異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第十話 不穏な気配④
(……まだ反応があるわ)
いち早くそれに気づいたのはサリー先生だった。
(サリー先生、五感が封じられている今、どうして解るのですか?)
(五感を封じられたとしても、感じることは出来る……。超音波と同じ仕組みかしらね)
超音波、ですか。
まあ、それは別にいいのだけれど。超音波で跳ね返ることで、位置を把握するシステムなら前の世界でもイルカが使っているとかで聞いたことはある。だから理解できないことではないし、理解したくないわけではない。
「……気を付けろ、メアリー、ルーシー。もしかしたらまだ……生きているかもしれないぞ」
「ほう。気付いていたか、まだ生きているということに」
その声を聴いて、冷や汗をかいた。
同時に、いつ攻撃が来ていいように構えをとる。
煙が晴れていくにつれて、ルイスの状況が見えてくる。
ルイスは翼を使って、炎を防御していた。翼に傷こそ負っているものの、まだ戦える様子だった。
「残念だったな、村長……。どうやらあの魔法で私を倒すことができると思っていたようだが、それは間違いだ」
「倒せるものではないと思っていたが……まさかこれほどまでとは」
「ここでは舞台が狭い。戦いの場を移すことにしようか、予言の勇者よ」
「なんだと?」
唐突にそう言われて、耳を疑った。
急に場所を移動しようなどと、そんなことを言っているということは、余裕がまだ残っているということだろう。だとすればかなり厄介だ。
村長はもう疲弊してしまっているし、ルーシーとメアリーもどこまで戦えるか解ったものではない。となると、あとは……。
(フル、あなたにお願いがあります)
「?」
突然サリー先生がそんなことを言い出したので、僕は首を傾げた。
(なんでしょうか?)
(どうやら未だ気配は感じとれるようです。……ですが残念なことに、通常の状態では超音波が何かに干渉してしまって届きません。要するに位置が把握できないのです。ですが、先ほどの状態ならば干渉は無かった……。言いたいことが、解りますね?)
いいえ、全然わかりません。
(……つまりですね、気を引いてほしいのです。攻撃をする。それにより相手が防御する。すると干渉が外れるので位置を把握することができる。それを狙って攻撃をする。……相手が超音波で位置を把握することを知らなくて助かりました。もし知っていたらこの戦法が通用しませんからね)
(ですが、武器は?)
(出発前に渡した爆弾があるでしょう? 本来は動物を脅かす目的に渡していますが……きっとそれを使えばヤツの集中が途切れるはず)
「……成る程」
僕は考えた。それは確か全員で持っているから、合わせて十五個の火薬玉――爆弾がある。それを使えば少なくとも気を削ぐことは出来るだろう。そしてその隙を狙ってサリー先生が攻撃をする。――完璧な作戦だった。
僕はメアリーとルーシーを集めて、耳打ちした。
教えることは手短に、先ほどの作戦について。
「ええ? そんなことができるわけが――」
「解ったわ、フル。サリー先生に信頼されているのだから、しっかりやらないとね」
ルーシーとメアリーの反応は対照的だった。
だが、この状況なら普通はルーシーの反応が一般人的反応だと思う。メアリーの反応のほうが頼もしいといえばそうなのだが、一般人的反応かといえばそうではない。
「それじゃ、行くよ。作戦開始は、アイツが広場へと到着した瞬間。チャンスは限られている。だから、真剣に挑まないとこっちがやられる。いいね?」
こくり、と最初に頷いたのはメアリー。
それに合わせて、ゆっくりと頷いたのはルーシーだった。
「それじゃ、幸運を」
そうして作戦決行の舞台へと、僕たちは進む。
この作戦が無事に終わることを祈って、僕たちは広場へと向かうため、村長の家の外へと一歩足を前に踏み出した。
広場に到着すると、すでにルイスがスタンバイしていた。
「遅かったな。命乞いは済ませたか?」
サリー先生もすでに外に到着している。いつ狙ってもいいように錬金術を行使する準備をしているのだろう。
「……どんな作戦を実行するのか知らないが、いまさら命乞いをしても無駄だということは理解しているだろうな?」
「当たり前だろう。だから、僕たちはお前の前に立っているのだから」
それを聞いたルイスは鼻で笑った。
「……フン。その態度がどこまで保てるか見物だな」
そう言ったのを合図に、僕たちは――三つに分かれた。
「なんだと? いったい何を……」
そしてそれぞれの位置に到着して、火薬玉を投げつけた。
火薬玉はルイスの身体に衝突し、破裂する。火薬玉はあくまでも驚かす程度しか威力がないため、殺傷能力は殆ど無い。
しかしそれを防御するために翼を使った。
それがルイスの運の尽きだった。
(見えた!)
