は、いいや……この世界は予想以上に平和が脅かされているようだ」
「だから、僕が予言の勇者として行動していかないといけないのでしょう。……大丈夫です。王様、ありがとうございました」
僕は頭を下げる。それから数瞬の時をおいて、メアリーとルーシーも頭を下げた。
「次に向かうとしたら……スノーフォグになるかな。あのメタモルフォーズの大群がやってきた方角も、確かその方角であったと聞く。もしかしたら、あの国でメタモルフォーズが開発されたのかもしれない」
「スノーフォグ……」
スノーフォグ。
聞いたことがある。祈祷師であるリュージュが治める国。だが、情報自体はそれしか持っていないので、いったいどのような国家なのか全くもって予想がつかない。
「本当に、お世話になりました」
そうして僕たちはもう一度頭を下げると、踵を返し、王様の部屋を後にした。
城門の脇には、サリー先生が立っていた。
「聞いたわよ。スノーフォグへ向かうのですって?」
「……ええ。スノーフォグからあのメタモルフォーズの大群がやってきたらしいので……。もっとも、あの大群は幻影だったわけですけれど、あの方角に何かあったのは間違いないのではないか、と考えられています」
「だったら、私も何か物をあげましょう」
そう言ってサリー先生はポシェットに入っていた小さな林檎を僕に差し出した。
「これって……」
「『知恵の木の実』、よ。効果は……まあ、実際に使ってみれば解ることでしょう。ただし、使い過ぎに注意してね」
「……はい」
サリー先生の言葉に頷く。
「それじゃ、これから世界を救うだろうあなたたちにこんな言葉を贈るのは間違いかもしれないけれど……」
サリー先生は笑みを浮かべて、僕たちに語った。
「――良い旅にしてね」
「はい! ありがとうございます!」
――そうして僕たちは、サリー先生と別れ、一路スノーフォグへと向かった。
◇◇◇
リーガル城、王の間。
国王が一人で何かを待ち構えていた。普通ならば兵士か大臣か、そのいずれかが王の間に滞在していることが殆どなのだが、今は国王自らが退去させている。
今からやってくる相手は、それほどに秘密裡なのだ。
コツ。
足音を聞いて、国王は目を開ける。
「……少々、遅かったのではないのかね?」
その声を聴いて、相手は口角をあげる。
「私にもいろいろとやることがあるのよ、ハイダルク国王」
そこに立っていたのは――スノーフォグの国王、リュージュだった。
リュージュは水晶玉を見つめながら、
「一応、私が言った通りに物事を進めてくれたようね。予言の勇者を上手い具合に追い払ってくれて。しかもスノーフォグへ誘導までしてくれた。ほんとうに感謝しているわ」
そう。
ハイダルク国王がフルたちをスノーフォグへと誘導させたのは、リュージュのシナリオがあったからだった。
それだけではない。リュージュが提出したシナリオにはメタモルフォーズの大群が襲撃してくることや、それを追い払うこともすべて書かれていた。
要するに、今まであったことはただの八百長だった――ということになる。
「……お前は何を企んでいる? 貴様はいったい……」
「それを話す前に、私からひとつ提案しましょうか。そもそも、私はその提案をするためにここにやってきたのだから」
リュージュはハイダルク国王の目を見て、言った。
「あなたが『捕獲』したメタモルフォーズ……きっとそれはここで研究をしていくのでしょうけれど、それを渡してもらえないかしら?」
「……やはり、あのメタモルフォーズから『感染』したものだったのか」
溜息を吐くハイダルク国王を見て、笑みを浮かべるリュージュ。
「ええ、そうよ。そうだったのよ。メタモルフォーズは感染する。いや、正確に言えば、メタモルフォーズの血液により、覚醒した。そういう表現が案外正しいかもしれないわね」
「覚醒した? まるで、メタモルフォーズが――」
「メタモルフォーズは人間の進化の可能性、その一つよ」
リュージュははっきりと言い切った。
メタモルフォーズは人間の進化の可能性、であると。
「……人間の、進化の可能性……? あのバケモノが、か?」
