異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第三話 フルとメアリー

 メアリーの後ろをついていくように、ぼくは歩いていく。それが周りから見てみれば「何をしているんだ?」ってことになるのだけれど、何せ何も知らないし解らないのだ。これくらいばかりは許してもらいたいものだ。

「着いたよ、フル」

 メアリーはまたも僕の話すことの出来る言語で語りかける。
 そこは教室だった。当然と言えば当然だろう。だって今から錬金術の授業を受けるのだから。
 しかし、それはそれとして。

「読めない……」

 当然ながら教室の扉についているプレート、それに書かれている文字も読めるわけがなかった。唯一、数字だけは僕の知る言語と同じだったようで、数字の1だけは何とか読めることが出来た。
 それをメアリーは察したのか、肩を竦める。

「ああ、そういえばそうだった。これは『ALCHEMY-1』教室、という意味だよ。名前の通り、錬金術クラス、その第一学年ということ。ここは専門の授業でよく使う教室だから覚えておいたほうがいいよ」
「ありがとう」

 困惑していたが、やはり自然とその言葉が出てくる。

「どういたしまして。さ、中に入りましょう? もう、すぐに授業は始まってしまうから」

 そう言って、彼女は中に入っていく。それを見て、慌てて僕も教室内へと入っていった。
 教室に入ると、僕とメアリーは隣に座った。

「次は錬成学の授業ね。フルはさっきの感じからだと文字が読めないようだから、大体のことは言ってくれれば翻訳してあげるわ。授業後も私がばっちりサポートしてあげる。こう見えても、私は頭がいいんだから」

 そう言って彼女は慎ましい胸を張った。

「ありがとう、ほんとうにありがとう。ホープキンさん」

 やっぱり、それでも。
 自然にその言葉が出てくる。たとえそれが異世界であろうとも、何も変わらない。
 しかし、メアリーはそれを聞いて首を振った。何か間違ったことを言ってしまっただろうか――そんなことを思ったのだが、

「ダメダメ! そんな他人行儀にしていちゃ! メアリーでいいよ、私たち、もう友達でしょう?」

 そう言われて、僕はほっとした。いったい何を言われるのか、解らなかったからだ。

「うん……。ありがとう、メアリー」

 その言葉を言うと、メアリーは満面の笑みで頷き返した。
 先生が教室に入ってきたのは、ちょうどその時だった。
 黒髪ショートカットの先生は、どこか男っぽく、りりしい表情をしていた。
 教壇に立つと、いつものように挨拶をする。なんとなく、さすがに二度目ということもあるが、うまい具合にこなすこともできた。適応力というやつだろうか。

「今日は錬金術とは何か、ということについてお話ししましょう」

 先生の言葉を即座に翻訳するメアリー。もちろん、そんなことがばれてしまっては元も子もないので、彼女が必要だと判断した部分だけ翻訳しているらしい(というのはあとで聞いた話なので、この時点では知らなかったが)。
 先生は黒板に円を描き、指さした。

「錬金術に重要な要素といえば、先ず、円です。円は力のファクターを指します。そこに色々な術式を組み込ませることで、初めて『錬金術』は誕生するのです。……それでは、メアリー・ホープキンさん」
「はい」

 メアリーが指されたらしく、立ち上がる。
 メアリーから離れてしまっては、この世界の言語が解らない現状何も対応することができない。板書をすればいいのか、と思いつつもまだ黒板に書かれているのが円だけであればたった数秒で書き上げてしまう。
 だから、メアリーが居ないと何も出来なかった。

「錬金術は無から有を作り出すことは出来ません。ある二つの法則が成り立っているためです。では、その二つの法則とは何でしょうか?」

 メアリーが離れている間に、僕は基本的な、ある一つの疑問に辿り着く。


 ――どうしてメアリーは僕のことを助けてくれるのだろうか?


 それは単純であるが、最大の疑問だ。

「はい、質量保存の法則と、自然摂理の法則になります」

 対してメアリーははきはきとした口調で答える。残念ながらメアリーは今現地語で話しているため、いったい何を答えたのかは定かではない。
 先生はよどみなく答えたメアリーを見て、頷く。

「はい、正解です。この二つの法則から解ることは――」

 席に座り、やった! と親指を立てるジェスチャー――サムズアップのポーズをとり、僕に笑顔を見せてきた。
 僕は先ほどの疑問が解決していなかったから少々戸惑っていたけれど、何とかそれを内に隠して――親指を立てて笑顔を返した。


 ◇◇◇


「この世界の言語を教えてほしい、って?」
「お願いだよ、メアリー。あまり君にばかり頼っているのも申し訳ないからさ」

 この学校には学生全員を収容してもまだ有り余るほどのスペースを持つ食堂がある。天井はあまりにも高く、またそこからシャンデリアが吊られていて、時折風で揺れている。少々怖いところもあったが、みな冷静に食事をとっているところを見ると慣れっこなのかもしれない。
 僕とメアリーは向かい合わせになっていた。ちなみに学生の食事メニューはすべて一緒。今日のメニューはエスピシャートという魚のソテーに固いパン(その形は、どこかフランスパンをイメージさせる)、それにサラダとミルクだった。栄養を考えているのかもしれないけれど、少々質素なようにも思える。

「それで? どこから教えてほしい? 基礎から」
「そりゃあもちろん」
「うーん……フルが別の世界から来た、というのは正直信じがたいけれど。まあ、この際それはどうだっていいか! いいわよ、いろいろと教えてあげる」

 メアリーの笑顔を見て、僕は頷く。これでこの世界でもなんとかなりそうだ。まずは言語を習得しない限り、相手と会話することすらできないからね。

「この世界の言語はね、けっこうあっさりとしていて単純なのよ。だから案外簡単に覚えるかもしれないわ。……フルの世界の言語がどういう仕組みだったかは解らないけれど、実際、フルの話を聞いていると若干発音とニュアンスを変えればそれで充分。あとは文法かな。文法はちょっと難しいかも。主語と述語、それから修飾語の順番になるのよ」

 つまり、英語とあまり変わらないということか。しかも、単語の発音自体は日本語のそれと変わらない――と。なるほど、これは案外簡単そうかもしれない。もっと難しそうに考えていた僕が馬鹿らしくなってきた。



 その後メアリーと僕は空いた昼休みの時間を利用してこの世界の言語の勉強をすることとなるのだが――それはまた、別の話。今は特にする必要も、きっと無いだろう。

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