それがサリー先生のテレパシーで聞こえた言葉だった。
そしてサリー先生は的確に、ルイスの居る方向を向いて、両手を向けた。
刹那、ルイスの頭上に浮かび上がった雷雲から雷が撃ち落とされ、見事にそれに命中した。
「がああああああ!!??」
ルイスに効果は抜群だったようだ。ルイスはもがき苦しみながら、その身体を燃やしていく。
しかしながら、同時に彼が立っていた石像にも火が燃え移っていた。
「……くく、まさか斯様な手段で倒されることになるとは思いもしなかったぞ。お前たちの弱い戦法がどこまで通用するのか……見物だな。まあ、あの兄妹に出会えば、お前たちの表情もすぐに苦悶のそれに代わるのだろうが……」
「兄妹?」
「十三人の忌み子の中でも最強と言われた兄妹であり、『リバイバル・プロジェクト』の中核を担っていた……とも言われている兄妹。そうだな、名前だけでも教えてやろう」
燃えている身体ではあったが、それでもルイスは話を続けていた。
倒れつつも、その言葉を口にした。
「その名前は……イルファ……。覚えておくんだな、お前たちを絶望に叩き込む存在の名前だ。ハハハ、ハハ、ハハッハハハッハハハ!!」
そして、もうそれ以上、ルイスは何も言わなくなった。
◇◇◇
「助かりました、まさかダークネスを解除できるなんて」
サリー先生は村長に頭を下げる。
あれから。
ダークネスをかけられて五感を封じられていたサリー先生を救ったのは、トライヤムチェン族の村長だった。村長は儀式を台無しにされてしまったことを怒らなかった。怒るのではないかとちょっと覚悟していたが、いざされないとなると逆に怖くなってしまう。
「それと、少年たちよ。儀式が台無しになってしまったということ、決して悪いと思わなくていい」
「え……?」
「君たちは悪くないのだよ。儀式はまたやろうと思えばいつでもできる。昨日は乱入者が居たから出来なかったが……また条件さえ一致すればいつでもできるからね」
そう言って村長は柔和な笑みを浮かべた。
それを聞いた僕は内心ほっとしていた。何を言われるか解らなかったし、代償を求められてしまうとそれこそ何も出来ないと思っていたからだ。
「それと、予言の勇者だというのならば、これだけは覚えておいておきたまえ」
村長は僕にあるものを差し出した。
受け取って、そのものを見る。
それは小さな鍵だった。
「これは……?」
「それは我がトライヤムチェン族に伝わる秘宝の中にあった、鍵だ。いったい何の鍵か解らないが、それとともにある言い伝えが伝わっているのだよ。『予言の勇者が現れた時にそれを渡すように』と……。それがどういう意味を果たすかは解らないが、受け取ってくれたまえ。きっと、何か役立つときが来るはずだ」
「……解りました」
そして、僕たちはトライヤムチェン族の集落を後にする。
行きはルイス含め四人だったが、帰りはサリー先生に連れられて。
急いで今回の事態を報告する必要があることと、僕たちを保護しないといけないことが重なって、大急ぎで帰らなくてはならない――それがサリー先生の言葉だった。
そう言われてしまえば、僕たちはそれに従うしかない。
そう思うしか無かった。
「……それにしても」
ルイスに、トライヤムチェン族の村長が僕に対して言っていた言葉。
予言の勇者。
僕は、この世界では僕が思っている以上に重要なキャラクターなのかもしれない。
そういう思いを抱きつつ、僕はラドーム学院へと向かう帰路に着くのだった。
いち早くそれに気づいたのはサリー先生だった。
(サリー先生、五感が封じられている今、どうして解るのですか?)