「バケモノ。確かにあなたはそう思うかもしれないわね。それは間違った解釈ではない。むしろ正しい解釈かもしれないわ。けれど、いつかきっとこれが正しいと言える時代がやってくる。これは予言ではない、確定事項よ」
「確定事項……か。しかし、予言の勇者を泳がしておくとは、お前らしくもないが。もし、メタモルフォーズをそこまで使おうと考えているのならば、予言の勇者は一番の邪魔者なのではないかね?」
「邪魔ね。はっきり言って」
リュージュはそう言い放った。
しかし、踵を返して、
「しかしながら、それよりも今は私のシナリオ通りに進んでいること。それについて考える必要があるのよ。予言の勇者をまだ殺すべきではない。私はそう考えているからね」
「……もうお前に言い返す言葉もない。何代前から、ハイダルクとスノーフォグは関係を築いているのか、覚えていないだろうからな」
「そうね。そして私はずっとこの地位に君臨し続けている。言わせてもらうけれど、祈祷師はずっと若々しい身体を保つことが出来るのよ? さすがに不老不死、とまではいかないけれど、普通の人間と比べればその差は歴然。祈祷師というのはね、選ばれし人間なのよ。まあ、すでにガラムドの血を引き継いでいる時点で、普通の人間とは違うことはお解りいただいていると思うけれど?」
深い溜息を吐いて、ハイダルク国王は目を瞑る。
「……メタモルフォーズに関しては引き渡そう。船で構わないかね? それとも連れ帰るか?」
「連れ帰るわ。感謝するわ、ハイダルク国王」
そう言って再び踵を返すと、ハイダルク国王に一歩近づく。
「場所は?」
「案内しよう」
ハイダルク国王は立ち上がると、リュージュを追い抜いていく。そして部屋の出口の前で立ち止まり、振り返る。
「こちらだ」
そうして、ハイダルク国王とリュージュは部屋を後にした。
僕たちは王様の部屋に再び立っていた。出発について、王に話すためだ。
「……君たちを守ることが満足に出来ず、申し訳ない。本来であれば我々がずっと守っていけるようであればいいのだが、この国は、いいや……この世界は予想以上に平和が脅かされているようだ」
「だから、僕が予言の勇者として行動していかないといけないのでしょう。……大丈夫です。王様、ありがとうございました」
僕は頭を下げる。それから数瞬の時をおいて、メアリーとルーシーも頭を下げた。
「次に向かうとしたら……スノーフォグになるかな。あのメタモルフォーズの大群がやってきた方角も、確かその方角であったと聞く。もしかしたら、あの国でメタモルフォーズが開発されたのかもしれない」
「スノーフォグ……」
スノーフォグ。
聞いたことがある。祈祷師であるリュージュが治める国。だが、情報自体はそれしか持っていないので、いったいどのような国家なのか全くもって予想がつかない。
「本当に、お世話になりました」
そうして僕たちはもう一度頭を下げると、踵を返し、王様の部屋を後にした。
城門の脇には、サリー先生が立っていた。
「聞いたわよ。スノーフォグへ向かうのですって?」
「……ええ。スノーフォグからあのメタモルフォーズの大群がやってきたらしいので……。もっとも、あの大群は幻影だったわけですけれど、あの方角に何かあったのは間違いないのではないか、と考えられています」
「だったら、私も何か物をあげましょう」
そう言ってサリー先生はポシェットに入っていた小さな林檎を僕に差し出した。
「これって……」
「『知恵の木の実』、よ。効果は……まあ、実際に使ってみれば解ることでしょう。ただし、使い過ぎに注意してね」
「……はい」
サリー先生の言葉に頷く。
「それじゃ、これから世界を救うだろうあなたたちにこんな言葉を贈るのは間違いかもしれないけれど……」
サリー先生は笑みを浮かべて、僕たちに語った。
「――良い旅にしてね」
「はい! ありがとうございます!」
――そうして僕たちは、サリー先生と別れ、一路スノーフォグへと向かった。
◇◇◇
リーガル城、王の間。
