異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第六話 三人旅と上級生③


 木でできた巨大な柵に囲まれた村。
 それがトライヤムチェン族の集落を見た第一印象だった。唯一解放されている門も、どこか物々しい雰囲気を放っていた。
 しかし、中に入ってみると、

「お兄ちゃんたち、旅の人?」
「違いますよ、ラドーム学院から来ました。村長さんの家はどちらになりますか?」

 ルイスさんが丁寧に子供に訊ねる。
 子供は見た感じ、元の世界に居た子供と同じような感じに見える。
 それはそれで有難かった。もし、実際に違う雰囲気だったらそれは面倒なことになるだろう――そう思っていたからだ。

「有難う。それじゃ、向かうことにしようか」

 ルイスさんの言葉を聞いて、僕たちは村長の家へと向かうことにした。



 村長の家に着くと、家の前に立っていた男が僕たちの前に立ち塞がった。当然と言えば当然かもしれない。見知らぬ人間が村の長の家に入ろうというのだから不審に思わないほうがおかしいだろう。

「何用だ」
「ラドーム学院の研修で来ました、ルイス・ディスコードといいます」

 それを聞いて男は怪訝な表情を浮かべていたのをやめて、笑みを浮かべる。

「ラドーム学院か。ならば話は聞いている。そのまま通るといい。村長は真ん前に座っているから、粗相のないように」
「有難うございます」

 そして僕たちは村長の家へと入っていった。
 入口についていた布を暖簾替わりに手でどけて中へ入る。中は質素なつくりだった。土の床の上にカーペットを敷いて、真ん中にはさながら囲炉裏のような感じに穴があけられて、そこにたき火がしてある。それにより一定の明かりが保たれており、村長の顔が見ることができた。
 顎鬚を蓄えた老齢の男だった。『村長』といえばこういう雰囲気だろう――というイメージを美味い具合に表現した感じになる。

「遠くまでご苦労でしたのう。ささ、先ずは座りなされ」

 その言葉を聞いて「失礼します」と言い、僕たちは安坐の姿勢をとる。

「さて……私たちは何を話せばいいのだったか。ええと、確か……」
「儀式、でございます。村長」

 そう口出ししたのは、村長の隣に正座の姿勢をとっていた若い女性だった。若い、と言っても僕より年上だろう。質素な雰囲気だったが、その飾らない感じだけでもどこか可愛い雰囲気に見えた。
 さて、村長はその女性の言葉を聞いて思い出したかのように手をたたいた。

「ああ、そうだった。儀式、と言ってもそんな仰々しいものではなくてなあ……。どこまでお伝えすればいいものか。ええと、先ずはこの世界の歴史について、簡単に説明することとしましょうか。どこまで授業で習っているのでしょう? 偉大なる戦いは知っていますか?」

 それを聞いてこくりと頷くメアリー。僕も偉大なる戦いについては何となくというレベルで知っている。しかし、詳細となると答えられるかどうかは曖昧だけれど。

「まあ、そんな小難しい話をするつもりは毛頭無いので、そのつもりで。……偉大なる戦いは、今から二千年以上昔に起きた戦乱のことだ。歴史上で幾度となく我々を攻撃してきた謎のバケモノ、メタモルフォーズのプロトタイプと言われている『オリジナルフォーズ』が我々に攻撃をしてきたこと、それが始まりであると言われている」
「オリジナルフォーズ……」

 またも解らない単語が出てきたぞ。

「オリジナルフォーズは強力な存在であったと伝わっておるよ。そして、そこで戦ったのは勇気ある若者たちだった。武器を手に取って、オリジナルフォーズは封印された。この世界の東に岩山で囲まれた島があるだろう。あれが、オリジナルフォーズの封印された島であると言われている。そして、その島は今スノーフォグが管理している。あそこは、祈祷師が自ら管理している非常に珍しい国家であるからね」

 スノーフォグは祈祷師が管理している――ね。
 それにしても、祈祷師ってなんだ? スノーフォグは地理の授業で何となく聞いたから知っているけれど。
 この世界は少々面倒な世界だと、授業で習った。
 あくまでも僕が知っているのは授業で習った知識の範疇になるけれど、復習も兼ねて脳内で整理することにしよう。
 この世界はスノーフォグ、ハイダルク、レガドールという三つの国家で形成されている。非常に狭い世界となっている。地球みたく球体になっているのではなく、平べったい瓦のような感じになっていると予測されている。予測されている――という曖昧な表現となっているのはそこまで科学技術が発展していないためで、宇宙に人類が未だ進出出来ていないからだと言われている。
 そしてそういう風に世界が形成されてしまった理由が――。

「偉大なる戦いによる被害は、世界の形成にも繋がった。昔はこの世界も球体だったと言われているが、今はプレートのような世界となっている。世界の果ては、滝のようになっているそうだよ? 水が流れているのだという。どこへ流れているのかは、未だ誰も調べたことがない。その先に深淵がある、としか解らないからだ」
「偉大なる戦いは……このトライヤムチェン族と何か関係があるのですか?」
「トライヤムチェン族は、もともと祓術師だったのだよ。神の一族、といえば聞こえがいいかもしれないが、圧倒的権力を誇っていた祈祷師と違って祓術師は何も出来なかった。力を失い何も出来なくなった祓術師は自らのテリトリーを作り、それを守ることで精いっぱいだった」

 祓術師。
 それは歴史の授業で聞いたことがある。ただ、あくまでも単語だけに過ぎないが。

「そもそも、祈祷師と祓術師とは何が違うのでしょうか? 正直なところ、まったく違いがあるようには見えないのですが……」
「祈祷師は政治を見る。もともとは神に祈りをささげて、神からお告げを聞くものだったのだよ。だから政治なんてかかわることではなかった。むろん、それは我々も……だが。政治は政治を知る人間にやらせてしまえばいいのだよ。けれども、それを両立したのがリュージュだった」
「リュージュ……」
「今のスノーフォグを統べる、王の名前だよ。彼女は『弾丸の雨』と『二度目の終わりセカンド・ウォー』を予言したのだからな。それによって、国王からの信頼が高まった。かつては、ハイダルク一国で世界を治めていたが、二度の災厄の事後処理等を命じて、同時に国王は彼女をスノーフォグの王に任命した」

 さてと、と言って村長は一拍置いた。

「そろそろ儀式の始まる時間だ。準備も出来たことだろう。儀式は簡単なものだ。君たちには見ていただくだけになると思うが、一応説明だけはしておくことにしよう。これから村の中心にあった石像へと向かう。村人でそれを取り囲み、一斉に頭をさげて祈りをささげる。そうしてみんなで手を取り合って、我々の民謡を歌う。民謡、と言っても神に祈りをささげる、その代わりと言えるだろう。それを歌い、あとは宴が始まる。それで終わりだ。まあ、そのまま見ていただければいいだろう。……と言いたいところだが、」

 言いたいところだが? 僕はそこが引っ掛かった。どうして急にそんなことを言い出したのか、僕にはそれが解らなかった。

「確かあなたの名前は……フル・ヤタクミだったかな?」

 顎鬚を弄りながら、僕の名前を言った。

「はい……。確かに、フル・ヤタクミは僕ですが」
「そうか」

 小さく溜息を吐いて、周りを見渡して、そして僕に視線を戻して、言った。

「不穏な気配が、あなたの周りに潜んでおりますぞ。努々、気を付けなされ。あと、その不穏な気配にも忠告しておきましょう。これは最後通告だ。何をしようとしているのか解らないが……その気配を隠そうとしても無駄だ、と言っておきましょう」

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