(五感を封じられたとしても、感じることは出来る……。超音波と同じ仕組みかしらね)
超音波、ですか。
まあ、それは別にいいのだけれど。超音波で跳ね返ることで、位置を把握するシステムなら前の世界でもイルカが使っているとかで聞いたことはある。だから理解できないことではないし、理解したくないわけではない。
「……気を付けろ、メアリー、ルーシー。もしかしたらまだ……生きているかもしれないぞ」
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「残念だったな、村長……。どうやらあの魔法で私を倒すことができると思っていたようだが、それは間違いだ」
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「なんだと?」
唐突にそう言われて、耳を疑った。
急に場所を移動しようなどと、そんなことを言っているということは、余裕がまだ残っているということだろう。だとすればかなり厄介だ。
村長はもう疲弊してしまっているし、ルーシーとメアリーもどこまで戦えるか解ったものではない。となると、あとは……。
(フル、あなたにお願いがあります)
「?」
突然サリー先生がそんなことを言い出したので、僕は首を傾げた。
(なんでしょうか?)
(どうやら未だ気配は感じとれるようです。……ですが残念なことに、通常の状態では超音波が何かに干渉してしまって届きません。要するに位置が把握できないのです。ですが、先ほどの状態ならば干渉は無かった……。言いたいことが、解りますね?)
いいえ、全然わかりません。
(……つまりですね、気を引いてほしいのです。攻撃をする。それにより相手が防御する。すると干渉が外れるので位置を把握することができる。それを狙って攻撃をする。……相手が超音波で位置を把握することを知らなくて助かりました。もし知っていたらこの戦法が通用しませんからね)
(ですが、武器は?)
(出発前に渡した爆弾があるでしょう? 本来は動物を脅かす目的に渡していますが……きっとそれを使えばヤツの集中が途切れるはず)
「……成る程」
僕は考えた。それは確か全員で持っているから、合わせて十五個の火薬玉――爆弾がある。それを使えば少なくとも気を削ぐことは出来るだろう。そしてその隙を狙ってサリー先生が攻撃をする。――完璧な作戦だった。
僕はメアリーとルーシーを集めて、耳打ちした。
教えることは手短に、先ほどの作戦について。
「ええ? そんなことができるわけが――」
「解ったわ、フル。サリー先生に信頼されているのだから、しっかりやらないとね」
ルーシーとメアリーの反応は対照的だった。
だが、この状況なら普通はルーシーの反応が一般人的反応だと思う。メアリーの反応のほうが頼もしいといえばそうなのだが、一般人的反応かといえばそうではない。
「それじゃ、行くよ。作戦開始は、アイツが広場へと到着した瞬間。チャンスは限られている。だから、真剣に挑まないとこっちがやられる。いいね?」
こくり、と最初に頷いたのはメアリー。
それに合わせて、ゆっくりと頷いたのはルーシーだった。
「それじゃ、幸運を」
そうして作戦決行の舞台へと、僕たちは進む。
この作戦が無事に終わることを祈って、僕たちは広場へと向かうため、村長の家の外へと一歩足を前に踏み出した。
広場に到着すると、すでにルイスがスタンバイしていた。
「遅かったな。命乞いは済ませたか?」
サリー先生もすでに外に到着している。いつ狙ってもいいように錬金術を行使する準備をしているのだろう。
「……どんな作戦を実行するのか知らないが、いまさら命乞いをしても無駄だということは理解しているだろうな?」
「当たり前だろう。だから、僕たちはお前の前に立っているのだから」
それを聞いたルイスは鼻で笑った。
「……フン。その態度がどこまで保てるか見物だな」
そう言ったのを合図に、僕たちは――三つに分かれた。
「なんだと? いったい何を……」
そしてそれぞれの位置に到着して、火薬玉を投げつけた。
火薬玉はルイスの身体に衝突し、破裂する。火薬玉はあくまでも驚かす程度しか威力がないため、殺傷能力は殆ど無い。
しかしそれを防御するために翼を使った。
それがルイスの運の尽きだった。
(見えた!)