国王が一人で何かを待ち構えていた。普通ならば兵士か大臣か、そのいずれかが王の間に滞在していることが殆どなのだが、今は国王自らが退去させている。
今からやってくる相手は、それほどに秘密裡なのだ。
コツ。
足音を聞いて、国王は目を開ける。
「……少々、遅かったのではないのかね?」
その声を聴いて、相手は口角をあげる。
「私にもいろいろとやることがあるのよ、ハイダルク国王」
そこに立っていたのは――スノーフォグの国王、リュージュだった。
リュージュは水晶玉を見つめながら、
「一応、私が言った通りに物事を進めてくれたようね。予言の勇者を上手い具合に追い払ってくれて。しかもスノーフォグへ誘導までしてくれた。ほんとうに感謝しているわ」
そう。
ハイダルク国王がフルたちをスノーフォグへと誘導させたのは、リュージュのシナリオがあったからだった。
それだけではない。リュージュが提出したシナリオにはメタモルフォーズの大群が襲撃してくることや、それを追い払うこともすべて書かれていた。
要するに、今まであったことはただの八百長だった――ということになる。
「……お前は何を企んでいる? 貴様はいったい……」
「それを話す前に、私からひとつ提案しましょうか。そもそも、私はその提案をするためにここにやってきたのだから」
リュージュはハイダルク国王の目を見て、言った。
「あなたが『捕獲』したメタモルフォーズ……きっとそれはここで研究をしていくのでしょうけれど、それを渡してもらえないかしら?」
「……やはり、あのメタモルフォーズから『感染』したものだったのか」
溜息を吐くハイダルク国王を見て、笑みを浮かべるリュージュ。
「ええ、そうよ。そうだったのよ。メタモルフォーズは感染する。いや、正確に言えば、メタモルフォーズの血液により、覚醒した。そういう表現が案外正しいかもしれないわね」
「覚醒した? まるで、メタモルフォーズが――」
「メタモルフォーズは人間の進化の可能性、その一つよ」
リュージュははっきりと言い切った。
メタモルフォーズは人間の進化の可能性、であると。
「……人間の、進化の可能性……? あのバケモノが、か?」
「バケモノ。確かにあなたはそう思うかもしれないわね。それは間違った解釈ではない。むしろ正しい解釈かもしれないわ。けれど、いつかきっとこれが正しいと言える時代がやってくる。これは予言ではない、確定事項よ」
「確定事項……か。しかし、予言の勇者を泳がしておくとは、お前らしくもないが。もし、メタモルフォーズをそこまで使おうと考えているのならば、予言の勇者は一番の邪魔者なのではないかね?」
「邪魔ね。はっきり言って」
リュージュはそう言い放った。
しかし、踵を返して、
「しかしながら、それよりも今は私のシナリオ通りに進んでいること。それについて考える必要があるのよ。予言の勇者をまだ殺すべきではない。私はそう考えているからね」
「……もうお前に言い返す言葉もない。何代前から、ハイダルクとスノーフォグは関係を築いているのか、覚えていないだろうからな」
「そうね。そして私はずっとこの地位に君臨し続けている。言わせてもらうけれど、祈祷師はずっと若々しい身体を保つことが出来るのよ? さすがに不老不死、とまではいかないけれど、普通の人間と比べればその差は歴然。祈祷師というのはね、選ばれし人間なのよ。まあ、すでにガラムドの血を引き継いでいる時点で、普通の人間とは違うことはお解りいただいていると思うけれど?」
深い溜息を吐いて、ハイダルク国王は目を瞑る。
「……メタモルフォーズに関しては引き渡そう。船で構わないかね? それとも連れ帰るか?」
「連れ帰るわ。感謝するわ、ハイダルク国王」
そう言って再び踵を返すと、ハイダルク国王に一歩近づく。
「場所は?」
「案内しよう」
ハイダルク国王は立ち上がると、リュージュを追い抜いていく。そして部屋の出口の前で立ち止まり、振り返る。
「こちらだ」
そうして、ハイダルク国王とリュージュは部屋を後にした。
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