それがサリー先生のテレパシーで聞こえた言葉だった。
そしてサリー先生は的確に、ルイスの居る方向を向いて、両手を向けた。
刹那、ルイスの頭上に浮かび上がった雷雲から雷が撃ち落とされ、見事にそれに命中した。
「がああああああ!!??」
ルイスに効果は抜群だったようだ。ルイスはもがき苦しみながら、その身体を燃やしていく。
しかしながら、同時に彼が立っていた石像にも火が燃え移っていた。
「……くく、まさか斯様な手段で倒されることになるとは思いもしなかったぞ。お前たちの弱い戦法がどこまで通用するのか……見物だな。まあ、あの兄妹に出会えば、お前たちの表情もすぐに苦悶のそれに代わるのだろうが……」
「兄妹?」
「十三人の忌み子の中でも最強と言われた兄妹であり、『リバイバル・プロジェクト』の中核を担っていた……とも言われている兄妹。そうだな、名前だけでも教えてやろう」
燃えている身体ではあったが、それでもルイスは話を続けていた。
倒れつつも、その言葉を口にした。
「その名前は……イルファ……。覚えておくんだな、お前たちを絶望に叩き込む存在の名前だ。ハハハ、ハハ、ハハッハハハッハハハ!!」
そして、もうそれ以上、ルイスは何も言わなくなった。
◇◇◇
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サリー先生は村長に頭を下げる。
あれから。
ダークネスをかけられて五感を封じられていたサリー先生を救ったのは、トライヤムチェン族の村長だった。村長は儀式を台無しにされてしまったことを怒らなかった。怒るのではないかとちょっと覚悟していたが、いざされないとなると逆に怖くなってしまう。
「それと、少年たちよ。儀式が台無しになってしまったということ、決して悪いと思わなくていい」
「え……?」
「君たちは悪くないのだよ。儀式はまたやろうと思えばいつでもできる。昨日は乱入者が居たから出来なかったが……また条件さえ一致すればいつでもできるからね」
そう言って村長は柔和な笑みを浮かべた。
それを聞いた僕は内心ほっとしていた。何を言われるか解らなかったし、代償を求められてしまうとそれこそ何も出来ないと思っていたからだ。
「それと、予言の勇者だというのならば、これだけは覚えておいておきたまえ」
村長は僕にあるものを差し出した。
受け取って、そのものを見る。
それは小さな鍵だった。
「これは……?」
「それは我がトライヤムチェン族に伝わる秘宝の中にあった、鍵だ。いったい何の鍵か解らないが、それとともにある言い伝えが伝わっているのだよ。『予言の勇者が現れた時にそれを渡すように』と……。それがどういう意味を果たすかは解らないが、受け取ってくれたまえ。きっと、何か役立つときが来るはずだ」
「……解りました」
そして、僕たちはトライヤムチェン族の集落を後にする。
行きはルイス含め四人だったが、帰りはサリー先生に連れられて。
急いで今回の事態を報告する必要があることと、僕たちを保護しないといけないことが重なって、大急ぎで帰らなくてはならない――それがサリー先生の言葉だった。
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